呂布奉先、人気がありますよね。
現実の世界では、ぜったいに会いたくない、疫病神のようなキャラクターなのに、なんでこんなに人気があるのでしょう?
やはりめちゃくちゃ強いから?
それとも、彼がいるおかげで、三国志序盤の展開が面白くなっているから?
たしかに、曹操も劉備もまだ若くて、それほど大きな活躍をしていない初期の頃は、呂布がいろんな騒ぎを「やらかして」くれるから、物語が盛り上がっているところがあります!
今回は、そんな呂布の、トンデモな設定や意外な一面を取り上げつつ、彼の人気の秘密に迫ってみましょう!
この記事の目次
中国民間伝承ではもはや神の域に達している呂布奉先!
中国の民間伝承での呂布はトンデモ扱いです。
たとえば誕生した時、自分でへその緒をかみ切って出てきたことになっています。
「生まれた瞬間に何かをやった」というのは、もはや宗教の教祖の逸話のような話ですね。
でもへその緒をかみきったって・・・お母さまは無事だったのでしょうか?
主君にとって「厄」な男は、生まれた時から主君裏切り、すなわちご両親を泣かせる所業をやっていたのでしょうか?
中国伝承では、呂布はそもそも龍か何かの化身と扱われているところもあり、関羽が関帝廟に祀られるようになったように、民衆からの愛されぶりの中で、もはや神の域に昇格した人物、と言えるかもしれません。
貂蝉との仲については、諸説入り乱れ華やか
呂布というとやっぱりセットで出てくるのが「乱世に咲いた花」貂蝉。この二人の関係がけっきょくなんだったのかは、私たちの想像力を刺激してやまないところですね。
なにせ貂蝉というキャラクター自体が、後世の創作の中から出てきた虚構の人物なので、ここは古今東西の作家さんも自由自在な解釈をしてしまい、諸説が入り乱れて収拾がつかなくなっている、というのが実情かと思います。
ざっとパターンをあげだすと、
・呂布の片想いで、むしろ貂蝉は呂布を嫌っていた、というパターン
・実はちゃんと相想いだった、というパターン
・最初は呂布の片想いで、貂蝉は呂布を嫌っていたのだが、いつしか貂蝉も呂布のことを理解するようになり、相思相愛に膨らんでいった、とするパターン
最後のパターンが、男性に都合のいい解釈とは百も承知ながら、いちばん夢のあるパターンではありますね!
戦闘においてめちゃくちゃ強い呂布
虎牢関の戦いにて、関羽・張飛・劉備の三人を同時に相手に回して、まだ余裕を残しておりました。
普通に考えて、戦場で武器をもった三人に囲まれたら、それだけでもうどうにもならないハズですが。
加えてその「三人」には関羽と張飛が混じっていたわけですから、いかにとんでもない対応能力か!
これが呂布の武勇伝の中でも最高の記録。
もちろんこれは『三国志演義』によって描かれた虚構にすぎませんが、「呂布一人対三英雄」の構図はよほど絵になるらしく、しばしば、三国志前半の名場面として採り上げられていますね。
それにしても、ここでの呂布の凄さを見ると、武勇は関羽を上回っている模様。
だとすると、もし呂布が袁紹のもとに身を寄せた時、袁紹が受け入れて部下にしていたら、「官渡の戦いで顔良と文醜を討ち取りにきた関羽を呂布が返り討ちにする」という劇的な展開もあり得たのかもしれません。
まあ、その前に袁紹が呂布に裏切られて殺されてしまうかもしれませんが。
呂布が「やらかす」だけで中国全土の歴史が変わる!やはりこのインパクトが呂布の最大の魅力!
いろいろとみてきましたが、やはり呂布の最大の魅力は、「裏切りっぷりのよさ」にあるのではないでしょうか?
というのも、彼の裏切りは、そんじょそこらの武将の寝返りとはスケールが違うわけですから。
なにせ、呂布が「やらかす」たび、「そのとき歴史が動いた」と言えるほどの大展開が起こる。
・董卓に対抗できるかと思われた丁原を裏切ることで董卓の天下を確実にした
・その董卓を裏切ることで群雄割拠時代への道を開いた
・落ち延びた先の劉備から徐州を奪ったことで、間接的ながら劉備が曹操のところに身を寄せるきっかけをつくった。ある意味、英雄と英雄とを引き合わせ、のちの三国時代の伏線となった。
まとめ:ある意味、群雄たちは呂布に踊らされていた!(あるいはふりまわされていた!?)
裏切りを繰り返す男は多々いるものの、その裏切りがいちいち中国全土の勢力図を塗り替えるインパクトをもっていた、という点で、やはり呂布は特別でしょう。
本人はまったく意図せずに、群雄たちの運命を操り、三国時代へのシナリオを準備した人物、という見方もできるわけですね。
「三国志の物語を面白くしてくれた功労者」として、私たち後世の三国志ファンは、もっともっと呂布に感謝をすべきかもしれませんね。
ありがとう、と!
三国志ライター YASHIROの独り言
それにしても、呂布の節操のなさは、同時代の各拠点の英雄たちにも警戒されていたようで、董卓を殺して都落ちをした後の呂布は、袁術、張楊、袁紹、張邈を、続々と頼って就職活動をしています。
そして上にあげた四名、みんな、なんだかんだうまく呂布をヨイショしておいて、結果としては追い返している・・・。
まるで呪いのチェーンメールのごとく、「あいつを部下に持つと不幸になるぞ」と群雄たちの間でも評判だったのでしょうか。
それでいて、上にあげた四名、けっきょくそれぞれ悲惨な末路を遂げているのは、これもやはり呂布の呪いだったのでしょうか?
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