漢寿亭侯とは?曹操が関羽に贈った称号「漢寿亭侯」その意味を探る!

2022年1月9日


 

三国志小説での「漢寿亭侯」

三国志演義_書類

 

小説「三国志演義」や吉川英治(よしかわえいじ)三国志」ではこの「漢寿亭侯」を贈るエピソードにアレンジが加えられています。曹操はもともと関羽に「寿亭侯」を与えるはずでしたが、関羽はそれを拒否。関羽はいずれ劉備の下に帰るつもりであり、曹操から何かをもらう事は拒否していたのです。

 

ヒゲが美しい関羽

 

そこで曹操は知恵を働かせ、「寿亭」の上に「漢」の名前を付け「漢寿亭侯」を贈ることにしたのです。これは「漢の寿亭侯」という意味で、「漢王朝から与えられた侯ですよ」と示すことにより、漢王朝に忠誠を誓う関羽もこの位を拒否できないことになるのです。

 

顔が赤い関羽

 

その後は関羽自身も「我は漢の寿亭侯関羽である」と名乗ったりすることになるのです。しかしこれらのエピソードは小説のオリジナルで、「寿亭侯」という爵位は存在しないと思われます。

 

関連記事:関羽はなぜ名士が大嫌いだったの?関羽以外にも名士を嫌っていた人物たちも考察

関連記事:龐統が生きていたら関羽の寿命は縮んでいた?

 

三国志とお金の話

 

 

死後にたくさんの「諡」を貰った関羽

関羽の青銅像

 

関羽の生前の爵位は「漢寿亭侯」ですが、死後たくさんの「(おくりな)」が贈られました。「諡」とは貴人を称え、その人物に生前より上位の爵位を与えることです。関羽は蜀からの公式な諡は「壮繆侯(そうびゅうこう)」ですが、死後神格化されたため、中国歴代王朝から様々な諡を貰っています。

 

北宋「忠恵公(ちゅうけいこう)」から「武安(ぶあんおう)」そして「崇寧真君(すうねいしんくん)

南宋「義勇武安王(ぎゆうぶあんおう)

明「協天護国忠義関聖大帝(きょうてんごこくちゅうぎかんせいたいてい)」から「三界伏魔大帝神威遠震天尊関聖帝君(さんがいふくまたいていしんいえんちんてんそんかんていせいくん)

清「忠義神武関聖大帝(ちゅうぎしんぶかんせいたいてい)」から「忠義神武霊佑仁勇威顕開聖大帝(ちゅうぎしんぶれいゆうじんゆういけんかんせいたいてい)

 

これらは「神号」ともいわれ、時代が進むにつれてどんどん皇帝を超えるような大げさな諡になっていき、もはや関羽が神として称えられえていることが良くわかりますね。

 

関連記事:関羽と糜芳、両者の関係は如何なものだったのか?

関連記事:張飛と関羽人気があるのはどっち?時代ごとの人気を検証

 

民間伝承の三国志

 

 

三国志ライターみうらの独り言

みうらひろし(提供)

 

「漢寿亭侯」には曹操の関羽に対する思いが込められており、関羽の評価の高さがよくわかる爵位ですよね。中国でも「寿」という言葉は縁起がよいらしくいろんな場所に使われていますよね。これから中国の地名にも注目していきたいですね。

 

関連記事:諸葛亮は天下三分の計を諦めた?荊州の関羽を見殺しにしたのはなぜ?

関連記事:関羽は馬超を敵視したのではなく利用した?関羽の荊州統治と北伐戦略

 

はじめての三国志Youtubeチャンネル3

 

 

 

 

  • この記事を書いた人
  • 最新記事
みうらひろし

みうらひろし

歴史が好きになったきっかけはテレビの再放送で観た人形劇の三国志でした。そこから歴史、時代小説にはまり現在に至ります。日本史ももちろん好きですよ。推しの小説家は伊東潤さんと北方謙三さん。 好きな歴史人物: 呂蒙、鄧艾、長宗我部盛親 何か一言: 中国で三国志グッツを買おうとしたら「これは日本人しか買わないよ!」と(日本語で)言われたのが思い出です。

-関羽
-,