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【三国志ミステリー】劉備はなぜ奥さんを何度も捨てて逃げたの?

この記事の所要時間: 611




劉備主役

 

三国志の一つの国を建国した劉備(りゅうび)

しかし彼の前半生は苦難と困難の連続でした。

中々群雄として地位を手に入れることができずに公孫賛の武将として数年を過ごした後、

チャンスが訪れます。

 

朝まで三国志ラフ 陶謙

 

陶謙(とうけん)から徐州を譲ってもらえることになります。

この時初めて群雄として彼の名前が世に出ることになります。

徐州を領土として手に入れてから荊州の劉表へ亡命するまでに何回か自分の奥さんを

起き捨てて逃亡しております。

彼はなぜ大切な奥さん達を起き捨てて逃げることをしたのでしょうか。

徐州時代の劉備の状況と廉の私見を交えてご紹介しましょう

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:三国志の徐州争奪戦が何だかややこしい!仁義なき徐州争奪戦を分かりやすく解説




群雄・劉備の誕生

劉備

 

劉備は陶謙から徐州を譲られ、初めて群雄としてその名を全国に知られ、

群雄・劉備が誕生することになります。

彼が徐州の政治を開始した頃、呂布が訪ねてきます。

呂布(りょふ)曹操(そうそう)軍との戦いに敗れて劉備に保護してもらおうとやってきます。

彼は呂布を快く受け入れ小沛(しょうはい)の城を無償で提供。

そして呂布が小沛へ入城した頃袁術が徐州を奪おうと出陣したとの報告が入ります。

劉備は袁術軍を迎撃するために出陣します。




【はじめての置き去り】妻子を置き去りにする

朝まで三国志 呂布 劉備

 

劉備は袁術と対峙をしている最中、驚くべき情報が入ってきます。

下邳城の守城であった曹豹(そうひょう)が呂布を城内に誘い入れた事によって陥落。

もうひとりの守将であった張飛は敗北して劉備の奥さんは捕らえられたとの報告が入ります。

劉備はすぐに袁術軍との対峙を止めて呂布に降伏する形で和睦。

その後劉備は小沛の城を与えられることになります。

しかしここで一つの疑問が残ります。

張飛はなぜ劉備の奥さんを助け出さずに逃げ出してきたのでしょうか。

 

【レンの私見】張飛は劉備夫人を助ける時間がなかった

張飛にお酒 だめだよ

 

ここからは廉の私見を交えてお送りしていきます。

なぜ張飛が劉備夫人を助けることができなかったのか。

この第一の理由として呂布軍攻撃が突発的なことであったので、

対応することができず劉備夫人を助けることができなかったのではないのでしょうか。

そのため彼は自分ひとりで下邳城を脱出して、

袁術と対峙している劉備の元へ逃げ込んだ可能性は十分にあると思います。

ですがこの説であるといかに義兄弟であるとは言え、

自分の君主の夫人を置き去りにしてひとりで逃亡するのはありえないことだと思いませんか。

そこで私は一つの仮説を考えてみました。

 

関連記事:関羽廟だけじゃない!結構な人気がある張飛廟を徹底紹介!

関連記事:張飛に怒鳴られて落馬して死んだ武将、曹丕の粋な計らい等、三国志を彩る変わった武将たち

 

【レンの私見その2】劉備に言い含められて、わざと夫人を下邳城に置いてきた?

朝まで三国志 劉備

 

劉備は呂布が自分の主人を斬り殺してきた経緯を知っているため、

いつ裏切ってくるかわかりませんでした。

そのため袁術討伐に向かう際張飛に「もし呂布軍が攻撃を仕掛けてきたら、

お前は抵抗しないで逃げてこい。

逃げる時に私の夫人は下邳城に残してこい。」と言い含められていたのではないのでしょうか。

それならば張飛が夫人を見捨てて逃げてきた理由として十分に成り立つます。

そしてこのわざと夫人を置いてきた説を裏付けるものとして、

呂布は劉備が袁術との対峙を止めて徐州へ戻ってくると彼を受け入れております。

呂布サイドから見て旧徐州の主である劉備を生かしておけば、

自分が領有した徐州を奪還されるおそれがあるため生かしておく理由はありません。

それなのに彼を受け入れた小沛城を与えた理由として奥さんを人質としてわざと下邳城に

残しておくことで、「私は呂布殿に逆らう意思はありませんよ」とアピールする材料として

残してきたのではないのでしょうか。

このように仮説を考えると意外と不自然ではない劉備の行動と張飛の行動。

しかしあくまでも私の勝手な憶測ですがこの張飛の行動をどのように考えますか。

 

【二回目の逃亡】呂布との和睦が破れ、曹操の元へ逃げ込む

劉備 曹操

 

