呂蒙や周泰に負けるな!もっと有名になってもいい蔣欽の活躍を解説

2022年5月8日

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kawauso編集長(石原 昌光)

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kawauso編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月に「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

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三国志で人材と言うとやはり魏、の国が一歩先んじてしまいますが、蜀にも呉にも、数々の名将たちがいます。今回はその中でももっと評価されても良いのでは?と思われる、蔣欽(しょうきん)(についてお話をしましょう。

 

 

kawausoと陸遜

 

呉と言うとどうしても陸遜(りくそん)や呉王である孫権(そんけん)そのものが色んなエピソード盛りだくさんで目立ってしまいますが、蔣欽だって中々の武将です。どうぞご清聴下さいませ。

 

 

 

蔣欽は周泰と共に孫策時代から仕える

蔣欽

 

蔣欽の字は公奕(こうえき)。読みづらいかと思いますが、字は「こうえき」と読みます。

 

周泰(しゅうたい)の全身の傷を解説する孫権

 

彼の登場は宴会で孫権に体の傷を見せびらかされることに定評がある周泰(しゅうたい)と共に、孫策(そんさく)の元に仕える所からがスタートです。彼は各地で戦功を立て、江東平定の手助けを行いました。そして孫策が倒れた後は、その後継者となった孫権の元で今度は働いていくことになります。

 

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三国志とりかへばや物語

 

 

 

張遼の追撃から孫権を逃がした

愛馬に乗り敵を粉砕する張遼

 

その蔣欽の働きの一つに、合肥(がっぴ)の働きでの出来事があります。そう、張遼(ちょうりょう)がちょっとどころではない、それこそ対峙した孫権や呉軍の皆様からしたら夢にまで追ってきそうなほどの活躍をした(された)合肥の戦いです。

 

 

張遼の猛攻に泣きながら逃げる孫権

 

この際に張遼はあと一歩、という所まで孫権を追い詰めますが、この際に蔣欽は他の武将たちと一緒に奮戦。孫権を退却させることに成功し、孫権はこれを高く評価。蔣欽は盪寇将軍(とうこうしょうぐん)及び濡須督(じゅしゅとく)となります。

 

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『まだ漢王朝で消耗してるの?』

まだ漢王朝で消耗しているの

 

 

徐盛に部下を殺されかけるが…

双流星を振り回している徐盛

 

そんな蔣欽は、かつて徐盛(じょせい)と確執が生まれたことがありました。ある時、蔣欽が別のおしごとにかかりきりだった時のこと。徐盛が蔣欽の部下を罪に問い、斬刑にしようとしました。しかし孫権は蔣欽の状況も配慮し、これを許可することはしませんでした。この一件から、徐盛は蔣欽を避けるようになったと言います。

 

※呉は良く同僚と揉め事を起こして刃傷沙汰になるのです。

 

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佞臣

 

 

徐盛と協働して曹操を迎え撃つ

学問をして知識を蓄える蔣欽(しょうきん)

 

その後、曹操(そうそう)が濡須に侵攻してきました。これに当たったのが蔣欽と徐盛です。この際に徐盛の方は以前の報復をされるのではないかと蔣欽のことを恐れていましたが、蔣欽の方は良く徐盛の良い所を褒めて、徐盛はこの一件で蔣欽に心服するようになります。

 

これを孫権が尋ねた所、「仕事に私情は持ち込みません。どうして私怨で賢い人物を覆い隠したりなどしましょうか」と答え、人々は蔣欽のこの態度を褒め称えたと言います。

 

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合肥の戦い

 

 

呂蒙と一緒に学問にはげむ

孫権から呂蒙と勉強しろと言われる蔣欽

 

また孫権に「お前も勉強してみたら?」と言われて頑張って勉強し、呉下(ごか)の阿蒙(あもう)に非ず、とまで言われるようになった呂蒙(りょもう)のエピソードは有名ですが、実はこの際に孫権は呂蒙だけでなく蔣欽にも同じように言っているのです。

 

もちろん蔣欽も呂蒙に負けず勉学に励み、孫権は呂蒙と同じようにこの振る舞いと態度を褒めました。蔣欽も呂蒙と同じく、己を磨きあげる気概を持っていた人物と言えるでしょう。

 

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三国志と異民族

関羽の呪いを跳ね返した蔣欽

関羽の呪いで殺される呂蒙

 

さてそんな蔣欽、三国志演義ではどうかと言うと。実はちょっと注目するべき所があるのです。周泰と一緒に出てくるのは同じで、一緒に水賊をしており、孫策の元に駆けつけるのは一緒。その後も大体周泰とセットで運用され、最終的に呂蒙と共に関羽(かんう)討伐に参加します。

 

が。

羅貫中と関羽

 

三国志演義では己の最期に関係した人物たちをどんどん呪い、死に追いやっていく関羽。首になって尚、国々を恐れさせた関羽ですが……なんと蔣欽について、どこにも触れられていません!

 

三国志演義_書類

 

これはきっと触れられていないだけで蔣欽は三国志演義において関羽の呪いに打ち勝ったのでしょう。「関羽でさえも名将・蔣欽を呪い殺すには至らなかった」というオチですね。決して作者に忘れられていた訳ではないと筆者は心から信じております!

 

 

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関羽

 

 

 

蔣欽の前を塞ぐ周泰と呂蒙

周泰に斬られる沙摩柯

 

色々と述べましたが、この蒋欽、呉の中では余り触れられていない武将の一人だと思います。その理由ですが、並び立つ人物が周泰と呂蒙、というのが大きいのではないでしょうか。

 

周泰と呂蒙は宴会のエピソードや、呉下のエピソードでどうしてもそちらばかり注目されていますね。蔣欽はどうしてもこの二人とかぶってしまうんです。このためどこか今一歩、注目されにくい蔣欽ですが……ぜひこの機会に、かの名将に触れてみて下さいね。

 

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永安の戦い

 

 

 

三国志ライター センのひとりごと

三国志ライター セン

 

蔣欽の活躍はいくつもあるし、伝もきちんと用意されています。そしてその活躍はどれも特筆ものなのですが、よりによってその特筆エピソードが他とかぶりがち。しかし呉将の中でもキラリと輝く人物だと思います。どうぞ蔣欽を、これからもよろしくお願いしますね。

 

センさんが三国志沼にドボン a

 

どぼん!

 

参考:呉書蔣欽伝 江表伝

 

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新解釈・三國志

 

 

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両親の持っていた横山光輝の「三国志」から三国志に興味を持ち、 そこから正史を読み漁ってその前後の年代も読むようになっていく。 中国歴史だけでなく日本史、世界史も好き。 神話も好きでインド神話とメソポタミア神話から古代シュメール人の生活にも興味が出てきた。 好きな歴史人物: 張遼、龐統、司馬徽、立花道雪、その他にもたくさん 何か一言: 歴史は食事、神話はおやつ、文字は飲み物

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