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【俺たちだって五虎将だ!】魏の五虎将たち~張郃篇~

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基礎知識 馬謖04 張コウ

 

張郃(ちょうこう)は字を儁乂といいます。

漢の末期、募集に応じて黄巾討伐し、軍の司馬となり、韓馥(かんふく)に所属しました。

しかし、韓馥が敗北すると、兵を連れて袁紹(えんしょう)に身を寄せることとなりました。

袁紹は張郃を重んじ、公孫瓚(こうそんさん)を防がせました。

公孫讃が敗れたのには、張郃の功績が大であったといえます。

 

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曹操の元につくまでの張郃

官渡の戦いと2

 

曹操と袁紹が官渡で渡り合ったとき、袁紹は将軍の淳于瓊らに輜重を指揮させて鳥巣に貯蔵させました。

しかし、曹操は自身兵を引き連れ、急にそれを攻撃してきました。

そこで、張郃は袁紹に進言しました。

「曹公の兵は精鋭ですから、出かければ淳于瓊等を打ち破るに違いありません。

淳于瓊らが敗れれば、将軍の事業はそれで終わりです。急ぎ兵を引き連れ彼らを救援すべきです」

これに対して、郭図(袁紹軍の軍師の一人です)は言いました。

「張郃の計略は間違いです。敵の本陣を攻撃する方がましです。

伏勢からいって必ず引き返します。これが救援しなくても自然に解決するやり方です」

更に張郃は重ねて言いました。

「曹公の陣営は堅固ですから、それを攻撃しても陥せないに違いありません。

もし淳于瓊らが捕らえられでもすれば、われわれは全て捕虜となりましょう」

ところが、袁紹はただ軽装の騎兵を派遣して淳于瓊を救援させただけで、

重装の兵によって曹操の陣営を攻撃しましたが、陥落できませんでした。

曹操は果たして淳于瓊らを打ち破り、袁紹の軍は崩壊しました。

郭図は面目なく思い、また張コウのことを讒言しました。

ちなみに、三国志演義では徹底的に郭図は駄目な奴です。

「張郃は我が軍の敗北にいい気になり、不遜なことばを吐いております」

そこで張郃は身の危険を感じたので曹操に亡命しました。




漢晋春秋による袁紹の挿話

荀彧 袁紹

 

ちなみに、『漢晋春秋』によれば、張郃は袁紹にこのように進言したことになっています。

「公は連戦連勝しておられますが、しかし曹公と戦ってはなりませぬ。

ひそかに軽装の騎兵を派遣して彼らの陣営の南方地帯をあらして

連絡を断ち切らせれば、敵兵は自然と敗れます」

しかし、袁紹はそれに従いませんでした。

袁紹が臣下を使うのが下手だったということがよくわかる挿話です。

 

曹操の元に下って

曹操 ほめ上手

 

曹操は張郃を得て、たいそう喜んで彼に向かって言いました。

「昔、伍子胥は早く自覚しなかったため、みずから我が身を危険に陥れた。

微子が殷を去り、韓信が漢に帰服したようなものであろうか」

張郃は軍勢を与えられ、ギョウを攻撃し、これを陥しました。

それから、渤海にいる袁譚を攻撃し、別に軍を引き連れて雍奴を包囲し、さんざんに打ち破りました。

また、渭南において馬超・韓遂を打ち破り、

安定を包囲し、楊秋を降伏させたこともありました。

そして、曹操は張魯を征討した時、

まず張コウに諸軍を指揮させて興和の氏族王竇茂を討伐しました。

このあたり、馴染みのない地名や人名が多くてちょっと読みにくいですね。

五斗米道の張魯が降伏すると、曹操は帰還するとき、

張郃と夏候淵らを留め置き漢中を守備させ、劉備に当たらせました。

張コウは宕渠まで軍を進めましたが、張飛に抵抗され、南鄭に引き返す結果となりました。

劉備は精兵一万人を十部に分け、夜、張コウを急襲しました。

そこで、張コウは親衛の兵を率いて白兵戦を行ったため、劉備は勝つことができませんでした。

そののち劉備は守備陣を焼き払いました。

夏候淵は火災の救助に向かい、劉備と遭遇し、

戦闘となり刀槍を交える白兵戦をくりひろげることとなりました。

夏候淵はかくて戦死し、張郃は陽平に引き返しました。

この時に総指揮官を失ったので、全軍みな色を失いました。

夏候淵の司馬郭淮は、そこで命令を下しました。

「張将軍は国家の名将であり、劉備におそれられている。

今日事態は急迫している。張将軍でなければおちつかせることはできぬ」

かくて張郃をおしたてて軍の総大将としました。

張郃は本営を出、各陣営を落ちつかせました。

緒将はみな、張コウの指示を受け、人々の心はやっと安心したといいます。

曹操は長安におり、使者をやって張郃に節を与えました。

曹操はかくして自身漢中にやってきましたが、

劉備は高い山に立てこもってあえて戦おうとしませんでした。

曹操はそこで漢中の緒軍を引き上げ、張郃は駐屯することとなりました。

 

関連記事:三国一のヨイショ男、曹操の部下の褒め方が半端ない

 

曹丕の即位

曹丕皇帝

 

更に、曹丕(そうひ)は王位につくと、張郃を左将軍にしました。

すると、緒葛亮がキ山に出陣ました。

 

基礎知識 馬謖03

 

張コウは諸軍を指揮して緒葛亮の将軍馬謖を街亭で防ぎました。

有名な、「泣いて馬謖を斬る」の逸話はここですね。

 

基礎知識 馬謖05 孔明

 

南安・天水・安定の諸軍は背いて諸葛亮に呼応しましたが、張コウはそれを全て打ち破り平定しました。

張郃は変化の法則をわきまえ、よく陣営を処置し、戦争の状況・地形を考慮し、計略どおりにいかないことはありませんでした。

諸葛亮以下皆、彼をおそれはばかったといいます。

また、張郃は武将でありましたたが、儒学の士をかわいがったそうです。

諸葛亮がまたもキ山に出陣してきました。張コウは後を追って木門まで来て、諸葛亮の軍と交戦しました。

飛んできた矢が張コウの右膝に当たり、亡くなったそうです。

 

関連記事:【悲報】泣いて馬謖を斬る!は嘘だった?馬稷の死は敗戦の責任のみでは無かった!?

関連記事:馬謖痛恨のミス!!泣いて馬謖を斬る孔明

 

三国志ライター・秋斗のつぶやき

秋斗

 

張郃と言うと三國無双のキャラクターを思い起こしてしまう私ですが、

こうしてみると、張郃、めっちゃ強いですね。

そして、三国時代において主を替えるのがいかに一般的であったか、

また、曹操がいかに人材コレクターだったか(笑)がよくわかります。

張郃の死因ですが、「飛んできた矢が……」の下りで正直ちょっと噴きました。ネタが古いですか。そうですか。

さて、魏の五虎将もあと一人のあの方を次回ご紹介します。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

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この記事を書いた人:秋斗

秋斗

 

■自己紹介:

三度の飯より歴史と本が好きな三国志女です。

イチオシは周瑜さま。周家の家人になって周瑜さまのおはようからおやすみまでを見つめたい日々です。

 

■好きな歴史人物:

周瑜、項羽、土方歳三、今井四郎兼平

 

■何か一言:

数少ないかもしれない女ライターですが、女ならではの視点でやっていきたいと思います。

どうぞよろしくお願いいたします!

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