唐突ながら、今日は張飛を主人公としたイフ展開にフォーカスしてみたいと思います。というのも、三国志の後半の展開、とりわけ蜀の滅亡へのプロセスについて、
「もっと諸葛亮が長生きしていたら」「もっと劉備が長生きしていたら」という声はあっても、「もっと張飛が長生きしていたら」という声は、あまり聞かない気がする。
桃園の誓いを立てた義兄弟の一人という超重要人材のはずなのに?
なぜでしょう?
おそらく、もっぱら『三国志演義』による印象のせいとはいえ、張飛が誰よりも長生きした世界線での展開というものには、「何かイヤな予感がする」という方が多いからでは?しかし、そのようなボンヤリした疑念をそのままにしておくのも、よろしくない。そこで!
今回は、「あの人が長生きしていたらなぁ」というファンの願望論からは、なぜか外されがちな張飛を、彼にとっては不利な描写が多い『三国志演義』の設定に、あえて従った上で再考し、彼が長生きした世界では三国志の歴史がどう変わるのかを考えてみました!
この記事の目次
まずはおさらい!張飛ってそもそもどこで死んだ?
『三国志演義』において張飛が死亡するのは、関羽が荊州の戦いに敗れた後、そして、その関羽の弔い合戦に失敗した劉備が、白帝城で病死するよりも前となります。関羽と劉備とに挟まれるタイミングで、張飛も死亡しているのです。
ただしその理由は、部下による突然の裏切りからの、暗殺。酒癖が悪いために部下から恨まれていた張飛が、その感情のいさかいで、夜中に寝込みを襲われてあっけなく惨殺されてしまうのです。
正直、関羽や劉備の劇的な死と比較すると、いささか唐突で、理由もちっぽけで、「あっけない」という驚きが強い展開でしたよね。
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夷陵戦の後まで生き延びれば漢中方面は張飛の独裁状態に?!
ただし今回は、張飛が長生きをした場合のイフ考察の回。張飛の死因の細かい背景は深掘りしません。
「何らかのきっかけで、部下たちの裏切りを無事に逃れ、漢中方面の守将として生き永らえているところに、劉備が死んだ知らせがきた」という展開を考えてみましょう。関羽と劉備に先立たれ、一人、残された張飛は、おおいに悲しむことでしょう。
ですが、張飛の直線的かつ熱血的な生き方を考えれば、いつまでもくよくよしているとも思えません。しばらく、おおいに泣いた後、「兄者たちがいなくなった蜀は、俺が守る!」と、燃え上がるような気合が入るのではないでしょうか?
しかも張飛はその段階で、蜀の首都である成都から大きく離れた、漢中という拠点にいるのです。「兄者たちがいない以上、俺は覚悟を決めて魏や呉と戦う!お前らもその覚悟で俺についてくるように!」と目をらんらんさせた張飛が漢中にどっかりと居座ると、漢中にいる蜀軍の兵力は、さからうわけにもいかず、ごそっと張飛の独断・独裁の采配下に入るでしょう。
これはこれで、敵からも、いや、味方からも、「うかつに何かちょっかいを出すと大変なことになる!」火薬庫のように恐れられる勢力になるかもしれません。
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司馬懿の計略にかかり放題?!蜀分裂のきっかけとなるシナリオ
この構図、「不安」もいっぱいです。関羽と劉備を失い、すっかりいきり立っている老将張飛。成都の官僚や知性派武将たちとは意見が合うはずがありません。そもそも、蜀の二代目トップである劉禅に対しても、「兄者と違って肝が座っていない」とイライラを募らせるかもしれません。
せいぜい、言うことをきくのは諸葛亮の前に出た時だけ。姜維や馬謖のような人材の言うことなど聞くはずもありません。そのいっぽう、むしろ魏延のような問題児とは意気投合してしまいそうです。
成都の良識派、諸葛亮と姜維に対し、漢中の武闘派、張飛と魏延が突出している、という、危険なバランスになってしまうかもしれません。こうなれば、その頃には魏で実権を握っている司馬懿のような策略上手には格好の餌食。
司馬懿の虚々実々の計略に、張飛や魏延は、みごとに惑わされて、成都との関係がどんどん壊れ、蜀は分裂、諸葛亮が死去した途端にその矛盾は最高潮となり、蜀の滅亡は、むしろ早まったかもしれません。
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もうひとつのシナリオは、張飛が成都でクーデター!?
なるほど、言われてみれば、関羽も劉備もいない章では、張飛は誰の言うこともきかない暴れん坊となり、そのうえ、司馬懿のような智謀家にとっては最高の操り人形になりかねない。ですが!
いっぽうで張飛には、どんな手練れの陰謀家でも予測もつかないような、ムチャやムリや無謀を思いついて行動に移してしまうという、「読めない怖さ」もあります。
もしかすると、諸葛亮が亡くなった途端に、司馬懿すらも予測できない大胆な行動を思いつき、三国志の勢力図を塗り替えるかもしれません。たとえば、「どうも劉禅様は頼りない!よし、俺が成都にいって、劉禅様を鍛え直してやろう」といった、実に素朴純情な思いつきで軍を出立させ、クーデターのつもりもなく、しかし成都に突入して、結果としてはクーデターを起こしてしまうかもしれません。
純粋に「劉禅様を鍛えに来た!」と言い張る老将が成都に居座り、それに怯えた劉禅が、張飛に言われるがままに、超武闘派な命令を乱発するようになったら?
姜維のようなまじめな武将は危険を感じて他国へ逃げてしまうかもしれませんが、張飛の一喝で超武闘派路線になった蜀は、案外、史実よりも長期、もつかもしれません!
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まとめ:どちらにしろ蜀の運命は暗いが・・・
このシナリオの場合、蜀の運命はどうなるか?そうはいっても、実際の滅亡がせいぜい五年くらい遅くなるだけで、蜀の滅亡自体は、避けられないかと思います。
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三国志ライターYASHIROの独り言
しかし、史実の蜀の滅亡があまりにあっけないことにフラストレーションを抱えているファンは、むしろ「老将張飛に睨まれて超武闘派な命令を出すようになった劉禅のもと、蜀が徹底抗戦を挑む」シナリオも、見てみたいのは?
もっとも、このシナリオの場合、蜀の民衆や兵士の犠牲者数も破格の桁数に膨れ上がりそうなのが、たいへん気がかりですが・・・。
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