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[三国志の人物紹介]朱然:孫呉の中核を担った男の性格

2024年1月16日


曹丕を生む卞夫人と曹操

 

 

三国志(さんごくし)には色々な性格を持った人物が登場します。例えば曹操(そうそう)は感情豊かで、義理堅い性格です。

 

 

麋竺と劉備

 

 

また劉備(りゅうび)正史三国志(せいしさんごくし)の作者・陳寿(ちんじゅ)曰く「礼儀が正しく人を見る目に長けている」性格でした。

 

 

劉備と孫権

 

 

孫権(そんけん)は同じく正史三国志の作者・陳寿曰く「疑い深い性格だった」と書かれております。

 

 

朱然

 

 

このように三国志に登場する武将も様々な性格を持っていますが、孫呉(そんご)の名将・朱然(しゅぜん
)
はどのような性格だったのでしょうか。今回は朱然の性格について紹介したいと思います。

 

 

 

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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人望のある性格をしていた朱然

朱然と陸遜

 

 

朱然の性格は人望のある性格だったと言えるでしょう。特に朱然は兵士達に人望があった人でした。朱然の人望の高さを示すエピソードがありますので、紹介したいと思います。朱然は夷陵の戦い(いりょうのたたかい)の後、江陵城(こうりょうじょう)の守備を任されることになります。

 

 

魏を破る朱然

 

 

朱然は魏軍が江陵城へ攻撃を仕掛けてくると少ない兵士と共に籠城。魏軍は江陵城を包囲した後、総攻撃を開始。

 

 

空腹の三国志の兵士

 

 

江陵城は魏軍の激しい総攻撃を受けたことがきっかけで、籠城している孫呉の兵士達の士気も低下していきます。しかし朱然は魏軍の攻撃を受けても恐れることなく、いつも通りの姿を兵士達に見せ、兵士達が魏軍の攻撃を受けて怖がらないように声をかけて励まします。その結果、朱然らが籠城している江陵城は、六か月魏軍の激しい攻撃を受けても屈することなく、守り抜くことに成功します。朱然はこのように兵士達から人望がある将軍でした。

 

 

 

豪華な物にお金を使わない節約家・朱然

張魯

 

朱然の性格は、人望があるところだけではなく、節約家でもありました。朱然は孫呉の重鎮として位が昇進しても、豪華な家に住んだり、GucciやHermèsなどのきらびやかな服装や食事にお金をかける生活をすることなく、質素倹約に努めていたそうです。

 

 

 

真面目でリーダーシップもある性格をしていた朱然

朱然に後を引き継ぐ呂蒙

 

朱然は上記で紹介した性格の他には、どのような人物だったのでしょう。

 

 

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それは真面目でリーダーシップもある人物でした。朱然は朝起きてから出仕した後、終日仕事に勤しんでいたと正史三国志・朱然伝にあります。このことから、朱然がまじめな性格だったことが伺えると思います。また朱然はリーダーシップ力もある人物でした。朱然のリーダーシップ力が伺えるエピソードがあるので紹介したいと思います。

 

 

諸葛瑾

 

 

孫権(そんけん)諸葛亮(しょかつりょう)の兄・諸葛瑾(しょかつきん)の息子の諸葛融(しょかつゆう)や孫呉の丞相(じょうしょう
)
を経験した事のある歩騭(ほしつ)の息子・歩協(ほきょう)らに父親の跡を継がせ、仕事を任せます。しかし孫権は父親の跡を継いだ彼らが、まだ若かった為、朱然に彼らをまとめさせて、いろいろと指示を行うのでした。このことから朱然にリーダーシップ力があった事がうかがえるのではないでしょうか。

 

 

三国志ライター黒田レンの独り言

三国志ライター黒田レン

 

今回は朱然の性格について紹介しました。

 

 

陸遜

 

 

朱然は周瑜(しゅうゆ)魯粛(ろしゅく)陸遜(りくそん)張昭(ちょうしょう)甘寧(かんねい)呂蒙(りょもう)などに比べると知名度の無い人物です。しかし朱然は上記で紹介した人物たちと比較しても遜色なく活躍した人物です。

 

 

呂蒙

 

 

その一例として呂蒙は朱然を高く評価していました。彼は亡くなる間際孫権から「君が亡くなった後、誰を後任にすればいいのか教えてくれないか」と問われたことがありました。すると呂蒙は「私が亡くなった後、朱然を私の仕事の後任者として任命するのがいいでしょう。彼は決断力もあり、実行力もある人物なので、私の跡を継ぐにふさわしい人物だと思います」と高い評価を得ています。

 

 

朱然

 

 

このことからわかるように朱然はあまり知名度が無いだけで、孫呉の中でも優秀な人物として挙げることができるでしょう。

 

 

朱桓(しゅかん)

 

 

この機会に朱然のように孫呉の中ではちょっとマイナーだけど活躍した朱桓(しゅかん)張紘(ちょうこう
)
全琮(ふぜんそう)などの武将達に目を向けてみてはいかがでしょうか。

 

■参考 正史三国志呉書・朱然伝など

 

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黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

三國志が大好きです。オススメのマンガは曹操を描いた蒼天航路がオススメです。三國志の小説のオススメは宮城谷昌光氏が書いた三國志です。好きな食べ物はマグロ、ぶり、アジが大好きな猫です。

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