よかミカンの三国志入門
黄巾賊




はじめての三国志

menu

はじめての呉

江東の虎・孫堅が次世代の息子たちに残したものとは?

この記事の所要時間: 240




孫堅

 

江東の虎として恐れられた孫堅(そんけん)

彼は海賊を退治したことがきっかけで自らの名声を上げることに成功し、

黄巾賊討伐戦では中央政府の将軍である朱儁(しゅしゅん)から

黄巾討伐戦に参加するように要請を受けて討伐戦に参加することになります。

彼は黄巾討伐で武功を挙げ長沙(ちょうさ)太守に任命されることになりますが、

劉表討伐戦で優勢であったにも関わらず、

黄祖(こうそ)の伏兵にあって亡くなってしまいます。

その後孫家は孫策(そんさく)孫権(そんけん)と受け継がれていくことになるのですが、

孫堅は彼らに何を残すことができたのでしょうか。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:【三国志あるある】懐かしい!と思った人は40代!昭和では当たり前だった三国志事情




董卓討伐戦で大手柄を挙げ続ける

孫堅

 

孫堅は長沙太守に任命されるとこの地で反乱を起こしていた区星(くせい)らを討伐して、

民衆の不安を取り除いて統治を行うとともに、

他県で起きていた反乱を撃滅して自らの武力を見せつけておりました。

そんな中後漢王朝を好き放題やりたい放題やっていた董卓を討伐するべく、

袁紹盟主とした連合軍結成の檄文が彼の元にやってきます。

孫堅はこの激文を受け取ると軍勢を率いて袁術軍と合流して董卓がいる洛陽へ

向かって進撃を開始します。




名将華雄を討ち果たし、洛陽に一番乗りを果たすが・・・・

孫堅と董卓

 

孫堅は自らが袁術軍の先鋒となって洛陽へ突き進んでいきます。

しかし董卓軍も孫堅軍を遮るために呂布(りょふ)華雄(かゆう)らの武将達に命じて、

孫堅軍を迎撃させることにします。

だが董卓軍を率いていた呂布と彼の上司が仲が悪く、孫堅軍が接近してきているのにも関わらず

いざこざを起こして協力することができていない状態でした。

そんな時に孫堅率いる軍勢が董卓軍へ襲いかかってきてしまいます。

華雄呂布と上司がいざこざで混乱している董卓軍をうまくまとめて孫堅軍迎撃に出てきますが、

兵数としっかりとした指揮系統を確保できていなかったことが原因で、

孫堅軍に討ち取られてしまいます。

名将華雄を討ち取ることに成功した孫堅軍は

そのままの勢いで董卓の本拠地であった洛陽へ突入。

彼は董卓が燃やしてしまって廃れた漢の都の復興に尽力をしていくことになります。

彼が行った復興は董卓に寄ってあかれていた皇帝のお墓を元通りにしていき、

自らの漢王朝に対する忠義を内外に示します。

 

関連記事:これは可哀想。。嫌な上司と呂布の謀略の為に死んだ正史の華雄(かゆう)

関連記事:【三国志の素朴な疑問】呂布は何歳だったの?

 

劉表討伐戦で討ち死に

孫堅逝く

 

孫堅は洛陽の復興作業を数ヶ月の間行った後に、

本拠地である長沙へ帰還していくことになります。

彼は長沙に帰還している途中に袁術から劉表を討伐するように依頼されます。

孫堅は袁術からの依頼に応えて、劉表討伐のために彼の本拠地である襄陽へ攻撃を仕掛けます。

孫堅軍の強さは迎撃に出てきた劉表軍を一撃の元に破砕して、

劉表軍を襄陽に篭城させることに成功します。

孫堅は襄陽に帰ることができなかった劉表軍の一部が峴山にいることを知り、

彼らを壊滅させるために軍勢を出陣させますが、

孫堅軍が峴山に入ったことを知った黄祖が伏兵として孫堅軍を急襲。

この時に孫堅は流れ矢に当たって亡くなってしまいます。

 

関連記事:董襲(とうしゅう)とはどんな人?孫家の仇敵・黄祖討伐戦で活躍した武勇の士

関連記事:孫堅が早死しなければ、袁術が天下統一をした?元海賊狩りから異例の出世をした漢に迫る!

 

孫堅が遺したものとは?

