曹操の塩対応に張松ブチ切れ!曹操が冷たく扱ったのは傲慢ではなく驚くべき理由が隠されていた!

原因は、劉璋だが、張松、曹操を恨む




張松

 

正史でも演義でも張松は、野心が高く、自己承認欲求が強い人物です。

ましてや、前に兄は、広漢太守の官位を与えられているのに、

自分には、何もないという事を我慢できる筈もありません。

 

張松「曹操め、もはや、自分は天下の主だと、蜀など洟(はな)もかけんつもりか!

くそ!くそ!ワシを無視しおって、お前なんぞに従うものか・・」

 

張松はブリブリ怒って、荊州を去り、成都に戻ると曹操をボロクソに貶します。

 

張松「あんな、チビでケチで、女たらしで、弱いモノは軽く見て、

強いモノには媚びへつらう男に、組みしてはなりません。

こちらから、断絶して、禍を絶つべきと存じます。

むしろ、赤壁で曹操に立ち向かい、大勝した劉備こそ

我が殿が頼るに足る男でありましょう」




劉璋、自分が原因で、劉備を益州へ迎える

劉備 危機一髪

 

劉璋は、まさか、自分のしつこい使節が曹操を怒らせたなんて、

夢にも思っていませんでした。

 

劉璋「えーっ、曹操って、そんなヤツなの?じゃあ、劉備を頼ろう

張松、劉備のとこまで、行ってきてちょ」

 

こんな間抜けな会話の後に、めでたく、益州は狼、劉備の手に落ちる

という事になるのです。




三国志ライターkawausoの独り言

kawauso 三国志

 

こうして見ると、劉璋が外交使節をせめて2回までに留めていれば、

曹操は、劉璋を丁重に扱い、両者の関係が損なわれる事は無かった事になります。

それに、張松が派遣される事もないわけですから、曹操軍が蜀へ入り、

劉備の出番も無かったという結果になったかも知れません。

 

それでも、益州を得るのは、天下三分の基本路線ですから、

何がなんでも実行したでしょうが、もっと大変な労力を必要としたかも知れません。

仮に、劉璋が劉備を蜀に入れないという事になると、

いかに龐統(ほうとう)や孔明の知謀でも益州を落せたかどうか・・・

 

そう考えると、劉備は、劉璋のボンクラぶりに救われて、

天下の一角を占めたと言えるかも知れません。

 

本日も三国志の話題をご馳走様でした。

 

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どうも、kawausoでーす、好きな食べ物はサーモンです。
歴史ライターとして、仕事をし紙の本を出して大当たりし印税で食べるのが夢です。

もちろん、食べるのはサーモンです。

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