馬騰(ばとう)とはどんな人?馬超のパパで知られる荒れ地の猛将

曹操が喧嘩の仲裁に入る




曹操 機密保持

 

二人は数か月の間、お互いの領土へ攻撃を仕掛け、決着はつかない状態でした。

しかしこの二人のくだらない喧嘩はある時を境に、

ぴたりと止み仲直りすることになります。

彼らのくだらない喧嘩を止めさせるきっかけを作ったのは、

三国志の英雄の一人である曹操です。

彼は涼州で馬騰と韓遂が争いを止めない為、涼州の土地が荒廃していると、

関中地方を治める任務を遂行するため長安へ赴いていた鍾繇(しゅよう)から

連絡が入ってきます。

この連絡をもらった曹操は鍾繇へ「二人の争いを止めるように説得せよ」と

命令を受けます。鍾繇は彼らの喧嘩を止めさせるため、

馬騰と韓遂に「無益な戦いを止めて、民政に力を入れてもらいたいんだけどダメかな」と

手紙を出して説得を試みます。

この手紙の効果はほとんど無く、二人の争いは終わることがありませんでした。

しかし鍾繇はあきらめず何度も二人に手紙を送り続けます。

曹操の執拗な手紙攻撃にうんざりした二人は、ついに争いを止めること同意します。

こうして二人の仁義なき戦いは終結を迎えることになりますが、

二人が再び仲良く手を携える関係にまでは修復できませんでした。




異民族の鎮撫に力を尽くす

氐族

 

馬騰は韓遂との争いが終結すると、異民族の鎮撫に力を尽くします。

彼は北から侵入を繰り返している異民族に対して、痛撃を与えて追い返した後、

再び侵入してくることが無いように、国境沿いにしっかりとした防備を構築。

さらに涼州から少し南下している氐族にもしっかりと話し合いを繰り返し、

攻撃を仕掛けてこないように頭を下げて説得します。

そして涼州の各地にいる人材を積極的に登用し、民心の安定を図ります。

これらの政策の結果、異民族からの攻撃が激減し、

涼州一帯を含めた関中の民心は安定することになります。




曹操との共闘

現実主義曹操

 

四方の異民族の鎮撫に力を尽くし、関中一帯を安定させることに成功した馬騰。

そんな彼に曹操の部下である鍾繇から「馬騰殿。幷州(へいしゅう)でわが主である曹操に、

敵対している郭援(かくえん)討伐に、協力してくれませんか。」と依頼が来ます。

馬騰は鍾繇のおかげで韓遂との争いを終焉に導くことができた恩を返すため、

彼の申し出を快諾。

そして息子である馬超と龐徳(ほうとく)にそれぞれ兵を与えて、郭援討伐へ向かわせます。

この時馬超は足に弓が当たり、負傷してしまいますが、

龐徳が見事に郭援を討ち取る功績をあげます。

こうして馬超や龐徳らの活躍により、郭援の勢力は見事に討伐されます。

その後馬超が負傷したことにより、

馬騰自ら前線に出て河北で反乱を起こしていた反乱勢力の駆逐に力を貸し、

幷州近郊の反乱勢力は一掃されることになります。

 

朝廷へ出仕するか迷う

photo credit: road of the righteous via photopin (license)

 

馬騰は曹操の河北統一戦に協力した後、国境の防備をしっかりと固め、

異民族が侵攻してこないように努めます。

こうした毎日を送っている最中、鍾繇の部下であった張既が自ら馬騰の元へやっています。

彼は馬騰と対面し、一通りの挨拶を済ました後「馬騰殿。あなたが持っている軍を解散して、

朝廷に出仕していただけないか。」と頭を深々と下げて、お願いします。

馬騰は張既の姿を見て、彼の申し出に賛成の意を示します。

張既は馬騰の応諾を見て大いに喜び「ありがとうございます。

これで関中の平和をしっかりと維持することができる。」と言い残して、長安へ帰還。

その後馬騰は息子である馬超や馬鉄らの一族や武将達を集め、

「私は息子に軍権を譲って、漢の天子である許へ向かおうと思う」と意見を述べますが、

一族や武将達は馬騰の意見に全員反対します。

馬騰は全員の反対意見を聞いて迷ってしまい、とりあえず

会議をその場で解散します。

 

張既の策略

photo credit: Amour de Minuit Dark Romantic Red Rose Detail via photopin (license)

 

張既は馬騰が朝廷に仕えることを約束したのに、一向に長安へやってこない為、

不審に思います。

そこで彼は涼州で曹操の味方となっている太守を集めて、自ら太守達を率いて、

馬騰を迎えに行きます。

馬騰は張既自ら迎えに来た為、一族や家臣の反対意見を押し切って、

一族である馬鉄達と共に張既に従って、長安へ向かいます。

その後許へ向かって朝廷の家臣として仕えることになります。

この時馬騰は衛尉(えいい=漢の朝廷の宮殿の門を守備する兵達を率いて、門を守る仕事)

に任命されます。

 

荒れ地の猛将の最後

暗殺計画自慢の董承08 曹操

 

馬超は馬騰が長安へ赴いた際、彼が率いていた軍をすべて受け継ぎます。

その後馬超は韓遂や関中で独立勢力を保っていた軍閥らと共に、

曹操と敵対します。

しかし馬超や韓遂らは潼関で曹操軍と戦い、大敗北してしまいます。

曹操は遠征から帰還すると、衛尉であった馬騰や涼州から引き連れてきていた一族らを

殺害します。

こうして涼州の猛将として知られた馬騰の人生は幕を閉じることになります。

 

三国志ライター黒田廉の独り言

黒田廉

 

涼州の猛将として知られていた馬騰はあっさりと処刑されてしまいます。

もし馬騰が張既自ら迎えに来た時に、曹操と敵対する決断を行っていれば、

潼関の戦いは違った展開を見せていたかもしれません。

また韓遂との仲が悪かったため、関中の豪族達は連合して戦う道を選ばずに、

各地で戦っていたかもしれません。

すると曹操軍は反乱を起こした豪族達を一つずつ平定していかなかなくてはならない為、

涼州平定に時間がかかり、天下の様相は違ったかもしれないでしょう。

とにもかくにも馬騰が朝廷の臣下になる道を選んでしまったことが歴史を変えた行動に

なってしまったのは間違えありません。

「今回の三国志のお話はこれでおしまいにゃ。

次回もまたはじめての三国志でお会いしましょう。

それじゃあまたにゃ~」

 

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この記事を書いた人:黒田廉(くろだれん)

 

黒田廉

■自己紹介:

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

■歴史人物:

張遼孟嘗君、張作霖など

■何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

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