成り上がり?ネズミが李斯の運命を変えた!

はじめての三国志_ページネーション2

こちらは3ページ目になります。1ページ目から読む場合は、以下の緑ボタンからお願いします。

ネズミが李斯の運命を変えた(1P目)


始皇帝、天下を統一李斯は中央集権制を主張

嬴政(始皇帝)

 

紀元前221年、秦は史上初めて中国を統一します。多くの家臣は、それまでの殷(いん)や周(しゅう)のように、それまでの六国の地域に秦の皇族を派遣して王に封じる封建制の政治を提言しました。しかし、李斯はこれに猛烈に反対して中央集権制を述べます。

 

「そもそも、殷・周の政治の衰えは、長い歳月の間に本国に暗君が出て、周辺国に賢公が出た事にあります。こうして、何百年が経過すると諸国の力は本国を上回り、やがて、これを軽んじるようになりました。秦の時代を千年太平にするには、諸国に王など置かない事です」

 

李斯は、こう封建制のデメリットを主張した上で中国全土を36の郡に分けて、さらに郡の内部に県を置いてそこに、中央から役人を派遣して統治すべきと主張します。役人は、任期制にして数年で変えて、地元と癒着しないようにして潜在的な王が出るのを防ぎ、すべての権力を皇帝が保有するようにして権力の集中を計るものでした。始皇帝は、これを採用し秦は史上初の中央集権の国になります。同時に、この体制は以後2000年、歴代の王朝が踏襲していきました。

 

関連記事:中国最古の王朝 殷とはどんな国だったの?

関連記事:秦の始皇帝が造り出した伝国の玉璽

関連記事:中国の氏・姓の成り立ちをどこよりも分かりやすく解説!


現在の日本だって李斯の考えを受け継いでいる

 

現在の日本だって王政ではありませんが、中央から役人を派遣して、地方の行政を担わせている点は中央集権制です。李斯の考えた政治システムは断片的に日本にも影響を与えているのです。


李斯、始皇帝の死により己を見失う

始皇帝 キングダム

 

紀元前210年、始皇帝は中国に君臨する事11年で死去します。それは巡幸中の出来事でした。遺言では、長子の扶蘇(ふそ)に皇帝を継げとされていましたが、これは李斯にとって都合が悪い事でした。

焚書坑儒を行う始皇帝

 

何故なら、扶蘇は李斯が推進した言論弾圧、焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)に反対した人物だったからです。もし、扶蘇が皇帝になれば、自分は罷免、悪ければ誅殺されると李斯は恐れます。

 

宦官の趙高(キングダム)

 

そして、宦官趙高(ちょうこう)の「遺言書を偽造して、末子の胡亥(こがい)に皇位を継がせる」という陰謀に乗ってしまったのです。李斯は早まったというしかありません、この選択は、保身しか頭にない趙高を増長させて、秦を崩壊に導くカウントダウンだったからです。

 

関連記事:始皇帝が中国統一後、わずか15年で秦が滅亡した理由|始皇帝がブサメンだったから?


李斯、自分の浅墓さを悔みながら斬殺される

胡亥

 

李斯は、趙高をただの保身に長けた宦官としか思っていませんでしたが、趙高は、李斯の想像の上を行きました。胡亥を皇帝につけた趙高は、郎中令に就任して宮廷の一切の仕事を取り仕切り、誰であっても趙高の了解なしに皇帝には面会できません。これでは幾ら、李斯が皇帝に諫言しようとしても不可能です。さらに、趙高は嘘の情報で胡亥を安心させていたので、李斯が持ってくる緊急の情報を胡亥は理解出来ませんでした。

 

その最中でも趙高は、自分に逆らいそうな人間を逮捕させて、罪をでっちあげ、殺すという事を機械的に繰り返します。その犠牲者は数万人と言われ、秦を支えた名将や文官は、あらかた始末されました。

 

やがて趙高は、諫言を繰り返す李斯が邪魔になり、でっち上げの罪を着せて李斯を拷問に掛けました。老齢で衰えていた李斯は拷問に耐えかねて嘘の自白をし、腰を境に体を真っ二つに斬る腰斬という刑を受けます。

 

李斯「わしが浅墓であった、このままでは万人の血と汗で築いた秦が滅ぶ」

 

李斯は、己の判断の浅墓さを悔みながら、一族郎党と共に、刑場の露と消えてしまいました。


三国志ライターkawausoの独り言

kawauso 三国志

 

李斯は、先見の明もあり、官吏としても優秀で、言論弾圧や、同窓生である韓非を殺した点などを除いても、中央集権制を確立して皇帝権力の強化を図るなど、中国の政治システムの発展に多大な功績を残しました。最後に趙高に加担するという愚策さえなければ、秦も短期間で滅びもしなかったでしょう。千年続く不朽の帝国を夢見ながら、最後の最期で自分の保身を選んだ事が、李斯の最初にして最大の失敗でした。

 

関連記事:史上最高の天才将軍 韓信(かんしん)は性格にかなり問題あり?

関連記事:キングダムと三国志の違いって何?時代を追ってみる

関連記事:キングダムのレジェンド、楽毅(がくき)は何をした人?

 

—熱き『キングダム』の原点がココに—

春秋戦国時代バナー

 

 

< 1 2

3

関連記事

  1. 曹操から逃げ回る劉備
  2. 弩(ど)を発射させる蜀兵士達
  3. 曹操 詩
  4. 蜀の魏延
  5. 劉備の黒歴史

コメント

  • コメント (0)

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。




はじめての三国志企画集

“はじめての三国志企画特集"

“はじめての三国志公式LINEアカウント"

“二宮の変

“荀彧

“3冊同時発売"

“魏延

“馬超

“官渡の戦い"

“馬謖"

“郭嘉

“if三国志

“三国志人物事典

まるっと世界史




PAGE TOP