権力に執着した曹操が魏王になるまでに荀彧と荀攸との間に亀裂が生じる

2015年7月31日

曹操躍進

 

中原の大半を勢力下におさめた曹操(そうそう)は、

晩年になり、権力に執着を見せるようになりました。

 

自らの丞相(じょうしょう)という地位が、

権力に見合っていないと考え、さらなる上の位につくことを

求めたのです。

 

 

 

まずは魏公になる

曹操丞相えらいねんで!

「公(こう)」という位は、「公・侯・伯・子・男」という

五つの位の一番上で、

臣下としては最上位ということになります。

 

212年、曹操は「公」に封じられ、

同時に「九鍚(きゅうしゃく)」を授けられます。

 

九鍚というのは、皇帝から忠臣に贈られる特権で、

具体的には

車馬、衣服、楽即(楽器)、朱戸(朱塗り)、納陛(階段)、

虎賁(従者)、弓矢、鈇鉞(おのとまさかり)、秬鬯(酒)

を指します。

 

このとき、魏公即位に反対した荀彧(じゅんいく)は、

曹操より、からの文箱を贈られ、

「もう、わたしは無用ということか……」

と悟り、自殺をしてしまいます。

 

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ついでに魏王になろうとするけれど……

抜き出た曹操

「王」というのは、「公」よりもさらに上の位で、

皇族が封じられるものでした。

 

曹操は、ついに臣下の枠を超えて、王になることを望みます。

 

214年、曹操は魏王に即位しようとします。

そこへ、荀攸(じゅんゆう)が待ったをかけます。

 

曹操は怒り、

「荀彧と同じ目に遭いたいのか!?」

と怒鳴ります。

 

すると荀攸もぷんぷん怒ってそのまま憤死。

(『三国志演義』での演出であり、正史では死にません)

 

さすがの曹操も、寝覚めが悪いと思ったのか、

このときは魏王即位を思いとどまりました。

 

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怯えた献帝が取った行動は……

裏切りは許さぬ 曹操

これを見ていた献帝(けんてい)は、

「次は僕の番だ……、殺されちゃうよ、ガクブル」

と思います。

 

そんなとき、献帝の妃である伏皇后(ふくこうごう)が立ち上がります。

「陛下、先手を打ちましょう!

 劉備と孫権に密詔を出すのです」

 

以前にも、「曹操を殺せ」と劉備に命じたことがばれて大変なことになったのに

献帝の行動は、またしても曹操に見つかってしまうのです。

 

怒りくるった曹操は、伏皇后とその一族を殺害し、

献帝には、代わりに自分の娘を妃としてあてがいました。

 

曹憲(そうけん)、曹節(そうせつ)、曹華(そうか)、

三人も、じゃんじゃんと後宮に送りつけられた献帝は、

「もう無理っす! 勘弁してください、曹操さんっ!!」

と、さぞかし怯えたことでしょう!

 

曹操の三人娘の中でも、一番性格がよかったのか、

献帝は二番目の曹節を皇后に選びました。

 

 

とうとう魏王になっちゃいます

曹操 魏王

 

216年、曹操の娘、曹節が献帝の皇后に冊立されました。

これを機に、曹操は「魏王」に封じられます。

 

鄴(ぎょう)に魏王宮を造り、

とうとう臣下から、王になったのでした。

 

 

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