キングダム




はじめての三国志

menu

はじめての変

信ってどんな人?キングダムの主人公は史実が少ない謎多き人物

この記事の所要時間: 551

信 キングダム

 

熱血中国歴史漫画キングダムの主人公、信(しん)は、

熱血、直情、直感型の武将として仲間達の助けを得ながら順調な出世を重ねています。

 

漫画の中では、戦争孤児として他家の下僕という境遇から身を起した信ですが、

歴史上の人物としての信の生涯には、とても謎が多いのです。

 

関連記事:キングダムと三国志の違いって何?時代を追ってみる

関連記事:三国志を楽しむならキングダムや春秋戦国時代のことも知っておくべき! 

 

 

実際の信は生没年不詳

信 キングダム

 

信については、その出生階級も、何年に生まれたかも分かりません。

 

これは信が無名で取るに足らない人物であるという意味ではなく、

秦の戦国時代の記録については、後の始皇帝による焚書坑儒や、

咸陽を陥れた項羽の略奪と放火によって、

それまで残っていた記録がほとんど消滅しているのです。

 

ただ、信の年齢は史記の王翦列伝によると、、

 

秦將李信者年少壯勇とあります。

 

紀元前225年頃の記述で、秦の李信という将軍は、

若くて勇気があると書かれている事から当時すでに老将だった

王翦(おうせん)よりはずっと若く、30代位だったのではないか?と思います。

 

そうだとすると、紀元前255年産まれで始皇帝よりは4つほど下、

ほぼ同年代と考えていいかも知れません。

 

関連記事:「楚」ってどんな国?キングダム戦国七雄を徹底紹介

関連記事:キングダム 楚の宰相、春申君の最後が残念すぎる

 

信ばかりではなく秦の武将の記録は史記のみしかない・・

信 キングダム

これは、信に限らず、始皇帝の時代を生きた多くの秦武将の記録が、

同時代からは失われ、少し時代が下った前漢の司馬遷(しばせん)

咸陽を訪れて古老から話を聴取した史記によっているのです。

 

従って、信が戦争孤児であり他家の下僕であったのか?

歴とした名門の家柄だったのか?庶民から這い上がった苦労人だったか?

それを断定する事は出来ません。

 

関連記事:誇りを失ってもなお……『史記』を書いた司馬遷の執念

 

信の手柄についての記述は?

 

実は、信の記録は史記に記録された信と同時代を生きた大将軍、

王翦列伝の中に、付属として記録されている分と、さらに後年の新唐書の記述が全てです。

 

これは信が王翦と共に戦場にいた事によって記録が残ったという事で、

もし、信が王翦と別行動を取っていたら記録はさらに少なかったかも知れません。

以下は、史記の王翦列伝に見られる信の記述

 

・紀元前229年~紀元前228年、王翦が数十万の大軍を率いて趙と対峙している時、

信は、趙の太原、雲中に進軍していた。

・紀元前226年、王翦と王賁は、紀元前227年の燕の太子丹が雇った暗殺者

荊軻(けいか)による秦王政、暗殺未遂事件の報復として燕都・薊(けい)を攻略。

燕王喜(き)と太子丹(たん)を遼東に敗走させた。

この際、李信は、約1000の兵を率いて燕軍を追撃し太子丹を討ち取った。

 

・紀元前225年、秦王政(始皇帝)は、楚を征服したいと思った。

対楚戦にどれだけの部隊が必要かを諮問したところが李信は、「20万」が必要だと語った。

一方で王翦は、「60万」が必要だと語った。

秦王は、王翦が年老いたと考え、李信の案を採用して侵攻を命じた。

李信は総兵数20万を二つの部隊に分け李信は平輿(へいよ)で

蒙恬(もうてん)は寝丘(しんきゅう)で楚軍に大勝した。

 