劉備は呂布との和睦が成立すると与えられた小沛の城へ駐屯することにします。

その後劉備は袁術軍の大軍に攻撃されそうになるのですが、

呂布が助けてくれたことによってこの危機を脱出。

しかし呂布は小沛(しょうはい)の城に不必要と思われる人数が集まっていることがきっかけで、

劉備に不信感を抱きます。

そして彼は自らの領地に攻め込まれる前に劉備軍へ攻撃を仕掛けて小沛城を陥落させます。

劉備は呂布軍に抵抗することなく小沛城を明け渡して、曹操の元へ逃亡。

だがこの時も劉備はなぜか夫人を置き去りにして逃亡しております。

 

なぜ劉備は奥さんを捨てていったのかその1:人質のつもりで捨てていった?

朝まで三国志 劉備

 

群雄割拠の時代生き残るためにはあらゆる手段を講じなければなりませんでした。

その群雄の一人であった劉備も当然生き残るために色々と模索。

そして小沛が陥落した際に劉備は奥さんを捨てて逃亡した理由として考えられるのは、

呂布の元へ人質としておいていったのではないかとレンは考えます。

劉備の予想では曹操は必ず呂布軍と対決することになると考えておりました。

曹操軍と呂布軍は兵数の上でそんなに大差がつくほど離れておりません。

そこでどちらが勝者となってもいい様に自らは曹操の元へ逃げ込み、

呂布の所へは奥さんをおいてくることでどちらが勝っても自らは生き残ることができる手段として、

小沛城へおいていったのではないかと考えます。

 

その結果・・・

呂布 あっけない 最後

 

劉備は曹操と呂布どちらが勝っても良い様に保険をかけます。

そして曹操は周辺の豪族や群雄との戦いに一区切りが着いた後、

徐州にいる呂布を討伐すために大軍を率いて出陣。

この時劉備も曹操軍と一緒に参陣して下邳城(かひじょう)攻防戦に加わります。

こうして始まった曹操VS呂布の戦いですが、意外と呂布軍が健闘したことで、

曹操軍は苦戦を強いられることになりますが、

郭嘉(かくか)や荀攸(じゅんゆう)などの参謀達の進言によって水攻めを開始。

この結果呂布軍は城内篭ることになるのですが、

出撃することもできない状況になったことで城内は戦う気持ちを無くしてしまい、

士気は一気に低下してしまいます。

 

陳宮

 

その後呂布を見限った武将達が呂布軍参謀である陳宮(ちんきゅう)高順(こうじゅん)を捕縛して、

下邳城の城門をあけて降伏してきます。

城内からの内応によって下邳城は陥落してしまいます。

劉備は曹操が勝利したことで、下邳城に捕らえられていた奥さんを取り戻すことができます。

 

もし曹操が勝っていなかったら・・・

曹操頭痛

 

下邳城攻防戦は曹操が郭嘉や荀攸達の進言を取り入れて行った水攻めが成功したことが、

呂布に勝利した勝因となっております。

しかしこの下邳城攻防戦が呂布の勝ちであった場合、劉備はどうしていたのでしょうか。

もし呂布が曹操軍を打ち払って勝利を手にした場合、すぐには裏切ることはないと考えます。

しかし河北の袁紹の圧迫によって厳しい状態に陥ることになったら、

彼は裏切って呂布の元へ逃げ込んだ可能性はあるのと思います。

その時に人質としてあずけていた妻子を伝手に再度呂布と和睦して、

彼の武将として働く事になるのではないのでしょうか。

このように考えると劉備はただ奥さんを見捨てていったのではなく、

しっかりとした計算の上でわざと置いていっているのではないのでしょうか。

しかし置き去りにされる奥さんの立場になって考えると、

いくら乱世であるとはいえ劉備とすぐに離縁してもいいような気がするのですが、

どう思いますか。

 

袁術討伐を命じられる

魯粛と袁術

 

劉備は曹操から「皇帝を自称した袁術が、

袁紹の元へ逃げ込もうと企んでいるとの報告が入ってきた。

いま私の武将は手一杯で派遣できなので、君に袁術を討伐してきてくれると助かるのだが」と

袁術討伐の依頼を受けます。

劉備は曹操の依頼を快諾し、曹操の武将と自らの妻を連れて袁術討伐に向かいます。

袁術は徐州を通過して袁紹の元へ逃亡しようと測っているとの報告が入ると、

彼は曹操の部下達を引き連れて徐州の国境近くで袁術を待ち構えて迎撃しようと考えます。

しかし袁術は徐州に入る前に「はちみつが飲みたい」と言い残して亡くなってしまいます。

劉備は袁術が亡くなると曹操の部下達を許(きょ)へ帰還させます。

【次のページに続きます】




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