秦の『外交』を分析!どうして秦が中華統一することができたのか?


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李斯

 

孝公の時代に現れた法律家である商鞅(しょうおう)は秦の国内において従来の法律を改変。

この結果、秦の国力は大幅に上昇して他の6国を圧倒し始めます。

そして孝公から数えて四世代後に出現した秦の昭襄王(しょうじょうおう)の時代に、

魏冄(ぎぜん)白起(はくき)という無敵コンビが出現。

このふたりは他国へ積極的に攻撃を仕掛けることによって領土を大いに広げていき、

一時は帝の位を称するほどになります。

しかし昭襄王は王よりも有名になっている魏冄に危険を感じ、

丞相の位を解いて魏冄を追放します。

魏冄の跡を継いだ范雎(はんしょ)は外交の力を用いて秦を揺るぎない強国の地位を確立し、

秦の始皇帝の時代に天下を統一することになります。

今回はどのような外交策を用いる事によって秦が強国の地位を手に入れることができたのかを

ご紹介します。

 

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秦は新たな方針へ転換

鍾離昧

 

秦は魏冄を秦の国から追放すると新たな宰相として范雎を任命します。

彼は宰相に任命されると昭襄王へ以前説いた外交策を再び進言。

その外交策は「秦が今後取るべき方針は近き国である韓と魏へ攻撃を積極的に行い、

遠くにある国である斉・楚・燕などの国とは同盟関係もしくは不戦条約を結ぶべきと考えます。

この方針に従えば、韓と魏から奪い取った地は領土として保持することができ、

斉・楚・燕などの国は秦が二国へ攻撃を仕掛けている際に援軍を出すことができずに、

ただ見守るだけにとどまることになります。

このような外交政策を用いる事によって秦は他の6国を凌駕する国力を手に入れることが

できるでしょう。」と進言します。

この進言を採用した昭襄王は早速遠い国である斉・燕・楚・趙の国に対して、

不戦条約を結ぶことに成功し、秦から近い韓と魏の両国は秦に領土を取られ続けてしまいます。

この策を後世「遠交近攻の策(えんこうきんこう)」として言われることになります。


遠交近攻の策を実行した結果・・・

 

遠くの国と国交を結び、近くの敵国を攻撃して領土拡大を行うこの外交策によって秦は、

瞬く間に戦国7雄の中で最強の地位を確立することになります。

まず秦と非常に近い国である韓に攻撃を仕掛けます。

この結果韓の国土と国力は大いに衰退することになり、

独力で秦と対抗することができないほど国力は低下。

韓の戦力を激減させることに成功した秦は趙へ降伏した韓の国土である上党(じょうとう)の地に

目をつけて攻撃を行います。

しかし昭襄王が任命した将軍達は迎撃に出てきた趙の三大天最後の一人である廉頗(れんぱ)に、

よって撃退されてしまいます。

そこで丞相である范雎はついにあの男を使うことに決めます。

 

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白起出撃

白起(春秋戦国時代)

 

丞相である范雎は白起を秦の総大将に任命して趙軍を打ち破るように命じます。

また范雎は趙の宮殿内に「秦は廉頗が趙軍を率いている間は怖くないが、

趙括が軍勢を率いてくることが一番怖い」と宣伝させます。

その結果廉頗は迎撃軍の総大将の地位を降ろされて、新たに趙括が総大将に任命されます。

その後趙軍は白起の作戦に引っかかって敗北し、

迎撃にできた趙軍40万を穴埋めにしてすべて殺害します。

この戦いをキングダムでも名前が出てきている「長平の戦い」といいます。

この戦いに敗北した趙は国力が大いに激減し、滅亡の淵に立たされることになります。

 

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秦は絶頂期を迎える

秦の旗を掲げる兵士

 

秦はこうして趙を滅亡寸前まで追い詰めることに成功した後、

秦の近くに有る小国・鄭(てい)を滅亡させます。

その後魏へ積極的に攻撃を行って国土を奪い続け国土を広げ続けます。

そして周を滅亡させたことにより、

実力と名分の両方を手に入れて天下の主催者として振舞うことになり、

秦は絶頂期を迎えることになります。

 

秦の絶頂期を迎えているのになぜ天下統一をしなかったのか

キングダムと三国志

 

