関羽はなぜ名士が大嫌いだったの?関羽以外にも名士を嫌っていた人物たちも考察

2021年6月12日

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kawauso編集長(石原 昌光)

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kawauso編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月に「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

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厳顔の態度に感服した張飛

 

三国志において

  • 関羽(かんう)は下の身分の者を大切にして、名士や士大夫を軽視した」
  • 張飛(ちょうひ)は下の身分の者を軽視して、名士や士大夫を大切にした」

この事が彼らの命運を決めた、とも思われます。

 

実は龐統は仕事ができすぎて驚く張飛

 

こう見ると関羽と張飛は真逆なことをしていたようにも見えますが、実際は二人とも根っこは一緒だった?それを当時の名士たちとその扱いの観点から、見ていこうと思います。

 

関羽と張飛の最期は似ている

関羽と仲がよくない糜芳

 

繰り返しになりますが、

「関羽は下の身分の者を大切にして、名士や士大夫を軽視したので配下の将軍に背かれた」

「張飛は下の身分の者を軽視して、名士や士大夫を大切にしたので兵士たちに背かれた」

 

父・関羽とともに亡くなる関平

 

これが二人の末路であり、一見すると二人とも真逆の対応をしていたのに結局裏切られて死んじゃってるんですけど!と思いますね。

 

激怒する関羽

 

もっと言うと人材運用って難しいよな……というみもふたもない話になりますが、これ、実は関羽と張飛の性格が根本的に似ているというとも言えると思うのです。

 

当時の名士

勾践(こうせん)

 

さて当時、生まれはとってもとっても大事でした。名士の家系に生まれた者は優遇され、実が共わなくても大切にされました。

 

魏の韓宣(かんせん)は口喧嘩が強い

 

能力があったとしても、それを活かせるだけの家、一族に生まれたかどうかがまずは必要だったのです。なのでこの時代に生きる人たちの中には、関羽のように「名士嫌い」な人は多かったと思われます。

 

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実はあの人も

三国志を楽しく語るライターセン様

 

さてここでとある人物のご紹介を。

 

「役人の家の子や立派な人物を取り立てても、あいつらは「それは当然のこと」と言って感謝しない」として、役人の家の子に優秀な人物がいると聞くとその家を故意に陥れ、逆に凡庸な者を重用していた人物がいます。

 

公孫サン(公孫瓚)

 

しかしそうやって名士たちを故意に迫害したために彼らが袁紹(えんしょう)に付いたために敗北した……のが、公孫(こうそん)サン。

 

公孫サン(公孫瓚)

 

あくまで英雄記の一説ですが、名家の家の人物は取り立てられて当然、という風潮が根付いていたことが分かる一説だと思います。つまりこの時代は多かれ少なかれ、誰もが名家に対するコンプレックスがあったと思うのです。

 

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公孫瓚特集

 

公孫サンの敗北

公孫サン(公孫瓚)

 

因みに公孫サンは名士を嫌がり、敢えて出自が悪い人物ばかりを人材登用していました。しかしこれは実のところ、出自の良さにこだわるのと何も変わりません。

 

公孫瓚を倒した袁紹

 

名家に優秀なものばかりが生まれないように、出自が悪ければ優秀という訳ではないのです。結果的に人材に恵まれず、袁紹に人材の点で差を付けられたことで時代の敗北者となっています。

 

公孫サン(公孫瓚)

 

つまり上の者を優遇することも、下の者を優遇するのも、本質は同じだということです。

 

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英雄の墓

 

関羽と張飛の態度

降らない厳顔に腹をたてる張飛

 

さてここで関羽と張飛の名士たちへの態度を見直してみましょう。関羽は名士たちを嫌い、張飛は逆に敬いました。関羽としてはある意味で公孫サンと同じように名士たちを見ていて、張飛はその逆です。

 

パワハラをする張飛

 

しかし本質は同じであり、公平な目で全ての人たちを見ていた訳ではなく、あくまで家と血筋のフィルターを通して見ていたのではないか、と思うのです。

関羽のコンプレックス

青龍偃月刀を持つ関羽

 

しかしこの時代、名家の一族に対するコンプレックスは、関羽や公孫サンだけでなく誰しも抱いていたことだろうと思います。だからこそ敢えて高圧的な、傲慢な態度を取った関羽。逆にその身分に憧れ、どこかへりくだっていた張飛。

 

文句を手紙に書く関羽

 

対応は真逆であってもこの二人は同じコンプレックスを抱いていたのではないか、と思います。そう考えると面白いことに、二人の対応の違いはその性格が表れていた……とすると、二人の違いが更に見えてきて面白いですね。

 

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関羽

 

何気に彼も

靖王劉勝の子孫と勝手に名乗る劉備

 

更に面白いことを話すと、実はこの話は劉備(りゅうび)にまで飛びます。

 

法正と劉備

 

関羽や張飛(それと公孫サン)はある種、極端に見える例ですが、劉備もある種それが見えるのが法正(ほうせい)との逸話。

 

(かい)より始めよ」という故事成語があります。これは郭隗(かくかい)(えん)昭王(しょうおう)に良い人材の求め方を聞かれて「良い人材が欲しいなら、まず凡庸な私を重用して下さい、そうすれば私より良い人物が自然に集まってくるでしょう」と言われたことから生まれた故事成語です。

 

法正

 

つまり「自分より劣っている郭隗でも大事にされてる!自分が行けばもっと大事にされる!」となるから自分を大事にしなさいよっていった逸話ですが、これを引用して法正が名士である許靖(きょせい)を厚遇するように、と劉備を説得した、という話があるのです。

 

蜀の皇帝に即位した劉備

 

つまり関羽や張飛ほどでもないにしろ、劉備も名士だからといってそこまで優遇しようとはしていなかった……と思うと何だか劉関張の三兄弟の繋がりを見つけたようで、面白いですね!

 

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法正

 

三国志ライター センのひとりごと

三国志ライター セン

 

今回はちょっと当時の名士たちがどんな存在で、どんな扱いだったのかを考えてみました。しかし名士であれ、名士でなかった人物であれ、優秀な人材は多くいたでしょう。

 

曹操に重宝される賈ク

 

それを考えるととにかく人材発掘に努めた曹操はやっぱり凄かったんだな……と改めて曹操の人材登用能力こそが魏の国を造り上げたといっても過言ではない、そう思いながら今日もまた、筆者は三国志の沼にハマって行くのでした……

 

センさんが三国志沼にドボン b

 

ちゃぽん。

 

参考文献:蜀書関羽伝 英雄記

 

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関帝廟

 

 

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セン

両親の持っていた横山光輝の「三国志」から三国志に興味を持ち、 そこから正史を読み漁ってその前後の年代も読むようになっていく。 中国歴史だけでなく日本史、世界史も好き。 神話も好きでインド神話とメソポタミア神話から古代シュメール人の生活にも興味が出てきた。 好きな歴史人物: 張遼、龐統、司馬徽、立花道雪、その他にもたくさん 何か一言: 歴史は食事、神話はおやつ、文字は飲み物

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