蜀の武将の一人、関羽。いいえ、ただの一武将ではなく、間違いなく最高峰の一人でしょう。後世では神格化され、軍神とまで謳われる存在、関羽。民衆にも大人気だった関羽は三国志演義を始め、京劇などでも親しまれてきました。
そのためか、水滸伝にも関羽の陰がちらちらするのは最早お約束?
今回は水滸伝に出てくる関羽の陰、を紹介していきたいと思います。
この記事の目次
関羽像
関羽像は主に三国志演義によって描かれる、
- 立派な体格(2mオーバー)
- 長くて立派な髭
- 熟した夏目のような赤い顔
- 名馬、赤兎馬に跨る
- 青龍偃月刀を扱う
というものになっています。
しかし主に三国志演義で描かれたイメージ像とは言っても全てが創作という訳ではなく、実際に立派な髭を持っていたので諸葛亮から「髯殿」と呼ばれていたという記録も残っています。この立派な髭は後の関羽像として幅広く影響を残しました。それは水滸伝に出てくるキャラクターでも同じです。
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関羽から影響を受けた関勝
さてまずご紹介するのは関勝。席は第五位、星は天勇星、あだ名は大刀。そのあだ名の通り、大きな刀……ではなく、関羽の使っていた青龍偃月刀を用います。と言うのも名前から分かる通り、実は関勝は関羽の子孫なのです!……まぁ自称なのですが。
とは言え関羽に負けず劣らず武勇に優れた人物であり、しかも五虎将筆頭。体格も関羽と同じく立派で、同じく立派な髭を持っている人物です。では「美髭公」と呼ばれたのかと言うと……それは次の人物で。
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朱仝
お次に紹介しますは朱仝。席は第十二位、星は天満星、そしてあだ名は美髯公!その名の通り立派な髭を持ち、体格もほぼ関羽をなぞったかと思われる好漢。しかも関羽と同じく、義に厚い人物です。
関羽が劉備と出会ったように、朱仝もまた宋江と序盤に出会いますが……この時、宋江は妾を殺害しており、捕縛命令が出ていました。朱仝は敢えて宋江を見逃すのですが……ある意味、ここでできた宋江との縁が悲劇を呼び込みます。
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悲惨すぎる……
朱仝は後の相棒、雷横を見逃したことで流罪に処されました。しかし義に厚く、真面目な朱仝は流された先で知事に気に入られ、良くして貰います。この知事の幼い子供から「お髭のおじさん」と慕われて懐かれ、お守り役を任されました。
後に梁山泊に勧誘されるも知事への恩義から断る朱仝でしたが、この際に幼子を殺害され、戻ることができなくなった朱仝は梁山泊入りするという……とんでもないストーリーが待っています。※この一件で読者の顰蹙を買いまくる李逵ですが、後にあんなお涙頂戴シーンを見せるとは……(フラグ)
関羽も義に厚く、劉備と逸れた際に妻の保護をしていたりすること、また美髭公など、朱仝にも関羽要素は強く出ていますね。
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楊雄
さて更にもう一人、楊雄。席は第三十二、星は天牢星。そしてあだ名は病関索!
そう、関羽の息子の関索のあだ名を持っているのです。因みに病関索とは「顔色が悪い関索」という意味で、風貌に優れ、武勇に優れ、しかしてその顔色は黄色で病気みたいだったことからあだ名されました。ただ楊雄自身は割とブチ切れやすいというか、激情家な面もあり、良く石秀に助けられている印象ですね。
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