広告募集
北伐

はじめての三国志

menu

はじめての変

中国古代四大美人のひとり貂蝉はどうやって生まれたの?

この記事の所要時間: 428

貂蝉

 

今やパソコンやスマホでも一発変換される貂蝉(ちょうせん)といえば、多くの三国志作品において序盤に登場し、

董卓呂布の暴ん坊親子をハニートラップ(美人連環の計)にハメて仲違いさせる女スパイです。

 

出番は多くはないものの、彼女がいなければ物語がはじまらないと言っても過言ではないくらい(?)、重要な構成員の一人といえるでしょう。

 

しかしこの女性、歴史書を見てもどこにも名前が見当たりません。

それもそのはず、貂蝉は実在の人物ではないのです。

 

関連記事:中国四大美女のひとり貂蝉

関連記事:歴史の影に女あり!絶世の美女たち

 

 

貂蝉が三国志作品に登場するのはいつから?

三国志平話

 

貂蝉というキャラクターが三国志作品に登場するようになるのは、宋~元代から。

日本が大体、平安末期~鎌倉時代あたりの時のことです。

 

当初、貂蝉は苗字を任、幼名を紅昌といい、なんと呂布の生き別れになった奥さんでした(『三国志平話』)。

そこから更に、山西出身の任昂の娘だとか、貂蝉冠を管理する宮女だったので「貂蝉」というあだ名で呼ばれた(女房名みたいなものですね)とか、

呂布と結婚したものの戦乱で離れ離れになって王允に保護された――等々の後づけ設定が加わることになります(雑劇『錦雲堂美女連環計』)。

 

では貂蝉は完全なる創作キャラなのでしょうか。

実はそうとも言いきれません。というのも、モデルとなったとされる女性がいるのです。

 

関連記事:三国志平話って何?三国志演義の元ネタ

関連記事:山海経(せんがいきょう)って何?|中国古代の神話世界

関連記事:三国志の二次小説が江戸時代に書かれていた

 

貂蝉のモデル1.董卓のメイド

董卓戦上手なの?

 

腕っ節の強さを買われ、朝廷を牛耳るミスター董卓の養子となった呂布くん。

でも機嫌を損ねれば槍が飛んでくるしで、家庭環境に段々と不満を感じるようになっていました。

 

そんなある時、うっかりお義父さんの侍婢(メイド)に手を出してしまいます。

ヤバイ、バレたら今度こそタダじゃ済まない……内心気が気じゃありません。

つい、いつも良くしてくれる大臣の王允に、「そろそろ殺されそう」とポロリとこぼします。

 

実はかねてより董卓暗殺を計画していた王允、チャンスとばかりに呂布をそそのかします。

 

関連記事:董卓は実は名将軍であるという根拠

関連記事:後漢末の貨幣経済を破綻させた、董卓の五銖銭(ごしゅせん)

 

女性関係で呂布は董卓を裏切る

呂布 バックブリーカー

 

殺られる前に殺ってやれ……と言ったかどうか、ともかく日頃の鬱憤の上に女性関係がきっかけとなって、

呂布は董卓を裏切ることになるのです(『後漢書』呂布伝、『三国志』呂布伝)。

 

関連記事:6人の英傑を裏切り最後を迎えた呂布

関連記事:呂布の裏切りについて考察してみた

 

何で、呂布は侍婢と密通したの?

呂布 三国志

 

ここで不思議なのは、絶体絶命のピンチになると分かっていながら、なぜ呂布は侍婢と密通などしたのでしょう。

単にバカなのか?(その可能性は否めません) それとも自制を忘れるほどの美女だったのでしょうか?

あるいは何か並みならぬ事情があったのか? 露見することを恐れていたあたり、きっと董卓のお気に入りのメイドさんだったに違いありません。

 

それにつけても、まるで測ったような王允のタイミングの良さ。

でも、いかにも名士で官僚タイプっぽい王允が、呂布のような無頼な人種と本当に仲良くなどするものでしょうか。

 

実はすべて王允が仕組んだことだったりして? するとこのメイドも回し者? 美しき女スパイ……イイ!

