三国志演義被害者の一人?曹操が頼りにした韓浩の逸話

2022年3月12日


 

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ドMの常播をドSの獄吏が叩く変な図式

 

さて巷ではどこまで有名かは分かりませんが、読みやすく、分かりやすく、読んでいて面白いと三拍子揃った三国志演義には「被害者」と呼ばれる人たちがいます。

 

呉質に肥満をからかわれて激怒する曹真

 

筆者の個人的な意見だけを嗅文に含むと、曹真(そうしん)将軍とかはこの一人、活躍の場を削られたという意味では荀攸(じゅんゆう)郭嘉(かくか)もそうでしょうか。今回はその中から一人、韓浩(かんこう)のお話をしたいと思います。

 

 

曹操が頼りにした一人、韓浩

韓浩(かんこう)は曹操が手元に置いておきたかった男

 

さてこの韓浩、夏候惇(かこうとん)に見出されて曹操(そうそう)の配下になった人です。智勇兼備で数々の戦いで軍功を立てた韓浩、周囲の人々にも信頼されていたようで、漢中の太守に押されたこともありました。

 

馬超が生きている限り安心して眠れない曹操

 

しかし曹操は「手元から韓浩が離れるのはいや!(意訳)」とこれを却下したと言われる人物で、これからも曹操の信頼を得ていた人物だということが分かります。

 

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曹操孟徳

 

 

 

夏候惇を(結果的に)救い出す!

夏侯惇が人質になっても相手を攻める韓浩

 

韓浩が曹操に信用されたのはただ武働きがあったからだけではありません。かつて夏候惇が敵に捕まってしまった時に、韓浩は卑劣な敵には屈さず、徹底抗戦を決意。

 

結果的に敵も倒せて夏候惇も救い出すことができたこの決断を曹操はとても評価し、これ以降、曹操軍は人質を取られても戦いを続けるようにとお達しが出ました。これにより逆に人質が取られることが無くなったようです。

 

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夏侯惇

 

 

兵糧不足を解消した韓浩

兵糧を運ぶ兵士

 

また韓浩は戦乱の中で生まれた流民を使うことで、曹操軍における兵糧不足の解消に一役買いました。耕作放棄地を国営化し、流民に与えてその食料を一定量徴収し、兵糧に当てたのです。

 

三国志 兵糧攻め 村人

 

これまでは戦争が起こる度に徴収、または欲しいものは敵地で奪え!という方式で兵糧不足が置きやすかったのですが、これにより曹操軍は一定の兵糧を確保できるようになりました。戦いにおける大きなアドバンテージとなったことでしょう。

 

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その一方で……?

韓玄(かんげん)

 

と、このようにいくつもの働きを残している韓浩。彼が三国志演義でどうなったのかというと……なんと、韓玄(かんげん)の弟として出てきます。そう、劉備(りゅうび)が戦った長沙の太守、韓玄の弟です。

 

弓の名人・黄忠

 

その登場と言えば、黄忠(こうちゅう)が兄を殺したと思いこんで(※魏延(ぎえん)たちがやりました)敵討ちをしようとするキャラクターとして出てきたかと思うやいなや、劉備軍の計略にあっさり引っかかって敗北、逃走。

 

祟り神として民衆から恐れられる韓玄(かんげん)

 

兄の仇(※魏延たちがやりました)の黄忠に挑むも相手になるはずがなくこれまたあっさりやられてしまうというキャラクターです。

 

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どういうこと?

正史三国志_書類

 

さて前述したようにこの韓玄の弟という設定は、正史における韓浩とは何の関係もありません。そもそもとして韓浩は蜀軍との戦いで討ち死しているのではなく、時期ははっきりとはしないものの病死です。

 

正史三国志を執筆する陳寿

 

また韓玄においても韓浩との関係については特に記述がない……というよりも長沙の太守であったけど劉備に敗れたという記述しかなく、どういう人物であったのかも分かりません。あくまで韓浩の苗字が韓玄と同じであるため、韓玄のエピソードが足りないから付け足されたのでは……という所でしょうか。

 

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両親の持っていた横山光輝の「三国志」から三国志に興味を持ち、 そこから正史を読み漁ってその前後の年代も読むようになっていく。 中国歴史だけでなく日本史、世界史も好き。 神話も好きでインド神話とメソポタミア神話から古代シュメール人の生活にも興味が出てきた。 好きな歴史人物: 張遼、龐統、司馬徽、立花道雪、その他にもたくさん 何か一言: 歴史は食事、神話はおやつ、文字は飲み物

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