曹操の塩対応に張松ブチ切れ!曹操が冷たく扱ったのは傲慢ではなく驚くべき理由が隠されていた!




曹操 死

 

三国志演義では、悪役の曹操(そうそう)ですが、

その横暴ぶりが顕著になるのは、赤壁の前夜の事でしょう。

三国志演義では、劉璋(りゅうしょう)が台頭してきた張魯(ちょうろ)の圧力を

回避する為に、曹操に近寄ろうと張松(ちょうしょう)を送りこみますが、

曹操は、天下は最早、我がモノと驕り昂り張松を軽く扱い怒った張魯は、

益州を劉備に売ろうと決意します。

しかし、この辺りの事は正史では、もっと複雑なのです。




劉璋の使節に、丁重に応じた大人な曹操

朝まで三国志 曹操

 

陳寿(ちんじゅ)が書いた、三国志、蜀志 劉二牧伝には、

その辺りの経緯が詳細に出ています。

劉璋は、曹操が荊州を陥落させたと聞くと、河内の陰溥(いんはく)を

派遣して戦勝を祝わせました。

 

劉璋の使節を受け入れた曹操は、喜び、劉璋には振威(しんい)将軍、

兄の劉帽(りゅうぼう)には、平寇(へいこう)将軍という官位を与えます。

ここで、分かるのは、曹操は、劉璋の使節に無礼な扱いはしていないという事です。

さらに、改めて、将軍位を与えて、劉璋を漢の臣と認めています。

 

つまり、当初、曹操は、劉璋を侮り、横暴に振舞い使者を粗末に扱ったりした事は、

無いという事になります。




味を占めた劉璋、また使節を送る

表情 曹操02

 

ところが、曹操から将軍位をもらった劉璋は、気を良くして味を占めます。

 

劉璋「よし、さらに使者を派遣して、曹操と親密になっておこう」

 

こうして、別駕従事(べつがじゅうじ)の蜀郡の張粛(ちょうしゅく)を

再び曹操の下へ派遣します。

今度は、挨拶だけではなく、蜀兵300名に色々な財宝を持たせての訪問でした。

曹操は、今度も丁重に受け入れて、張粛を広漢太守に任じています。

 

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劉璋、しつこくも、また張松を送る 曹操ガン無視

曹操と張松

 

張粛が広漢太守に任じられた事で、劉璋は気をよくしたのか?

駄目押しに、今度は張粛の弟の別駕従事、張松を派遣します。

その頃には、曹操は、劉備を追い散らし、呉征伐に忙しい時でした。

 

曹操「何?また、劉璋から使節が来ただと?一体何の用だ!

ええい、面倒なやつ、、もう官職はやらんぞ」

 

曹操は、若い頃から虚礼(無駄な儀式)というのが嫌いです。

劉璋の事情など分かりませんが、曹操には、頻繁な劉璋の挨拶は、

自分から官位を引きだす為の虚礼として映ったのです。

 

今回、遠路はるばるやってきた張松は、冷たく扱われ、

もちろん官位なども一切、与えられませんでした。

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