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諸葛孔明と黄月英の間に生まれた子供達を一挙紹介!

この記事の所要時間: 446




㈱三国志 劉備 孔明

 

蜀(しょく)の軍師として劉備(りゅうび)を支えた

諸葛亮孔明(しょかつりょう・こうめい)と、

様々な発明をしたりして、陰から孔明を支えた妻

黄月英(こうげつえい)の間には、1人の養子と1人の実子が

いたと言われています。

 

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関連記事:【みんなが知らない諸葛孔明】戦率99%!撤退戦では無敗だった!?




正式に残る子供は、養子1人、実子1人

諸葛一族

 

養子:諸葛喬(しょかつきょう)

 

・もともとの字:仲慎(ちゅうしん)

・養子になってからの字:伯松(はくそん)

次男を表す「仲」から長男を表す「伯」に変えたわけです。

・生没年:204年~228年

 

以下、夫婦のことを、孔明、黄夫人と記します。

孔明が三顧の礼を受けて劉備のもとへ使えるよりも以前に

孔明と黄夫人は結婚していました。

 

しかし、夫婦の間には子供ができず、

孔明の兄、諸葛謹(しょかつきん)の次男を養子にもらいました。

このとき、兄の諸葛謹は呉の孫権(そんけん)に仕えていますので

国を跨って養子を迎えたことになりますが、

そのあたりは、国と一族の事情とは切り離して考えるようです。

 

喬(きょう)は才知豊かな若者に育ち、父孔明と共に北伐に向かいます。

最前線に連れて行くというのは、

孔明が喬を自分の跡継ぎとして大きな期待を寄せていたということです。

このとき、孔明は、

兄の息子に危険な任務を与えてしまったことを申し訳ないと思ったのか

諸葛謹に向けて

「喬には軍務の勉強をさせています」と手紙を書いています。

 

しかし、思いがけないことが起こりました。

喬は、25歳という若さで病死してしまうのです。




実子:諸葛瞻(しょかつせん)

 

・字:思遠(しえん)

・生没年:227年~263年

 

孔明と黄夫人は結婚してから20年以上たってから

二人の間に実子が誕生しました。

瞻(せん)の誕生は、養子喬の亡くなる前年のことです。

 

孔明は実子誕生を遠い赴任先で聞いたのか、

字には「遠く思う」=「思遠」と名付けました。

 

この晩年に設けた息子を孔明は溺愛します。

思わず兄の諸葛謹に、

「うちの子8歳だけど、すんごい聡明でちょっと心配なんだよ。

 大器晩成の方が大物になるんだから、早熟だとちょっとネ」

などという親バカぶり大発揮な手紙を送っています。

 

8歳の時に、父孔明と死に別れましたが、

瞻は文才に優れ、賢く、人々から尊敬される人物に成長しました。

 

しかしながら、263年、蜀はついに滅亡のときを迎えます。

魏からは、瞻に対し、降伏をするならば高位にとりたてる旨を

伝えてきますが、瞻はこれを決してうけませんでした。

かくして、魏軍との戦闘中に、息子と共に戦死してしまうのです。

 

孔明と黄夫人の間には、

養子の喬(きょう)と、実子の瞻(せん)という2人の息子がいましたが

喬は若くして病死、瞻は蜀の滅亡と運命を共にしてしまいます。

 

それでは、その子孫たちはどうなったのでしょうか。

 

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諸葛喬の息子、諸葛攀(はん)

 

25歳で若死にしてしまった喬には、

攀(はん)という息子がいました。

孔明は攀を自らの跡継ぎとするつもりで育てたのでしょうが、

253年に、呉において、

諸葛謹の長男、諸葛恪(しょかつかつ)とその一族が殺される事件が起こりました。

これでは実の祖父である諸葛謹の家系が途絶えてしまうということで

攀は呉に戻り、諸葛謹のあとを継ぐことになりました。

 

しかし、どんな運命の皮肉でしょうか。

攀も、父同様に、若くして亡くなってしまいます。

そこで、その息子の諸葛顕(けん)が

諸葛謹のあとを継ぐことになりました。

 

 

 

諸葛瞻の息子、諸葛尚(しょう)と諸葛京(けい)

 

蜀の滅亡と運命を共にし、魏との戦いにおいて戦死した瞻(せん)には

2人の息子がいました。

 

長男尚(しょう)は、このとき父と運命を共にし、世を去ります。

「蜀が傾いたのは、黄皓(こうこう)の専横を止められなかった

 俺たちの責任だ!

 このままおめおめ生きてはいられまい!!」

と叫んで魏軍に突撃し、華々しい戦死を遂げたといわれています。

 

ですが、次男京(けい)はまだ子供であったために

この戦に参加していませんでした。

京は成人してから晋(しん)に仕え、その子孫は今でも

浙江省蘭渓市の諸葛八卦村に暮らしています。

 

孔明と黄夫人の間には、

養子の喬(きょう)と、実子の瞻(せん)という2人の息子がいましたが

そのほかにも、諸葛懐(かい)という息子に、諸葛果(か)という娘、

さらに瞻には質(しつ)とう子供がいたという話があります。

 

 

『諸葛忠武侯文集』という書物

諸葛孔明

 

18世紀に中国を治めていた清(しん)王朝の考古学者で

張澍(ちょうじゅ)という人が記した『諸葛忠武侯文集』という書物に

その名前は記されています。

 

これを史実ととらえるには、はなはだ疑問があります。

なにせ、三国時代から、1500年近くたったあとで

付けられた注釈なのですから。

 

現代の私たちが、

卑弥呼には実は息子がいたんだよ!」

と書くようなイメージではないかと思われます。

 

とはいっても、うそだと切り捨ててしまうのも身もふたもないので、

簡単に孔明の三男、長女、三番目の孫をご紹介したいと思います。

 

 

諸葛懐(しょかつかい)

 

孔明の三男。

 

晋(しん)の時代になり、

昔の名臣たちの末裔を集めようという知らせがあり、

諸葛一族もこれを受けたのですが、

諸葛亮の三男であった諸葛懐(かい)はこれに応じませんでした。

 

懐の居場所を突き止め、禄を与えると言ったところ、

懐は今のままの生活で充分だからと断ったとの話が書かれています。

 

この辺の謙虚で賢そうなところは、父孔明を彷彿とさせる人物ですね。

 

 

諸葛質(しょかつしつ)

 

孔明の実子、諸葛瞻(せん)の三男。

 

蜀の滅亡のとき、劉禅(りゅうぜん)の子が魏にくだるのを拒んだため、

それに付き従って、

孟獲(もうかく)と祝融(しゅくゆう)の子供、

孟虬(もうきゅう)を頼っていき、南中県水昌に暮らしたそうです。

 

関連記事:蜀滅亡劉禅は本当に暗君だったの?

関連記事:劉禅が読んだ韓非ってどんな本?

 

諸葛果(しょかつか)

 

孔明の長女。

 

成都にある朝真観という道教寺院に入り、

修行を積んで、仙女となり、昇天したといいます。

 

もうここまでくると、伝説レベルですね……!

 

 

懐や果が実在の人物であったとしても、

母は年齢的に黄夫人ではなかったのではないかと思われます。

 

諸葛果については、たいそうな美人だったという説もありますので

不美人で有名な黄夫人の子ではないという設定なのでしょう。

 

そうすると、孔明にも美人の妾がいた!!

という想像につながってしまい、話が収集つかなくなりそうです。

(私が萌えてきました)

今回はこの辺にしたいと思います。

 

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