もしも徐庶が三国一のサボタージュ名人だったら?博望坡の戦いの裏を勘ぐってみた!【三国志演義】

2021年7月28日


 

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諸葛亮孔明の天下三分の計に感化される劉備

 

劉備(りゅうび)の軍師」といえば、もちろん諸葛孔明(しょかつこうめい)。その諸葛孔明の初陣であり、かつ、初戦でありながらいきなり曹操(そうそう)軍に快勝したのが、「博望坡(はくぼうは)の戦い」です。

 

徐庶

 

しかし『三国志演義(さんごくしえんぎ)』の展開に従うと、この戦いよりも以前に、劉備には徐庶(じょしょ)という軍師がついており、新野(しんや)の戦いにおいては、諸葛孔明にも劣らないほどの大活躍をしています!

 

人質にされる徐庶の母親

 

徐庶は、曹操軍の計略にハマってやむなく劉備のもとを去り、不本意ながら曹操の幕下に加わりました。

 

劉備の元から離れたくない徐庶

 

そうなっても、徐庶は劉備への忠義を忘れなかったようで、生涯、曹操軍のもとでは才能を封印してしまいました。しかしよくよく考えると、この徐庶の「人生の選択」は、とてつもなく凄いことではないでしょうか!

 

並の根性でできるものではない!曹操の部下でありながら生涯をかけた「サボタージュ」!

曹操にヘッドハンティングされる徐庶

 

なにせ徐庶は曹操にいたく気に入られ、「あの人材が欲しい!」と名指しで引き抜かれた人物なのです。そして本当に、徐庶には才能があったはずのです。

 

荀攸と荀彧

 

本人がその気にさえなれば、曹操軍の中で、荀彧(じゅんいく)賈ク(かく)らと並ぶような参謀として活躍し、高官として栄華を極めることすら、可能だったかもしれないのです。

 

剣を持って戦う徐庶

 

ところが、徐庶はそれをしなかった。並大抵の根性ではありません。たとえるなら、実力があるはずのエリートビジネスマンが、社長の方針が気に入らないために、窓際扱いされることも覚悟でサボリまくっているようなことです。もはや意図的なサボタージュであり、反抗的態度です。しかも徐庶のキモの座っていることは、それだけ曹操のことが嫌いなのに、曹操軍の帷幕(いばく)を「辞めなかった」ことです。

 

ブチ切れる曹操

 

堂々と給料だけは生涯もらっていたのです。曹操としては、追い出したい気もする。しかし、手放すと、それはそれで恐ろしい敵になる気もする。そこでやむなく、適当な仕事を割り振って、飯だけは食わせ続けていた、というところでしょうか。

 

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博望坡の戦いから始まっていた?まったく曹操の期待に応えない徐庶

曹操

 

それにしても、曹操にとって徐庶は、当初は「期待の星」だったはず。どこで徐庶は、「上手に、曹操の期待を裏切り、それでいて処刑もされない」絶妙なバランスを掴んだのでしょうか?

 

ポイント解説をするYASHIRO様

 

私が個人的に「あやしい」と睨んでいるのが、まさに、諸葛孔明の初陣、博望坡の戦いなのです!

 

周瑜、孔明、劉備、曹操 それぞれの列伝・正史三国志(本)書類

 

この戦いには、徐庶の名前は、いっさい出てきません。しかしよくよく考えると、この場合は、名前が出てこないほうがおかしいのです。というのも、徐庶はつい先日まで劉備軍に所属しており、新野一帯の地理にも詳しい人物。

 

挑発する諸葛亮孔明

 

曹操軍としては、引き抜いたばかりの徐庶に、さっそく劉備攻撃のアドバイスを求めたところでしょう。ところが、この博望坡の戦いでは、夏侯惇(かこうとん)率いる曹操軍の先発隊は若造の諸葛孔明にボコボコにされてしまいます。

 

徐庶は何かしら、曹操軍の中でアドバイスをしたのでしょうか?

