134話:頑固な忠臣、張昭と孫権の対立がシュール




孫権と張昭

 

公孫淵(こうそんえん)の反乱は、呉にも微妙な混乱をもたらしました。

それが、呉の重臣、張昭(ちょうしょう)と主君、孫権(そんけん)の対立です。

呉の建国当初からの重臣と三代目君主の意見の食い違いは、

まるで子供のような大喧嘩に発展していきます。

 

前回記事:133話:公孫淵の反乱と司馬懿の台頭

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切っ掛けは公孫淵の帰順・・

孫権

 

西暦235年、長年、魏に臣従していた遼東の公孫淵から

使者が来て呉に帰順したいと申し入れてきました。

孫権は、魏を牽制する上で、遼東の公孫淵を味方に引き入れるのは、

ベストな戦略と考えていたので、これを喜びます。

 

気を良くした孫権は、公孫淵に燕王の位を与えようとします。

しかし、これに真っ向から反対した者がいました、張昭です。




張昭が猛反対、公孫淵は信用できないペテン師です!

孫権と張昭

 

張昭「畏れながら申し上げます、公孫淵という男、

叔父を追放して強引に遼東を支配して以来、あっちにふらふら、

こっちにふらふら、余り芳しい噂を聞きません。

今回の件も所詮、魏に自分を高く売る為に我が国に接近しただけ、

ここで王位など授けたら、やがて天下の笑い物となりますぞ!」

 

孫権「今から、そう断言したものでもあるまい、、

朕の見た所、公孫淵は中々時流を見る目がある男。

或いは、この辺りで魏と手を切り、我が国と誼を結んで、

領地の拡大を望んでおるやも知れぬではないか!!」

 

それでも張昭は公孫淵に燕王の称号を授ける事に反対しました。

孫権は怒り、張昭を無視して燕王の位を授けると決定すると、

怒った張昭は、病気と称して朝廷に出仕しなくなります。

 

怒った孫権は、張昭の屋敷の入り口を漆喰で塗り固める

孫権

 

100%当てつけの張昭の行動に孫権の怒りも爆発します。

 

孫権「張昭のやつめ、病気と称して出仕しないとは子供のような真似を

そっちがその気なら、永遠に出れないようにしてやるぞ!」

 

孫権は、張昭の家に漆喰を持っていき入り口を石で塞いで、

漆喰を塗って出られないようにしました。

 

それを知った張昭は怒り、屋敷の内側から入り口を石で塞いで、

漆喰で塗り固めてしまいます。

「仰っしゃる通り、二度と屋敷から出ません!」という皮肉でした。

 

呉の使者、公孫淵に斬殺される・・

公孫淵

 

ところが孫権の見込みは大きく外れました。

公孫淵を燕王に封じる使者が遼東に到着すると公孫淵は変心し、

使者を斬り、その首を洛陽に送ってしまったのです。

魏帝、曹叡(そうえい)は、これを喜び公孫淵を大司馬に任命します。

 

張昭の予言通り、孫権はコケにされ呉は天下の笑いものに

なってしまったのです。

 

孫権

 

孫権「公孫淵の野郎~朕をコケにしよって、

ウギギギギ・・・お、覚えておれよォォッ!!!」

 

孫権は怒り狂いますが、今、魏に接近している遼東を征伐すれば、

魏が介入してくるのは間違いないので泣き寝入りするしか

ありませんでした。

 

孫権、謝罪する為に張昭の屋敷を訪れるが・・

孫権と張昭

 

一方で重臣の張昭が居なくなった朝廷からは、威厳が消えていました。

孫権は、自分の判断が間違っていた事もあり、張昭に謝罪して、

戻ってきてもらおうと張昭の屋敷を尋ねます。

 

裏口から使者を派遣して、謝罪の意を伝えた孫権ですが、

張昭からは、「病気で挨拶も出来ません」という返事だけです。

それで孫権は、再びブチ切れてしまいました。

 

孫権「こ・の・や・ろ・う、、朕が自ら頭を下げているってのに

この路上で放置プレイか?

いいだろう、じゃあ、意地でも家から出してやるぞ!」

 

孫権は、部下に火を起こさせて、張昭を脅します。

 

孫権「おい!出てこないなら、こんなボロ屋敷焼き捨てるぞ!

朕は本気だぞ!いいんだな?」

 

すると張昭は、戸締りを厳重にし絶対に屈服しない構えに出てきます。

孫権は閉口して、部下に火を消させました。

 

暫くすると、嫌がる張昭を、息子達が抱きかかえて、家から出てきましたので、

孫権はこれ幸いと、張昭を自分の馬車に乗せて宮殿に帰り、改めて丁重に謝罪しました。

これによって、張昭は渋々、再び出仕するようになりました。

 

西暦236年、呉の偉大な御意見番、張昭死す

張昭

 

しかし、翌年の236年、張昭は、81歳でその生涯を閉じます。

赤壁の戦いでは、飽くまでも漢朝の回復を望み降伏を主張した張昭ですが、

内政官としての能力は確かで、孫策(そんさく)から託された孫権を、

父のような厳しい目で指導・監督し続けました。

 

孫権との喧嘩は一度や二度ではありませんが、お互いに相手を

大事に思っている事は確かで、最後には和解するのが常でした。

ここで、張昭が死んだ事で、孫権を強く抑えられる存在は消滅し、

孫権の治世にも暗雲が立ち込めてきます。

 

次回記事:135話:明帝曹叡の死と司馬懿への遺言

 

 

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