こんな妄想がストーリーテラー達の頭の中を巡ったのかもしれません。

 

貂蝉のモデル2.呂布のワイフ

連幹の計 呂布 貂蝉

 

『三国志』魏書呂布伝に引用される『英雄記』に、呂布が奥さんから「かつて長安で私を棄て(て逃げ)た」と詰られるシーンがあります。

つまり彼女は、呂布が董卓の養子になったあたりから、董卓暗殺後、長安を追われるまでの間に結婚した奥さんであり、

これが①のメイドさん=貂蝉ではないかということです。

 

命がけのお付き合いだったのですから、主人・董卓亡き後は当然晴れて結ばれたのだろうと思うところ。

そのわりにあっさり見棄てて逃げちゃってますが。

 

関連記事:劉備と呂布を仲たがいさせよ!二虎競食の計

関連記事:人を信じられなかった豪傑呂布、戦場に散る

 

貂蝉のモデル3.秦宜禄のEXワイフ

呂布 VS 曹操

 

呂布の配下の秦宜禄には、杜という苗字の、大変美しい奥さんがいました。

下邳城で呂布が曹操劉備軍に包囲されると、秦宜禄は救援要請の使者として城外に出されます。

 

ところがその派遣先で何故か杜氏と離婚させられた上、新しい女性と再婚させられてしまいました。

下邳に残された憐れな杜氏。

 

関連記事:曹操、陳宮の裏切りで兗州を呂布に奪われる!!

 

関羽と曹操が一人の女性を取り合った?

杜夫人

 

その美しさを知っていたのでしょう、劉備の配下の関羽が鼻息も荒く……もとい、ここぞとばかりに総大将の曹操へうかがいを立てました。

「この戦いが終わったら杜氏を貰っていいッスか!」 何も知らない曹操は「よきにはからえ」と気前よくOKします。

 

ところがどっこい、いざ戦が終わると、曹操は杜氏の美貌を見て惜しくなり、

しれっと自分のハーレムに加えてしまいました(当時の女性の扱いとはこうしたものでした)。

約束を反故にされた関羽の心中は穏やかではなかったようです(『三国志』蜀書関羽伝)。

 

関連記事:関羽、曹操に取りあいをされた人妻 杜夫人

関連記事:曹操の妻はどんな人達だったの?13人を紹介 Part1

関連記事:王昭儀列伝|曹操に最も寵愛された女性

 

関羽と貂蝉の悲恋物語

関羽 曹操 ゆるキャラ

 

この史実を下地に、杜氏が貂蝉にすりかわり、関羽と貂蝉の悲恋物語だとか、関羽が貂蝉を斬り殺すという過激かつ悲劇な民間説話へと発展するのです。

余談ですが、後日どんなに曹操がご機嫌取りをしても関羽がなびかなかったのは、案外この時のことを根に持っていたからなのかもしれませんね。

 

以上3人の女性を紹介しましたが、彼女たちの存在がどこまで本当に参考にされたのか、実際のところは不明です。

 

しかしながら、挑戦は歴代のストーリーテラー達の手によって確かに創られ、受け継がれていき、

架空の人物でありながら中国四大美女の一人に数えられるほど人気を博することになったわけです。

 

関連記事:関羽が生涯に斬った主な敵将を紹介

関連記事:誘引の計にかかった関羽、ブチ切れる。

関連記事:歴史上最も有名な義兄弟の誕生!桃園の誓い

 

貂蝉は本名ではない

絶世美女 貂蝉

 

ここでもう一つ、ネーミングについても少々。

前編でちらりと述べましたが、「貂蝉」は本名ではなく、通称です。

 

「貂蝉」というのは元々「蝉の文様」と「貂のしっぽ」というワンセットの装飾のことでした。

貂はイタチみたいな動物のことです。

 

そして官吏、特に皇帝の身の回りの世話をする侍従官の冠にこの飾りがついていたので、やがて「貂蝉」は侍従官自身や、

その冠そのものを指すようになり、転じて高官の意味になったりしました。

 

貂蝉は女官を意味した?

孫権 冠

 

ちなみに巷では、「後漢当時の女官は貂蝉飾りの冠をしていたことから、『貂蝉』は女官を意味した」とする話がありますが、

お分かりのとおり貂蝉飾りの冠は男性官吏の方が一般的でしたから、この説は正確ではありません。

 

逆に後漢時代の女官が貂蝉飾りの冠をしていたという記録は、史書に見られません。

はっきり分かるのは、北魏の時代に女性侍従官の冠に貂蝉の飾りが加わったということだけです(『北史』任城王澄伝)。

 

そもそも「貂蝉冠」という言い方自体、宋代以降に出てくるものなので、

後漢の人である貂蝉が、「貂蝉冠」の担当女官だったからこの通称になったというのは、色々と時代的にかみ合わないのです。

 

関連記事:被らないのは裸で歩くようなもの?中国人が被っていた冠は何?

