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[荀彧]三国志屈指の名門出身!その真実に迫る

2024年4月29日


美化された袁紹に羨む袁術

 

三国志には多くの名門が登場します。曹操(そうそう)のライバル袁紹(えんしょう)袁術(えんじゅつ)は名門と呼ばれた袁家出身の武将です。

 

孔融

 

 

また曹操に殺害された孔融(こうゆう)儒教(じゅきょう)の始祖・孔子の子孫と言われ、この人もまた三国時代の名門と呼ばれる一人です。更に曹操の部下・陳羣(ちんぐん)も祖父や叔父さんの名声が高く、名家と呼ばれる名声を持っていました。

 

 

荀彧

 

 

このように多くの名門や名家と呼ばれる人達が出現する三国時代ですが、今回紹介する荀彧も三国志の中でもトップクラスの名門荀家出身の人だったのを皆さんご存知でしたか。

 

 

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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おじいちゃん、おじさん、おとうさんも世間に名を知られた一流の人物

長安(俯瞰で見た漢の時代の大都市)

 

荀彧の家は超一流の人達を輩出し、名門の名前にふさわしい家柄でした。彼のお祖父ちゃん・荀淑(じゅんしゅく)は後漢の順帝~桓帝の時代にその名を轟かした有名人で有能すぎて「神君」と呼ばれていたそうです。荀淑には八人の息子がいました。この八人の息子は全員優秀で荀家の「八龍」と言われ、荀彧のお父さんの荀緄(じゅんこん)もこの八龍の一人です。このように荀家の人々は全員もれなく優秀な人物ばかりを輩出しています。

 

 

荀緄

 

 

更に荀彧の叔父さんにあたる荀爽(じゅんそう)も八龍の一人ですが、彼は董卓(とうたく)が後漢王朝の政権を握っている時、司空になった人物です。このように優秀な人材ばかりを輩出してきた荀家が三国志の中でもトップクラスの名門といえるのではないしょうか。

 

 

 

名門荀彧だからこそ優秀な人物を紹介できた!?

荀彧

 

荀彧は父の跡を継いで、名門荀家の一員になります。彼は袁紹の元に行きますが、袁紹がろくな人間ではないと見切って、曹操の元で仕官することに。

 

曹操と荀彧

 

荀彧は曹操の幕僚として謀略、内政等多くのことに能力を発揮し、鍾繇(しょうよう)司馬懿(しばい)は荀彧をめちゃくちゃ褒めたたえています。このように荀彧はかなり優秀な人物ですが、彼の能力は上記だけにとどまりません。彼はお父さんやお祖父さんが作り上げた人脈ネットワークを駆使して、多くの人材を曹操へ推挙します。

 

郭嘉を曹操に推薦する荀彧

 

荀彧は従子の荀攸(じゅんゆう)をはじめ郭嘉(かくか)や鍾繇、陳羣等多くの人材を発掘。そして荀彧が推挙した人物の多くが大臣クラスの重職へ就任しています。荀彧の人脈の広さと彼の優れた人物眼があったからこそ優秀な人材を多く紹介することができたのではないのでしょうか。

 

 

名言であり歴史を変えたアドバイスを残した名門荀彧

荀彧に手紙を書く曹操

 

名門で優秀な荀彧は三国志の歴史に残る名言も多く残しています。荀彧が残した名言を紹介しましょう。官渡の戦いで曹操は袁紹軍の大軍の圧力と自軍の兵糧が少なくなってきた事で心が折れそうになり、荀彧へ弱音を吐いた手紙を送ります。

 

曹操を励ます荀彧

 

荀彧は曹操からの手紙を見て「ここで退くのは良くないです。敵も疲れ勢いが無くなれば敵陣に変化が起きるはずです。この変化を見逃さずに奇策を仕掛ければ勝つことが出来るでしょう。」とアドバイス。曹操は荀彧のアドバイスを聞いて官渡(かんと)から退却することを止めて官渡で踏みとどまることに。

 

馴れ馴れしい許攸に嫌悪感を抱く曹操

 

曹操が退却をやめて官渡で踏みとどまった事で、袁紹軍から許攸(きょゆう)が寝返ってくることになり、袁紹軍の兵糧貯蔵庫へ奇襲攻撃を仕掛け、袁紹軍に逆転勝利することができます。この時荀彧のアドバイスがなければ、袁紹に曹操が滅ぼされていたかもしれません。このように考えれば、荀彧の名言でありながら的確な状況判断を述べたアドバイスが三国志の歴史を変えたと言えるでしょう。

 

 

三国志ライター黒田レンの独り言

三国志ライター黒田レンの独り言

 

いかがでしたでしょうか。今回は名門荀彧をご紹介しました。彼一代で名門にのし上がったのではなく、何代もかけて名門の地位を築き上げた事が分かったと思います。しかし荀彧の死後、彼の息子達はボンクラばかりで名門の荀家を無くしてしまったのではないのかなと心配している人もいると思います。そんなことはありません。

 

荀攸と荀彧

 

荀彧の息子達も皆優れており、荀崧(じゅんしょう)は三国時代を統一した晋の国でも重職についています。更に荀彧の子孫の娘も歴史に名を残した素晴らしい人物です。このように荀彧の血脈は素晴らしい人物を多く輩出し、三国志の中でもトップクラスの名門と言えると思います。

 

参考 ちくま学芸文庫 正史三国志魏書等

 

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黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

三國志が大好きです。オススメのマンガは曹操を描いた蒼天航路がオススメです。三國志の小説のオススメは宮城谷昌光氏が書いた三國志です。好きな食べ物はマグロ、ぶり、アジが大好きな猫です。

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