さらに、李信と蒙恬は、郢(てい)周辺を攻め、再び楚軍を破った。

ところが城父(じょうほ)で李信と蒙恬が合流した所を、

三日三晩追跡して来た項燕(こうえん)率いる楚軍に奇襲され

2カ所の塁壁を破られ7人の将校を失う大敗を喫した。

そのため、王翦と交代させられた、翌年、王翦と蒙武(もうぶ)が

60万の兵を率いて楚を攻め、楚王負芻(ふすう)を捕虜にし楚を滅亡させた。

 

・紀元前222年、王賁(おうほん)と共に燕の遼東を攻め、

燕王喜を捕虜とし、これを滅ぼした。

さらに、代(だい)を攻め、代王嘉(か)を捕え代を滅ぼした。

 

・紀元前221年、王賁蒙恬と共に斉を攻め滅ぼした。

 

以上が史記による信の記録の全てです。出典ウィキペディア

 

関連記事:【キングダム ネタバレ注意】秦・中華統一後に蒙恬(もうてん)一族が滅びる理由とは?

関連記事:【キングダム ネタバレ注意】秦・中華統一後、王賁(おうはん)は今後どうなる?

 

ページ:

1

2

関連記事

  1. 梁習(りょうしゅう)とはどんな人?曹操も惚れた不安定な幷州を安定…
  2. 呂布をリトマス試験紙にして群雄の性格を鑑定してみた
  3. 劉勲(りゅうくん)とはどんな人?袁術病死の後継者は「泣く子を救う…
  4. ニッチローも真っ青!三国志の英傑はモノマネ大好きだった!
  5. 袁紹の敗北は関羽のせいだった?
  6. 【李傕・郭汜祭り 6日目】全員悪人の例外?献帝を保護するつもりだ…
  7. 【はじめての君主論】電子書籍出版のお知らせ
  8. なんで孫策と周瑜が義兄弟の契りを結んだの?その驚くべき理由とは?…

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 始皇帝が求めた不老不死は現代科学ではどれだけ進展したの?権力者が追い求めたアンチエイジングに迫る!
  2. 白起(はくき)ってどんな人?キングダムでお馴染みの六大将軍
  3. 孔明だけじゃなかった!?呉にも天下三分の計を唱えた人物がいたってホント?
  4. はじめての三国志編集長の推薦状『8月の見どころ記事』Part.3
  5. 曹休(そうきゅう)ってどんな人?一回の敗北で、後世の評価がガタ落ちした魏の武将
  6. 袁尚(えんしょう)とはどんな人?兄と争ったせいで袁家をつぶしてしまった漢

三國志雑学

“はじめての三国志150万PV" “広告募集"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

初心者にも分かる!陸遜と諸葛亮孔明の関係性 再婚なんか当たり前?驚きの三国志の再婚事情とは? 【真田丸特集】バツイチ女性が好きだった曹操と家康! 日本で一番すごい武将?敵中を突破して帰国した猛将・島津義弘の武勇伝 趙娥(ちょうが)とはどんな人?復讐者兼暗殺者であった烈女・龐蛾親(ほうがしん) 【はじめての三国志読者へお知らせ】あの袁術祭りのバナーを設置したよ! 秦の始皇帝の時代ってどんな時代?分りやすく解説するよ 【諸葛恪の栄光と破滅】最初の成功が人生を狂わせた呉の最高指導者

おすすめ記事

  1. 三国志の時代には誘拐が大流行していた?その驚きの理由とは
  2. 『ろくでなし三国志 本当はだらしない英雄たち』の批評が過激的!あなたの好きな英雄もdisられている?
  3. 劉備にカリスマ性があったの?三国志の英雄・劉備玄徳のカリスマの真実
  4. 三国志水軍最強の将・決定戦!あの色男が一位でしょ!?
  5. 【キングダムで話題】戦国七雄の神武将7人を紹介
  6. 【三国志×位置ゲー】スマートフォンゲームアプリ『見つけて!三国志』iOS版 配信開始!
  7. 周瑜の遺言が名文すぎて泣ける周瑜爆ageキャンペーン
  8. 趙雲は五丈原ではどんな役割だった?趙雲の北伐と最期

はじさん企画

袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志"
“西遊記"
PAGE TOP