孫策

 

孫堅は流矢に当たって亡くなってしまいますが、

彼が息子達に残したものとは一体何であったのでしょうか。

孫堅が息子達に残したものは二つ有り、

一つ目は孫堅が行った漢の都であった洛陽を復興するべく作業を行ったことです。

この作業を行ったのは孫堅ただひとりであり、彼の漢への忠義は大いに褒められることになり、

孫策孫権が江東の豪族達をまとめるための大義名分として掲げられることになります。

そして孫堅が息子達に遺した二つ目は、

孫堅に付き従って戦いを行ってきた譜代家臣達です。

 

程普

 

孫堅の武将として程普(ていふ)韓当(かんとう)黄蓋(こうがい)らの武将達は、

孫策孫権時代に活躍しております。

孫堅は上記二つを残すことによって孫家の隆盛を築く礎を残していったと考えられます。

 

関連記事:孫家三代もメロメロ、実は周瑜と双璧の名将 程普の伝説

関連記事:なんで孫策と周瑜が義兄弟の契りを結んだの?その驚くべき理由とは?

 

三国志ライター黒田レンのひとりごと

黒田廉

 

孫家は孫堅が残したこれらの遺産によって孫策時代に大きく羽ばたいていくことになります。

父孫堅が残した大義名分と譜代家臣。

兄孫策が残した領土と江東の豪族達を率いて孫権は三国時代を乗り越えていくことになるのです。

 

参考文献 朝倉書店 十八史略で読む 三国志 渡邉義浩著など

 

関連記事:偶然の遭遇から因縁の仲へ!孫堅と董卓は元同僚だった!?

関連記事:記録が乏しい孫堅の妻たち

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 呉起(ごき)とはどんな人?各国を渡り鳥のように移った天才兵法家
  2. 金禕(きんい)とはどんな人?漢中防衛戦の陰に隠れたとある事件
  3. 【秦の宰相】一介の商人である呂不韋はどうやって秦の宰相まで出世出…
  4. 曹操が洛陽北部尉時代にやった売名行為とは?
  5. おんな城主 直虎を100倍楽しむ!今川に呪われてしまった井伊家宗…
  6. 【大胆仮説】孫登と孫慮が生きていれば呉が天下を統一した!?
  7. 後藤又兵衛(後藤基次)はどんな最期を遂げるの?
  8. 曹操ファンは見ないでください!彼は本当に乱世の英雄だったの?

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 【孔門十哲】冉伯牛(ぜんはくぎゅう)とはどんな人?ハンセン病に侵された徳行者
  2. 【第三回 放置少女】ひとりぼっちからの脱出と景品を狙い撃つぜ
  3. 彗星のごとく駆け抜けた小覇王・孫策
  4. 秀吉のDIY?墨俣城(すのまたじょう)って本当に一夜で造られた?
  5. 【よくわかる】SEALDsは後漢時代にも存在した?党錮の禁とSEALDsの共通点
  6. 張飛(ちょうひ)は本当は知将だった?

三國志雑学

“はじめての三国志150万PV" “広告募集"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

【諸葛亮の北伐】精鋭部隊をミエル化 土持政照とはどんな人?西郷どんの命の恩人に迫る 官渡の戦いでも使われ東西を問わず世界中で取られた戦法「坑道戦」って何? 孔明の死後から三国志の統一までをザックリ紹介 【お知らせ】はじめての三国志メモリーズに馬超を追加しました 周瑜の遺言が名文すぎて泣ける周瑜爆ageキャンペーン 武才だけではない!?先見の明を併せ持つ甘寧 LINE 三国志ブレイブとはどんなアプリゲーム?

おすすめ記事

  1. 龐統の意外な才能!人を育てて人物評価を得意としていた軍師
  2. 袁盎(えんおう)とはどんな人?国家の為にあえて諫言を発し続けた政治家 Part.1
  3. 【おんな城主・井伊直虎を見逃した方へ】第23話「盗賊は二度仏を盗む」の見どころ紹介
  4. 陸遜はなんで改名をしたの?陸議と魏書では記載されているイケメン陸遜の改名に迫る
  5. 『ろくでなし三国志 本当はだらしない英雄たち』の批評が過激的!あなたの好きな英雄もdisられている?
  6. 【関羽の北伐】麋芳、士仁はなぜ関羽に嫌われてたの?
  7. 【三国志で例えるよ】初心者でも『エドワード黒太子』が分かる。西洋史の基礎&豆知識!
  8. 孫権のお宝探し日本で不老不死の薬を探せ!

はじさん企画

袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志"
“邪馬台国"
PAGE TOP