神にまでなった超人気者、関羽の評価を考察してみた




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春秋左氏伝を読む関羽

 

関羽(かんう)と言えば武勇に優れ、春秋左氏伝(しゅんじゅうさしでん)を暗喩したという文武に優れた人物。劉備(りゅうび)に良く仕え、良く支え、その死後は神とまで崇められた三国志でも大人気者の髯がとてもかっちょいい人。

 

関羽にネチネチ怒られる糜芳

 

しかしその一方で性格に難があった、三国志演義で過剰に盛り上げられている、という意見もあります。今回はそんな関羽を、僭越ながら筆者なりに評価をまとめてみたいと思います。




関羽の武勇

青龍偃月刀を持つ関羽

 

まずは関羽の武勇に関して(シャレではない)見ていきましょう。

 

劉備とはぐれて心配する関羽

 

正史では呂布(りょふ)討伐後に劉備は曹操(そうそう)と対立して一時行方不明になりますが、この時に関羽は劉備の妻を保護して曹操の元に身を寄せていました。

 

伝言を伝えにくるも関羽に斬られる顔良

 

この際に袁紹(えんしょう)軍の顔良(がんりょう)を見事討ち取っています。

 

顔良と関羽

 

サラッと書かれていますが顔良は袁紹軍きっての武将であり、曹操軍の徐晃(じょこう)が相手をしても勝てなかった相手、それを討ち取ったのですからかなりの武力を持っていたと言えるでしょう。

 

関羽千里行 ゆるキャラ

 

その後は曹操に厚遇されるも劉備の生存報告を聞くと駆けつけ、ここに忠義の強さも見せています。

 

関連記事:関羽に討たれた顔良とはどんな人だったの?

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関羽による荊州統治

大きすぎる関羽像

 

その後、赤壁(せきへき)の戦いを経て関羽は荊州(けいしゅう)の統治を任されます。荊州は劉備に取って呉、そして魏に対する場所であり、最前線。ここで関羽は曹操、孫権(そんけん)に睨みを利かせる存在となります。

 

三国志の武器 木慢 関羽

 

215年に魯粛(ろしゅく)呂蒙(りょもう)が荊州攻めをした際にはあくまでけん制に留め、後に北進した際には曹操が許都からの遷都を考えるほどに警戒されていました。関羽の戦いに関しては各国が警戒するほどの能力を持っていたことが良く分かりますね。

 

関連記事:関羽は劉備の配下ではなかった?荊州独立説を考察

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関連記事:劉備による荊州借りパク問題はなぜ起こったの?荊州借用問題を解説

 

関羽は文武に通じる

そろばんを打つ関羽

そんな関羽は文武両道、学問も疎かにはしていませんでした。それが良く分かるのが、関羽は「春秋左氏伝」を好んでよく読み、ほぼ暗誦できるという記録です。春秋左氏伝とは物凄くざっくりと説明すると、歴史書に注釈が付けられたもの。

 

「歴史書読んだくらいで文武両道?」

 

関羽

 

一瞬思うかもしれませんが、読んだだけではありません。「暗喩」とは本がなくても内容を話すことができる……つまりほぼ暗記していたのです。暗記するということはただ記憶力が必要というだけではなく、ある程度の理解も必要になります。

 

ポイント解説をするセン様

 

それほど読み込み、ほぼとは言え暗喩できたということはこれはかなり学問に通じていたと言えるでしょう。

 

関連記事:関羽がそろばんの発明者というのはウソ?伝承の背景を考察してみた

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