華麗なる夏侯惇の一騎打ちの記録とは?血気盛んな隻眼将軍の戦績

2021年12月28日

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kawauso編集長(石原 昌光)

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kawauso編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月に「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

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夏侯惇

 

「夏侯惇(かこうとん)」と言えば曹操(そうそう)の親戚で、彼の下で数々の功績を上げたことで有名な武将ですね。また、「隻眼(せきがん)」であったことも良く知られています。

 

三国志演義_書類

 

そんな夏侯惇、小説「三国志演義(さんごくしえんぎ)」では数々の「一騎打ち」を繰り広げて物語の盛り上がりに一役買っているのです。今回の記事ではそんな夏侯惇の「一騎打ち」の記録についてみてみましょう。

 

 

正史「三国志」での夏侯惇の業績

曹操と夏侯惇

 

まずは正史「三国志」での夏侯惇の経歴を見てみましょう。夏侯惇は曹操の「いとこ」とも言われており、若いころは師を侮辱した者を殺してしまうなど、血気盛んで知られていました。

 

夏侯惇と呂布

 

曹操が挙兵した際にこれに参加、以後曹操の軍事作戦には欠かせない武将となります。呂布(りょふ)との戦いの際に左目を失い、以後「夏侯淵(かこうえん)」と区別するために「盲夏侯(もうかこう)」と言われましたが、夏侯惇はこれを嫌がり、鏡を見るたびに叩き割っていたそうです。

 

夏侯惇

 

その後も数々の戦いで功績を立てましたが、武一辺倒ではなく、灌漑(かんがい)工事を行うなど内政面でも手腕を発揮しました。曹操が亡くなった数か月後に後を追うように亡くなり、後に功績が称えられ「忠侯」と諡(おくりな)(死後に贈られる)されています。

 

魏志(魏書)_書類

 

なお、正史「三国志」には夏侯惇の一騎打ちの記録はされていないようです。

 

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一騎打ち

 

 

 

夏侯惇、徐栄を討ち取る!

橋瑁が決起文を送り反董卓連合軍結成

 

小説「三国志演義」において初めて夏侯惇が一騎打ちを行ったのは、曹操が「反董卓連合軍(はんとうたくれんごうぐん)」に参加した際の事です。

 

知的な戦術を使う徐栄

 

夏侯惇は董卓配下の「徐栄(じょえい)」と対戦することになります。

 

曹操を撃破した徐栄

 

その直前の戦で曹操は徐栄の策に敗れており、徐栄は曹操の肩に矢を的中させています。しかし、夏侯惇は徐栄と戦い、これを一騎打ちで破り、槍で突き殺して曹操の無念を晴らしています。

 

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『まだ漢王朝で消耗してるの?』

まだ漢王朝で消耗しているの

 

竜巻によりドロー!曹豹戦

ブチ切れる曹操

 

曹操は父親を殺害したと疑った宿敵、徐州(じょしゅう)の「陶謙(とうけん)」を攻めます。ここで夏侯惇は陶謙軍の武将「曹豹(そうひょう)」と一騎打ちをすることになります。戦いは何回か打ち合ったとき、突然の竜巻が発生、勝負はドローとなりました。

曹豹

 

曹豹はのちに劉備(りゅうび)に仕え、これを裏切り呂布(りょふ)に仕えています。

 

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呂布

 

 

のちに同僚となる張遼との戦い

藏覇(臧覇)

 

曹操は呂布との激戦を繰り広げます。その曹操に呂布配下の「臧覇(そうは)」が大斧で襲い掛かります。

 

藏覇(臧覇)

 

それを向かい打ったのは曹操軍の「楽進(がくしん)」!楽進は薙刀(なぎなた)を振るい臧覇と何度も打ち合い、決着はつかず。その戦いについに夏侯惇が参戦、楽進の助っ人として戦います。

 

敵を相手にして奮闘する張遼

 

それを見て割って入ったのはのちに夏侯惇と同僚となる「張遼(ちょうりょう)」!

夏侯惇は槍、張遼は薙刀で応戦しますが、またしても決着つかず。

 

方天画戟を持つ呂布

 

そしてついに「呂布」が出陣します。曹操はそれを見て撤退を指示、この戦いはドローとなります。

 

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張遼

 

 

呂布配下の最強武将「高順」に勝つが目を失う

高順

 

呂布に苦戦する曹操でしたが、ついに彼を追い詰めることに成功します。そして終盤の戦いにて呂布軍の猛将「高順(こうじゅん)」と夏侯惇との一騎打ちが発生します。これも長期戦になりますが、不利を悟った高順が撤退、夏侯惇の勝利と言えるでしょう。

 

曹性

 

しかし高順を追う夏侯惇に、敵将「曹性(そうせい)」が放った矢が左目に命中します。

 

目玉を食べる夏侯惇

 

そして夏侯惇は矢を目玉ごと引き抜き「これは父の精、母の血である、捨てられるか!」と食べてしまいます。そして曹性を槍で突き殺します。

 

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夏侯惇

劉備の下に去る関羽を阻止するために戦う、夏侯惇

曹操に捕らわれる高順、呂布、陳宮

 

呂布を撃退した曹操にとって次の敵は劉備でした。徐州を奪った劉備に対し曹操は軍を差し向けます。ここで関羽(かんう)と夏侯惇の一騎打ちが起こりますが、ここでは引き分けます。のちに関羽は一時的に曹操の配下となりますが、袁紹(えんしょう)との戦いのあと、劉備の無事を知り彼の下に走ります。

 

関羽千里行

 

それを阻止しようと5つの関所の武将が関羽を襲いますが、関羽はそれらを撃退。最後に立ちはだかったのが夏侯惇でした。2人は何度も打ち合いますが決着はつかず、そんな時に張遼が彼らの下を訪れます。張遼は曹操からの「関羽を逃がせ」との手紙を携えていました。ここで勝負は引き分け。

 

五関六将破りを行う関羽

 

このエピソードが有名な「関羽千里行(かんうせんりこう)」です。

 

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関羽

 

 

 

三国志ライターみうらの独り言

みうらひろし(提供)

 

小説「三国志演義」ではこれまで見てきたように、夏侯惇の一騎打ちが多く描写されています。そこでは関羽の「宿命のライバル」的な扱いで、敵役としての夏侯惇が光りますね。実際の正史「三国志」ではほとんど一騎打ちの描写は無いようですが、実際はどうだったのでしょうか?

 

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みうらひろし

歴史が好きになったきっかけはテレビの再放送で観た人形劇の三国志でした。そこから歴史、時代小説にはまり現在に至ります。日本史ももちろん好きですよ。推しの小説家は伊東潤さんと北方謙三さん。 好きな歴史人物: 呂蒙、鄧艾、長宗我部盛親 何か一言: 中国で三国志グッツを買おうとしたら「これは日本人しか買わないよ!」と(日本語で)言われたのが思い出です。

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