しなかったのでしょうか?

 

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なかば妄想ながら徐庶の態度を考えてみた

司馬徽とホウ統

 

ここでキーポイントになるのは、徐庶は常日頃から、「世の中には、諸葛亮とホウ統(ほうとう)という二人の人材がいて、私は彼らよりも下」と公言していたことです。

 

龐統と孔明を手に入れた劉備

 

普段から尊敬していた諸葛孔明が、博望坡の戦いにおいては、劉備軍に加わっていると聞いた。そのとき徐庶は、格好の、「サボタージュ」の口実を見つけたのではないでしょうか。

 

「徐庶先生。あなたは先日まで劉備軍にいましたよね。劉備軍の弱点はどこにありますでしょうか?」と曹操軍の将軍たちが質問すれば、「弱点なんぞ、ないですよ。私が普段から天下一の才能と呼んでいる諸葛孔明が、劉備軍についているのです。あなたたちに勝ち目はないですよ」と、やる気を削ぐようなことを言う。

 

「でも徐庶先生、あなたはかつて劉備軍にいた時、われわれ曹操軍の曹仁(そうじん)李典(りてん)をコテンパンにした名軍師じゃないですか」

「ええ。そんな私でも、諸葛孔明にはかないません。あなた方が今の劉備軍に挑んだら、あのときの曹仁殿や李典殿よりもはるかにひどい目にあうことでしょう」

 

こんなにビビらされて出撃する将軍たち。最初から戦意は挫かれている。諸葛亮に対する不安感が植え付けられている。そのうえ、徐庶から入ってくる情報はすべて、「孔明が有利であなたたちが不利」というサブリミナル。けっきょく曹操軍は博望坡の戦いで大敗を喫します。

 

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まとめ:いやな仕事はやらない徐庶は悩める現代人の鑑だ!

王芬のクーデターが失敗すると見抜く曹操

 

怒った曹操は徐庶に問いかけます。

 

「君はあれだけ才能のある軍師なのに、なぜ博望坡のとき、我が軍を助ける献策をちっともしてくれなかったのかね?」

 

「いや、だから、私は最初から諸葛孔明が私よりも上だと申し上げていたじゃないですか。諸葛孔明に勝ちたいなら、昔から『自分より孔明が上』と言い続けている私に期待するのは矛盾してませんか?」

 

曹操はムッとするものの、たしかに徐庶の言っていることにウソはないから、それ以上、追及もできない。ただし、「こいつ反抗的なやつだな」と、相当に徐庶のことが嫌いになる。

 

劉備軍で指揮を執る徐庶

 

それも作戦通り。徐庶は晴れて曹操軍での嫌われ者となり、給料は貰えるものの閑職ばかりに回される、気ままな若隠居生活を手に入れたのでした。才能を持ちながらも、嫌いな組織に雇われてしまった場合、のように、ちゃっかり、いい給料だけは貰って、気ままに暮らすというアラワザもあるのではないでしょうか?

 

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徐庶特集

 

三国志ライターYASHIROの独り言

三国志ライター YASHIRO

 

働きすぎとか、ウツ患者とかが増えている厳しい現代において、何も自己実現をするだけが人生ではない。

 

「あえて才能を使わない」ことで悠々自適に生きる徐庶の逆説の生き方も、何かしら、悩める現代人の参考になるところがあるのではないでしょうか?

 

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YASHIRO

とにかく小説を読むのが好き。吉川英治の三国志と、司馬遼太郎の戦国・幕末明治ものと、シュテファン・ツヴァイクの作品を読み耽っているうちに、青春を終えておりました。史実とフィクションのバランスが取れた歴史小説が一番の好みです。 好きな歴史人物: タレーラン(ナポレオンの外務大臣) 何か一言: 中国史だけでなく、広く世界史一般が好きなので、大きな世界史の流れの中での三国時代の魅力をわかりやすく、伝えていきたいと思います

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