樊噲(はんかい)とはどんな人?肉屋の主人から劉邦の親衛隊隊長として楚漢戦争を戦い抜いた豪傑




はじめての三国志コメント機能バナー115-11_bnr1枠なし

何進

 

三国志で肉屋の主人と言えば漢の大将軍になった何進(かしん)を思い出します。彼は妹が霊帝(れいてい)に気に入られた事で、立身出世を果たします。

 

宦官を一掃することを決意する何進

 

何進は大将軍にまで出世するも、宦官に殺されて彼の人生は幕を閉じます。

 

樊噲(はんかい)

 

今回紹介する樊噲(はんかい)も肉屋の主人として働いておりました。しかし、同郷の劉邦が挙兵すると彼も一緒に参加します。劉邦(りゅうほう)と共に付き従った事で彼の運命を大きく変化し、歴史に名を刻むことになります。

 

関連記事:キングダムと三国志の違いって何?時代を追ってみる

関連記事:これなら誰でも騙される!越王句践の凄まじいゴマすりを紹介。




肉屋の主人として家業を営む

劉邦はヤンキー

 

樊噲は劉邦と同じく沛出身の人です彼は朝早く山に入って、山野を駆け回って狗(いぬ)などを捕獲。その後家に帰って解体して店頭に並べ販売する肉屋の主人として真面目に働いていました。劉邦とは親しい間柄で何度も共に飲み歩いたり、遊びに行ったりしている仲間でした。




呂雉の妹を嫁に迎える

呂雉(りょち)

 

樊噲は毎日を勤勉に仕事に従事していたある日、劉邦が富豪の呂氏の娘呂雉を嫁にもらいます。樊噲は大いに喜び、彼を祝います。劉邦が結婚して数ヶ月後、呂雉(りょち)は樊噲を家に呼び

 

「妹と結婚してくれないかしら」と相談されます。樊噲は呂雉の申し入れを快諾。こうして話はとんとん拍子に進み、樊噲は呂雉の妹呂須(りょす)を嫁に迎える事になります。この結婚が後の樊噲の運命を大きく分ける事になります。

 

関連記事:盧綰(ろわん)とはどんな人?劉邦の親友でもあり辛苦を共にした男

関連記事:中国三大悪女に名を連ねた劉邦の妻・呂雉(りょち)とはどんな人?とても怖い実話

関連記事:曹参(そうしん)ってどんな人?漢の高祖劉邦に仕え軍事にそつなく政治にも優れた功労者

 

劉邦の挙兵に参加

劉邦

 

劉邦はその後、沛県の県庁から労働者を驪山(りざん)まで送り届ける役に任命されます。彼は労働者を連れて沛県を出発します。

 

酒を飲み民を逃す劉邦

 

しかし劉邦が連れている労働者たちは驪山に向かう途中に一斉に逃げてしまいます。

 

陳勝・呉広

 

劉邦もその場から逃げ山野に隠れます。劉邦はその後陳勝・呉広の乱が勃発すると、沛県を乗っ取り挙兵します。この時樊噲も劉邦に従い挙兵に参加。劉邦は樊噲を親衛隊の隊長に任命します。

 

関連記事:夏侯嬰(かこうえい)ってどんな人?劉邦を挙兵時代から支えた夏候惇の先祖

関連記事:劉邦(りゅうほう)ってどんな人?百姓から頂点を極めた漢の建国者

関連記事:劉邦や劉備も手本にした人物 「重耳」 とは?

 

秦を滅ぼし、三つの法を立てる

秦を滅ぼし、三つの法を立てる

 

劉邦はその後各地を転戦しながら兵士を増加させ、ついに秦の首都である咸陽を陥落させ、秦王嬰を降伏させます。こうして劉邦は秦を滅ぼす事に成功します。その後劉邦は秦の宮殿に入り、美女をさらって、酒池肉林を楽しみます。樊噲は酒池肉林に浸っている劉邦に諫言しますが、聞き入れられません。そこで樊噲は張良に「王を諫言してくれ」と頼みます。

 

張良

 

張良は樊噲の言葉を受け入れ、劉邦に諫言します。

 

張良と劉邦

 

彼は張良の言葉を受け入れ、美女と宴をすぐにやめ、秦の首都咸陽を出て、覇上へ駐留します。この地で秦の法を改め三つの法を立てます。

 

張良と劉邦

 

「法は三条のみとする。一つ人を殺した者、二つ人の者を盗んだ者、三つ人に危害を加えた者」この三つを法に立てます。劉邦はこの簡単な法を設立した事で関中の民から歓迎されます。

 

関連記事:人材を使いこなす事で天下を取った劉邦

関連記事:劉備と劉邦

関連記事:陳平(ちんぺい)とはどんな人?詐欺師か、天才軍師か?謀略の達人

 

項伯の侠気がきっかけで劉邦は一命を取り留めた

項羽(はじめての三国志)

 

劉邦は秦を滅ぼすと、関中の出入り口である函谷関を閉めます。項羽(こうう)は劉邦が函谷関を閉め、関中に誰も入れないようにした事に激怒、函谷関を攻撃します。

 

ブチギレる項羽

 

項羽の軍勢に攻撃された函谷関は、すぐに陥落し、項羽軍は関中に入ります。劉邦は項羽が激怒していることに驚き、張良や諸将に相談しますが、いい案が出てきません。そんな中、救世主が登場します。

 

張良と項伯

 

その名は項羽の叔父・項伯(こうはく)です。彼は以前劉邦軍の軍師である張良に助けられた事があり、その恩を返すため、夜中に張良の陣営を訪れます。そこで張良に「明日項羽の軍が劉邦殿の陣を攻撃します。依然あなたに助けてもらった恩を返すため、知らせに参った」と伝えます。張良は項伯に「王は関中に賊を入れないために函谷関を閉じたのです。それ以外に他意はありません。」と説明し、項伯に項羽へ伝えてほしいと依頼します。

 

項伯は「分かった。項羽殿には私から伝えるが、劉邦殿ご自身が謝りに来た方がいい」と告げ、去っていきます。張良はすぐに劉邦の陣営を尋ね、彼に項伯が語った出来事を話し、項羽の陣営を尋ね謝った方が良いという事も伝えます。

 

張良と劉邦

 

劉邦は張良の進言を受け入れ、翌日早朝に樊噲や張良、数十騎の護衛を連れて項羽の陣営を尋ねます。

【次のページに続きます】




次のページへ >

1

2>

関連記事

  1. 劉邦の息子を補佐する曹参(そうしん)
  2. 劉エン 劉縯
  3. 韓信
  4. 范増
  5. 劉邦と項羽

コメント

  • コメント (0)

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。




はじめての三国志企画集

“はじめての三国志企画特集"

“はじめての三国志公式LINEアカウント"

“二宮の変

“三国志データベース"

“三国志人物事典

3冊同時発売




PAGE TOP