新解釈・三國志のバカな呂布は史実でも頭が弱いの?




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呂布、黒山賊

 

大ヒット中の『新解釈・三國志』その登場人物の中でも強力なインパクトを残したのが、城田優(しろた ゆう
)
演じる呂布(りょふ)でしょう。

 

董卓を倒す呂布

 

バカみたいに強く、そしてデカい豪傑呂布ですが、貂蝉(ちょうせん)の色香にたぶらかされ、遂には主君である董卓(とうたく)を殺害してしまいます。映画を見ていると、その子供っぽい短絡的行動はバカそのもので、三国志ビギナーの皆さんも呂布ってバカ?という感想を持ったようですが、呂布は本当にバカなんでしょうか?




呂布は本当にバカなの?ズバリ答えます

呂布

 

では、呂布は本当にバカなんでしょうか。これは、kawausoが思うに、ズバリ!バカではありません。

 

呂布を一言で言うと、バカというより欲望に正直な人と言うべきです。

 

全生涯を通じて呂布は、自己の欲望を満たす方向にのみ一貫して動き続け、結果として滅んでしまいました。

曹操と呂布

 

短絡的な行動が多く、そのためにバカなんて言われますが、本当にバカなら騎兵を率いて度々勝利する事は不可能です。また百戦錬磨(ひゃくせんれんま)曹操(そうそう)劉備(りゅうび)(あざむ)き、国を奪うのもバカでは不可能でしょう。

 

赤兎馬にまたがる呂布

 

呂布はバカではないものの、欲望をコントロールできずに滅んだ人と定義するのが、しっくりくるのではないかと思います。そういう人は今でもいますよね。頭が良くて金儲けも上手だけど、なまじ頭が良い為に欲望に負け法律を破り、結果逮捕されて全てを失うとか…呂布もそのようなタイプだと思うのです。以下では呂布とバカの関係について、深く考えてみます。




バカの意味を考えてみる

酒を飲む曹操と劉備と呂布

 

デジタル大辞泉によると、馬鹿とは5種類の意味があります。

 

(1)知能が劣り愚かなこと。また、その人や、そのさま。人をののしっていうときにも用いる。あほう。「バカなやつ」⇔利口。

(2)社会的な常識にひどく欠けていること。また、その人。「役者バカ」「親バカ」

(3)つまらないこと。無益なこと。また、そのさま。「バカを言う」「バカなまねはよせ」

(4)度が過ぎること。程度が並はずれていること。また、そのさま。

「バカに風が強い」「バカ騒ぎ」「バカ正直」

 

(5)用をなさないこと。機能が失われること。また、そのさま。

「蛇口がバカで水が漏れる」→馬鹿になる。

 

このように見ると、人の評価に関係するバカは、1と2と4があるようです。3つの中の1は知能が劣り愚かであるという意味ですが、呂布は知能が劣るとは思えない逸話が多いので、(愚かではあるかも知れませんが)こちらは除外します。

 

しかし、2と4については、該当する部分があるので、ちょっと紹介しましょう。

 

【天下無双の豪傑・呂布の放浪記】
呂布

 

漢民族が理解できない行動原理

袁術と呂布

 

バカの定義の1つである。

 

(2)社会的な常識にひどく欠けていること。また、その人。「役者バカ」「親バカ」これについては、呂布に該当する部分があります。

 

三国志の世界では、大多数の漢民族は儒教の教えに規律されていました。これは思い切り単純に言うと、第一に親、次に主君に忠節を尽くし、裏切ったり殺してはいけないという美徳です。

 

呂布に殺害される丁原(ていげん)

 

しかし、呂布はこの部分に決定的に欠けていて、最初に自分の養父だった丁原(ていげん)董卓(とうたく)にそそのかされて殺し、次には同じく義父の(ちぎ)りを結んだ董卓を王允(おういん)という漢王朝の重臣にそそのかされて、殺害しています。

 

呂布に暗殺される董卓

 

この親殺しは儒教の世界では致命的なペナルティで、呂布は儒教の教義に従わない恥知らずとして、社会的にアウトにされてしまったのです。

 

騎射の術に長けた騎馬兵士

 

ただ、呂布そのものは、中国の北方の并州(へいしゅう)で遊牧民と漢族の混在地帯に生まれ育ったので、儒教の価値観に縛られず、より遊牧民的な弱肉強食の考え方の信奉者だった可能性はあります。恩義がどうこう以前に、強者につくのが遊牧民の習いであり、呂布はそれに従っただけに過ぎないかも知れません。

 

関連記事:呂布はどんな性格だったの?天下無双の武将を考察

関連記事:呂布はどんな人柄をしていたの?実は臆病で優柔不断な将軍だった?

 

バカみたいに強い呂布

めちゃくちゃ強い呂布

 

もうひとつ、4つ目のバカの定義

 

(4)度が過ぎること。程度が並はずれていること。また、そのさま。こちらについても呂布に該当する部分があります。

 

桃園三兄弟 vs 呂布の一騎打ち

 

三国志演義では、1人で数万人を相手に出来、張飛や関羽、劉備を相手に3対1で戦えるなど、怪物のような戦闘力を見せる呂布、これも④の度が過ぎる、程度がはずれている感じですが、史実の呂布にも、そんな逸話があります。

 

呂布、黒山賊

 

呂布が董卓を殺害後、李傕や郭汜の軍勢に敗れて長安を追われ、各地を放浪している時期。群雄の袁紹の居候(いそうろう)として冀州にいた事がありました。袁紹の勢力地には、黒山賊(こくざんぞく)という百万を号する山賊がいてなかなか強く、袁紹は居候の呂布に黒山賊を討伐するように命じます。

 

成廉、魏越、呂布

 

すると呂布は、自分と成廉(せいれん)魏越(ぎえつ)という左右の将を引き連れ数十騎で1万人の黒山賊に突撃。1日に数回突撃して、その度に黒山賊の首を持ち帰るという事を十数日繰り返します。

呂布に敗れる張燕

 

どうやっても呂布の突撃を止められない黒山賊は、呂布襲来を恐れるようになり、遂には1万人以上いた黒山賊が、全て解散してしまったそうです。この桁外れの強さは、バカという冠をつけるにふさわしいかと思います。

 

関連記事:呂布が愛した人妻って?貂蝉のモデルとなった正史三国志の侍女とは?

関連記事:董卓と呂布の関係、史実での離反は何が原因だったのか?

 

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