秦は実力面で戦国7雄のトップとしての力を持っておりました。

また周王朝を滅亡させたことによって天下の主催者としての名分も手に入れます。

名宰相として名を馳せた魏冄(ぎぜん)亡き後も范雎がその地位を継ぎ、

名将で戦において一度も負けたことのない無敵将軍である白起がいるのに、

なぜ天下を統一して新しい世界を作ろうとしなかったのでしょうか。

 

秦が天下統一をしなかった理由その1:昭襄王に天下統一する気がなかった

昭襄王

 

秦が天下統一を行わなかったのは昭襄王(しょうじょうおう)に原因があると考えます。

昭襄王は天下を統一して中華に新たな秩序をもたらそうとする発想を持っていなかったのでは

ないのでしょうか。

春秋戦国時代は500年以上各国が争っていた時期であり、

この戦乱を終わらそうと考えている人物はいなかったように思われます。

昭襄王もその内の一人で天下最強の国・秦を目指しており、

天下統一を行う国家・秦を目是していなかった事が原因です。

もし昭襄王が天下の統一を目指しているのであれば、

范雎と白起に命じて瀕死状態に陥っている韓・魏・趙へ猛攻をかけて、

滅亡させていたはずです。

しかしこの三国を滅ぼせと昭襄王は命じなかったし、

范雎もまた昭襄王へ三国を滅ぼす策を提示しませんでした。

(実際は長平の戦いの後、秦は趙の首都である邯鄲(かんたん)へ猛攻を仕掛けておりますが、

陥落させることができませんでした。)

これらの理由から昭襄王は天下統一をする気がなかったと思われます。

 

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秦が天下統一をしなかった理由その2:無敵将軍・白起を殺害

戦国昭王、大激怒で白起に死を命ずる

 

秦建国以来最強と言っても過言ではない名将・白起。

彼と魏冄が手を組んでいる間はどの国も彼の軍勢に敗北して勝つ事ができませんでした。

魏冄が秦からいなくなった後も白起は長平の戦いで活躍して大勝利を収めております。

彼の功績に恐れを抱いた范雎は彼を殺害することを目論みます。

彼は白起やほかの将軍が趙へ攻撃を行うように命令を出しておきながら、

趙へ国土を割いて和睦するようすれば無駄な兵力を使わずに秦の国土を広げることができると

昭襄王へ進言。

この進言を受け入れた昭襄王は趙と和睦することになります。

白起は趙を滅ぼそうと考えていたのでこの和睦の話を聞いて、

昭襄王と范雎に不信感を募らせた事が原因で、病と称して戦場へ出陣しなくなります。

その後趙の首都である邯鄲を秦の将軍達が陥落させることができない状態に苛立った

昭襄王は白起を戦場出るように命令を出します。

しかし白起は昭襄王の命令を拒否。

昭襄王は自らの命令を拒否した白起に激怒し、彼の爵位をすべて剥奪した後殺害します。

白起を殺害してしまったことにより、

秦は絶頂期の終幕を迎えると共に天下統一への道が遠ざかってしまいます。

 

三国志ライター黒田廉の独り言

黒田廉

 

商鞅の法改変に始まり、魏冄と白起による各国への領土拡大と各国の弱体化、

そして范雎が定めた「遠交近攻」の外交方針の採用。

この三つが揃ったことにより秦は各国を凌駕する国力を有することに成功し、

秦一強時代へ歴史は突入することになります。

そして秦の昭襄王から三代の後に出現する秦王・政が春秋戦国時代に幕を降ろして、

天下は統一されることになります。

もしこの内の一つでも欠けることになれば秦は秦王政が出現しても天下統一することができずに、

春秋戦国時代は続いていたかもしれません。

そうなると歴史は一体どのようになっていたのでしょうか。

もちろん漢と言われる国家が出現しなかったかもしれず、三国志もなかったかもしれません。

そう考えると上記で挙げた秦が天下統一するきっかけとなった商鞅・魏冄・白起・范雎は

偉大な人物であると共に天下統一に寄与した最大の功労者達と言ってもいいのではないのでしょうか。

「今回の秦のお話はこれでおしまいにゃ。

次回もまたはじめての三国志でお会いしましょう。

それじゃあまたにゃ~」

 

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