孔子(こうし:紀元前552~479年)は諱(いみな)を丘(きゅう)、字を仲尼(ちゅうじ)といい春秋戦国時代の魯国の人物です。本当のフルネームは、孔丘仲尼ですが、子は先生という意味で、孔子とは孔先生という尊称を意味しています。
彼は、三千名という多くの弟子を育てた教育者・思想家であり、漢王朝以後の国教である儒教を確立した人として知られています。また、孔子は当時としては長寿である74歳まで生きた人でもあり、そこには、孔子の食への拘りがあったようです。
儒教には、食のマナーが満載
孔子は、食事とは人間関係を円滑にし、長幼の序、君臣の別を明らかにする上で大事なツールだと考えていました。その為に、儒教のバイブルである礼記(らいき)には、食に関するマナーが大量に掲載されています。
当時にも、寛いだ宴会はありましたが、多くの場合には、礼記に基づいた所作や立ち居振る舞いが士大夫には求められたのです。今でいうテーブルマナーの、かなり厳しいヤツという感じですね。
漢の高祖、劉邦も儒教の食事マナーに感動
楚の項羽(こうう)を滅ぼして天下を取った劉邦(りゅうほう)ですが、彼は農民の出身でお世辞にも上品な人であるとは言えませんでした。
彼の配下も出自はバラバラで、張良(ちょうりょう)のような韓のプリンスもいれば、韓信(かんしん)のような貧乏な士も、樊噲(はんかい)のような獣畜の屠殺を生業にする人もいました。
当時の漢の宮廷の宴会には、マナーは何もなく劉邦の配下の臣は、劉邦を中心に車座になって座り、酔い潰れるまで飲み、飽きる程に肉を食い散らかし、泥酔するとお互いの手柄の自慢話をし、剣を抜いては踊り、或いは柱に斬りつけるなど滅茶苦茶です。
コンビニの駐車場で、ウンコ座りして酒を飲んで騒いでいる現在のヤンキーとあまり変わりません。劉邦は自分の下品さを棚にあげて、「こいつらをどうにか教育せんといかん、恥ずかしい・・」と思っていましたが、それに形をつけたのが儒官の食事のマナーでした。
整然と進む宴会の風景を見て劉邦は、柄にもなく感動し、「朕、初めて、位の尊きを知る」と呟きました。「俺は初めて自分が偉いんだという事を実感した」という意味です。それまでが、ずーっと無礼講状態だったんですね。
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孔子の食事へのこだわり
さて、その礼記の元になった孔子の食へのこだわりは、以下のようなモノでした。
・米は白く精米したものを食べる
玄米は栄養価が高いですが、消化にはいいとは言えず胃に負担をかけ消化不良を起こすと孔子は考えたようです。当時は抗生剤がないので、胃腸炎程度でも悪化すれば人が死ぬのは珍しくありませんでした。
・生肉は細く刻まれていればいる程良い
孔子が好きな生肉の膾(なます)料理ですが、これも細かく刻めばあまり咀嚼しなくても胃に負担がないからだと思われます。
・季節を外れて出回る食品は食べない
自然の旬に沿わない食物はあまり美味しくありません。だから、孔子は季節外れの食品を食べませんでした。
・市場で買った食べ物は口にしない
当時の市場は不衛生で食品が汚染されている可能性があったので、孔子は用心していました。
・調理法が雑な食事は食べない
調理法が雑という事は料理人が熟練していませんから美味しくないのはもちろんですが、食品の衛生観念もいい加減かも知れません。だから、未熟な料理人が造る食事は食べませんでした。
・主君から頂いた肉はその日の間に食べる
肉は季節によっては、傷みが早いので、主君から頂いた肉はすぐに食べてしまいます、これが礼を失しないやり方です。
・酸い味や腐臭がする肉や魚は食べない
少しでも食事に酸っぱさがあったり、腐臭がする肉や魚を孔子は食べようとはしませんでした。当たり前だよと笑うかも知れませんが、これくらいなら大丈夫と食べてしまい、食当たりや食中毒になった経験がある人は少なくないと思います。
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春秋戦国ライターkawausoの独り言
孔子とほぼ同時代を生きた説があるインドの宗教家、釈迦(しゃか)は80歳という当時としては長寿を保って死にましたが、彼の死因は食中毒と言われています。彼は、熱心な信者の所で、豚肉を煮たものか、珍味のキノコを食べて食中毒を起こして亡くなったと言うのです。
釈迦も、生前は衛生面に敏感な人で
「健康に生きたいなら、衛生面に気を配れ」と周囲に言っていますが最後の最後で気が緩んだのかも知れません。
若い時であれば、食中毒からも回復できそうですが、老齢になると、抵抗力が落ち、そうもいかなくなります。やはり、孔子が食に気をつけたのが、彼を長寿させたと言えそうです。食の安全は、時代を問わず、今でも人々の関心事です。人間は食べた物で出来ているのですから、より健康に生きたいなら食事に関心を払え、という孔子の姿勢は現代でも通用しますね。
本日も悠久の春秋戦国時代に乾杯!!
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