 

三国志ライター楽凡の独り言

貂蝉

これは推測ですが、最初に女スパイ・貂蝉を創作した宋代や元代の人は、このことを知らずに、

うっかり「貂蝉」をニックネームに設定してしまったのではないでしょうか。

 

そして時を経て、大ヒット小説『三国志演義』によって本名である「任紅昌」も削られてしまったことで、余計に謎が深まることとなったのかもしれません。

でもそれがかえって、よりミステリアスなイメージを貂蝉像に与えたとも言えます。

 

なお、唐代の占い本『開元占経』には、『漢書通志』という書物を引用して、曹操が董卓に「刁蟬」を紹介して誘惑させたと書かれていたそうです。

現在確認できる限り、この占い本にその記述は見当たりませんが、もしこれが本当だとすれば、別の想像の輪が広がって面白そうですね。

 

関連記事:【日本最大ミステリー遂に解明か?】邪馬台国・卑弥呼の正体につながる新たな手がかりを発見!

関連記事:悪女か?恩義に生きた美女か貂蝉の生涯とは?

 

 

こちらの記事もよく読まれています

大喬 小喬 三国志当時のファッションとは!

 

よく読まれてる記事:三国時代のファッションはどんなのだったの?

 

 

後宮 美女 階級

 

よく読まれている記事:後宮の美女達にも階級ってあるの?気になる~♪

13人の妻達(曹操)

 

よく読まれてる記事:三国志の覇者・曹操の妻13人を紹介!

 

 

この記事を書いた人:楽凡

baienfu

自己紹介:歴史専攻は昔の話、今は漢文で妄想するのが得意なただのOLです。

関連記事

  1. 兵力なし、金なし、でも奮闘して評価を上げた曹操がスゴイ
  2. 朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ(笑) 第6部
  3. 【保存版】三国志に登場する兄弟をドーンと紹介!!【三國志兄弟物語…
  4. 【蜀の運命を決めた人物】呉の大都督となった阿蒙ちゃんの決断が歴史…
  5. LINE 三国志ブレイブとはどんなアプリゲーム?
  6. 【告白】私はこうして三国志にハマりました!
  7. 【初心者向け】本田圭佑が憧れている曹操(そうそう)という人はどん…
  8. 三国志の時代のお茶は、全然人気が無かったってホント?

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 85話:曹操を油断させた潼関(どうかん)の大勝利
  2. 三国志一の策謀家、袁術の伝説
  3. 織田信長の父・「尾張の虎」こと織田信秀の前半生に迫る
  4. 【素朴な疑問】蜀漢って国内はどうなっていたの?蜀軍の配置から北伐や蜀の情勢が見えてくる!
  5. 【刀匠干将・莫耶】二人が作った剣、実は三国志にも関わり合いがあった!
  6. 前漢の景帝の尊厳を保たせるために行った領地削減政策は裏目になった理由

三國志雑学

“広告募集"

はじめての三国志の書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

河了貂や媧燐もハマった?キングダムの時代の占いはテキトーで過激だった! これぞジパングの国!武田信玄の金山採掘法と採掘された金の使いみちが気になる! 蒋済(しょうさい)とはどんな人?曹魏四代に仕えた宿老の生涯 楊阜(ようふ)はどんな人?馬超へ復讐することを誓った魏の報復者 王騎の矛はどういう武器なの?矛と槍との違いも徹底解説! 【さんすま】三国大戦スマッシュ! 第5回 ついにあの武将が「覇王化」!! 【これは悲しすぎる】今や忘れさられた袁術の墓 【第1回 幻霊物語~爆裂三国バトル~】蔡文姫さんと一緒に攻略プレイ!

おすすめ記事

  1. 【真田丸特集】有能なのに歴史の影に埋もれてしまった真田信之と程昱!ジミーズ二人の共通点
  2. 『鼎の軽重を問う』とは誰の言葉?五分でわかる春秋戦国時代のことわざ
  3. 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース11記事【9/25〜10/2】
  4. 丞相、校尉、都督……? 三国時代の役職(官職)が分かりづらい!
  5. 【センゴク】浅井・朝倉の滅亡と羽柴秀吉の出世を徹底分析
  6. 三国志演義の悪役・曹操のイメージを払拭した功労者達
  7. 孔明とは陰と陽!漆黒の軍師、法正が蜀獲りに大活躍
  8. 媧燐(かりん)は実在した?ベトナムの女桀と呉の陸胤の戦いの意外な決着

はじさん企画

李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
PAGE TOP