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魏の諸葛誕が反乱に失敗した原因ってなに?

この記事の所要時間: 1044




諸葛誕

 

魏の王陵(おうりょう)、毌丘倹(かんきゅうけん)は魏の司馬氏が魏の政権を握って、

政権を私有化し始めると、司馬氏打倒の反乱を起こします。

しかし彼らの反乱はいくつものミスによって失敗してしまいます。

そして司馬氏は司馬昭(しばしょう)の代になります。

 

彼は父と兄が残した権力を駆使して、魏の政権に絶大な権力を握る事になります。

諸葛誕は司馬昭の権力の増大によって魏の政権を乗っ取るのではないかと、

危機感を抱き挙兵します。

結果は三国志を詳しく知っている方ならご存知の通り、失敗に終わってしまいますが、

なぜ彼の反乱は失敗に終わってしまうのでしょうか。

彼が反乱に立ち上がった理由などを交えながら、

反乱失敗の原因を探っていきたいと思います。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:【三国志あるある】懐かしい!と思った人は40代!昭和では当たり前だった三国志事情




毌丘倹の反乱鎮圧で功績を挙げる

諸葛誕

 

諸葛誕(しょかつたん)は毌丘倹の反乱が起きると、

司馬師(しばし)から「豫州(よしゅう)の兵を集めて、寿春(じゅしゅんん)城を陥落させよ」と

命令を受けます。

彼は豫州で兵を集めて、寿春城を陥落させると司馬師に褒められ、

揚州の軍事を行使することができる役職をもらいます。

その後毌丘倹の反乱が鎮圧されると、寿春城に駐屯するように命じられ、

魏・呉国境の守備を任されるようになります。




○○の時の為、寿春を善政で治める

 

諸葛誕は寿春に入城すると反乱によって人心が荒れている事を知り、善政を敷きます。

彼が善政を行ったのは寿春の民が荒れているだけが、理由ではありません。

寿春は王陵・毌丘倹の二人が相次いで反乱を起こした地であるため、

彼も司馬家に疑われているのではないのかと一抹の不安を感じます。

そのため彼はもし司馬家に疑われて反乱を起こすような事になった時の為に

寿春の民衆の心を掴んでおこうと考えて、善政を敷きます。

この計画は成功し、寿春の民衆は諸葛誕を慕い始める事になります。

 

寿春の守りを固める

 

諸葛誕は寿春の民衆の心を掴むことに成功すると、次に彼が行った事は、

寿春城の防御を万全にしようと考えます。

寿春の城壁はあまり高くなく、防御に適さない城でした。

そこで彼は城壁をしっかりと高くして、敵兵が攻撃を仕掛けてきても、

簡単に城へ登れないようにします。

こうして寿春城が簡単に陥落できないように防御を固めながら、

城に兵糧が無くなれば戦う事が出来なる為、しっかりと兵糧を蓄えていきます。

 

司馬家の使者がやってくる

 

司馬昭は諸葛誕が寿春の城の防御力を高め兵糧を蓄えている事を怪しみ、

彼の側近である賈充(かじゅう)を諸葛誕の元へ派遣。

賈充は諸葛誕に会うと「晋公(しんこう=司馬昭の事)の功績は高く、

魏に取って代わるべしと諸将や文官、民衆達までもがしきりに言っておりますが、

あなたはどう思いますか。」と尋ねます。

諸葛誕は賈充の意見を聞くと顔色を変えて「君は魏の忠臣である賈逵(かき)殿の

息子ではないか。なぜ魏の政権を盛り立てようとせず、

晋公に阿るような発言をするのだ。

私は魏の政権に異変が起きれば、身命を賭して魏の国を守るつもりだ」と

激怒の色を隠さずに賈充へ食らいつきます。

賈充は諸葛誕の決意を聞くとそのまま洛陽(らくよう)に帰って

司馬昭へ報告を行います。

 

司馬家に反乱を起こす

photo credit: Memento Mori via photopin (license)

photo credit: Memento Mori via photopin (license)

 

諸葛誕は賈充が帰った後も寿春の守備を固め、兵糧集めに力を傾けておりました。

彼は魏に異変が起きた時の為に、2年もの間しっかりと準備を行っておりましたが、

司馬昭から「君が魏に長年仕えてきた功績は非常に大きく、私も評価している。

そこで君に洛陽へ戻ってきて、司空の位に就いてもらい共に、

魏の政権を盛り立ててほしいと考えている。」と要請。

諸葛誕は司馬昭からの使者がやってくると、

自分が握っている兵を取り上げようと考えているのではないのかと勘繰り、

反乱を決意します。

【次のページに続きます】




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