徐晃(じょこう)ってどんな人?魏において、もっとも功績を挙げた無敗将軍

2015年9月27日


 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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曹操、魏のピンチを救った徐晃を褒めまくる

黄忠VS夏侯淵

 

この勝利を喜んだのは曹操でした、定軍山で夏候淵(かこうえん)を失い、漢中争奪戦では劉備に敗れた魏が久しぶりに何とか手にした大勝利であり、とても価値がある一勝だったからです。曹操は、手柄を立てた徐晃を褒めちぎりヨイショが止まりません。

 

「予は30年以上も兵を用いているが、これほどに長い距離を行軍して敵を破る将を他に知らない、ましてや樊城の状況は、燕が斉の即墨(そくぼく)、莒(きょ)を包囲した時よりも遥かに困難であった、将軍の功績は孫武(そんぶ)や司馬穰苴(しばじょうしょ)にも勝るであろう」

 

即墨と莒を包囲した燕の将は諸葛亮孔明(しょかつりょうこうめい)が尊敬した名将、楽毅(がくき)ですし孫武は孫子の編者、司馬穰苴は春秋時代の斉の名将軍でした、そのような伝説の名将より徐晃は偉大だと曹操はヨイショしたのです。

 

これは「労徐晃令」(徐晃をねぎらう令)という正式な布令によって魏の国内に出された文書です、曹操がいかに喜んだか分かりますね。

 

徐晃が凱旋すると曹操は自ら迎えに行く

抜き出た曹操

 

徐晃が凱旋すると、曹操は摩陂(まは)という本陣から七里も離れた所まで出向いて徐晃が帰還するのを待っていたと言います、2・8キロです、相当待ちかねたのでしょう。

 

曹操は徐晃が帰還すると自ら酒を注いで勧めました、戦勝で無礼講になる曹操軍ですが、一番の功労者である徐晃の軍勢は一人も浮かれる事なく落ち着いて持ち場を守っていたと言われています。

 

もちろん徐晃も終始、控えめであり、少しも浮かれませんでした。それを見た曹操は、ますます感心して「徐晃には周亜夫の風があるのう」とまたヨイショしました。

 

※周亜夫(しゅうあふ)、前漢の文帝、景帝に仕えた人物、丞相、剛直で勇気がありよく諫言した。

 

沈着冷静、万事に控えめで少しも奢らなかった徐晃

 

徐晃は曹叡(そうえい)の時代まで生き、西暦227年に病死します。彼は万事に控えめで星の数程の手柄を立てましたがそれを誇らずいつも謙虚であり部下にも親身になって接したので絶大な人気がありました。

 

曹操という名君に出会えた事を生涯の幸運とし、自分の栄達など気にする様子もなく、いつまでも一兵卒のような気持ちで仕えたので徐晃を嫌う人は皆無だったようです。戦争においては情報を重視、常に最悪の事態を考えるという堅実な将軍であり、バクチを打たず無理をせず、勝機と見たら火のように攻めかかり多くの勝利を手にしました。

 

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三国志ライターkawausoの独り言

kawauso 三国志

 

徐晃のような将軍は、情報を重視するので窮地にも陥らず、無理をしないので困難にも遭わないので、一見、危なくない場所ばかりで戦っている平凡な将軍に見えます。張遼のような800対、10万のような無茶な戦法は取らないので、イマイチ人気が出ないというような事にもなるのでしょう。

 

しかし、個人としては無敗の将軍で、もっとも安全パイな将軍ですから、kawausoが魏兵なら是非徐晃将軍に仕えたいです、間違っても張遼とかは嫌です。

 

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台湾より南、フィリピンよりは北の南の島出身、「はじめての三国志」の創業メンバーで古すぎる株。もう、葉っぱがボロボロなので抜く事は困難。本当は三国志より幕末が好きというのは公然のヒミツ。三国志は正史から入ったので、実は演義を書く方がずっと神経を使う天邪鬼。

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