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【曹髦編】三国最強の魏はなぜ滅びることになったの?

この記事の所要時間: 49




司馬懿

 

司馬懿(しばい)によって魏の曹氏の一族の勢力は除かれてしまい、

司馬家が魏の実権を握る事になります。

司馬懿が亡くなると長男・司馬師(しばし)が跡を継いで、

皇帝である曹芳を皇帝の位から引きずり下ろし、曹髦を新たな皇帝として擁立。

こうして魏の四代目皇帝である曹髦が魏の新たな皇帝となります。

彼は衰えていく魏の皇室を立て直すために張り切っていきますが…。

 

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「才能は曹植・武勇は曹操」と評された若き皇帝

曹植

 

曹芳司馬師と郭皇后によって皇帝の位を引きずり降ろされると、

曹髦が皇帝の位に就任します。

司馬師は病にかかっていた事から皇帝の就任式に参加できませんでしたが、

彼の側近の鍾会(しょうかい)は参加しており、

司馬師から曹髦がどのような人物であるかと尋ねられると

「新しい皇帝陛下は才能においては曹植(そうしょく)様に匹敵し、

武勇は曹操様と同じくらいだと思われ、非常に優秀な皇帝になるのではないかと

考えます。」と新皇帝の評価を司馬師に語ります。

司馬師は鍾会の考えを聞くと「新しい皇帝が優秀であるのは嬉しい事だが、

優秀である事が不安だ。先代の皇帝陛下も最初は優秀な人物であったのだ」と

自らの不安を口にします。




目指すは夏王朝を立て直した少康

夏

 

曹髦は魏の王朝を魏の王朝を立て直すために目標としている人物がおりました。

その人物は夏王朝が滅亡寸前に追いつめられながらも、必死になって支えついに、

滅亡と言われていた夏王朝の立て直しに成功した少康(しょうこう)を目標として、

魏の王朝も彼の政治手腕を見習って立て直していこうと考えます。

そして色々な政策を行おうとしますが、司馬師の許可をいちいち仰がなくてはならず、

思うように政治を行う事ができませんでした。

 

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司馬家の操り人形である事を自覚してしまう

曹宇

 

曹髦は何とかして魏の政権を立て直そうと必死になって色々な政策を行おうとしますが、

司馬家の許可をもらわなければ何もできない事に気付いてしまいます。

さらに司馬家が魏の政権を私有化している事に怒った諸葛誕(しょかつたん)が、

反乱を起こします。

この時司馬師はすでに亡く、司馬師の弟である司馬昭(しばしょう)が司馬家の棟梁として

跡を継いでおりました。

彼は諸葛誕が反乱を起こすと曹髦に「陛下。南の反乱を鎮圧するためには、

ぜひ陛下にも出陣してもらいたいと考えております。」と曹髦の出陣を要請していきます。

曹髦は司馬昭の出陣要請を断りたかったのですが、

司馬家の強力な勢力に抗う事を考えると承認せざるを得ませんでした。

こうして諸葛誕討伐戦に司馬昭と共に出陣する事になります。

諸葛誕の反乱は一年程度で決着がつき、その後洛陽へ帰還する事になります。

曹髦は何とか自らが考える政策を実施したいともがきますが、

知らない間に魏の群臣と面会する事すら出来なくなっており、

魏の国を復興させることは非常に難しい状態に陥っておりました。

 

自らの気持ちを表した詩を歌う

朝焼け空 f

 

曹髦は洛陽に帰ってから憂鬱な日々が続いていきます。

その原因は司馬家の専横が日に日に高まっていく事が原因です。

こうした日々を送っていた曹髦はある日「陛下。各地で龍が出現しております。

これは魏にとって非常に喜ばしい事ではないのでしょうか。」と報告を受けます。

しかし曹髦は「いや。そんなことは無い。君が報告してくれた内容では田畑や井戸で

龍が見つかっているとの事であった。龍はそもそも天上にいる生物だ。

にもかかわらずなぜ地上に龍が居るのはおかしなことであり、いい事であるはずがない。」と

報告者に反論します。

曹髦はこの報告を聞いた後自分の心情を述べた詩である「潜龍(せんりゅう)」と呼ばれる

詩を作ります。

この詩は皇帝でありながら思い通りに政治・政策を動かすことができず、

配下の言う事を聞かなければならない、自分の身を嘆いた詩となっております。

この詩を読んだ司馬昭は曹髦に激怒しますが、直接手を下すことはしませんでした。

 

司馬師討伐の兵を挙げるが…

司馬師

 

曹髦はこのままでは司馬昭に皇帝の位を引きずり降ろされてしまうと考え、

司馬家に反乱を起こす旨を側近達に語ります。

曹髦の側近である王経(おうけい)は「陛下。今反乱を起こしても

付き従う正規兵もいない状態で、どうやって戦うつもりですか」と反対意見を述べますが、

曹髦は「俺はもう司馬家に圧迫されて生きる日々は嫌だ」と叫び、反乱を決意します。

こうして曹髦は召使いを率いて司馬師の家に向かって出陣しますが、

この計画はすでに司馬昭にバレてしまい、曹髦迎撃の為に側近である賈充(かじゅう)へ

迎撃するように命令を下します。

賈充は司馬昭の命令を受けると皇帝の軍勢迎撃の陣を敷きますが、

誰一人として皇帝に攻撃を仕掛ける者はおりませんでした。

そのため賈充は将校を呼びつけ「お前らを養っているのはこう時の為に養っているのだ。

皇帝を殺害しても罪には問わないからさっさと倒してこい」と命じます。

賈充の言葉を聞いた部下達は勇んで皇帝の軍勢に襲い掛かり、

曹髦は兵士の刃にかかって命を落とすことになります。

 

曹魏の権力が失墜して滅亡へ進むことになった原因その1:挙兵した時期が遅かった

兵士 朝まで三国志

 

曹髦はこのままでは司馬昭によって、魏の権威はないがしろにされてしまうと

感じて挙兵へ踏み切りますが、失敗して討ち死にし、

曹魏の権威は失墜する事になり、司馬家の専横を許してしまいます。

彼の挙兵が失敗した原因は、挙兵した時期があまりにも遅かった事が原因です。

諸葛誕は司馬家が魏の政権を蔑ろにしている事に激怒して、

司馬家打倒を目標に掲げて挙兵しました。

この時に曹髦が後方の洛陽で司馬家打倒を叫んで挙兵した諸葛誕と連動して挙兵する事が出来たのであれば、

司馬昭を曹髦と諸葛誕の軍勢で挟撃する事になります。

また曹髦が皇帝の命令書である詔を各地の司令官に送れば、

味方してくれる可能性も十分にあったと私は思います。

もし味方してくれなくても中立の立場で、

司馬昭に味方する事はなかったのではないのでしょうか。

このように考えれば歴史は間違えなく変わっていたでしょう。

 

曹魏の権力が失墜して滅亡へ進むことになった原因その2:魏の実質の権力者である皇太后を味方に付けていなかった事

後宮 美女 階級

 

曹髦は挙兵の時期が原因で司馬昭討伐に失敗したと上記で説明しましたが、

他にも原因は色々あります。

その原因の大きな要因は、挙兵時期と皇太后を味方に付けられなかった事だと思います。

皇太后である郭氏は絶大な権力を持っており、司馬昭の兄である司馬師も彼女には

遠慮している気配がありました。

その証左として、曹芳の次の皇帝を決めるときに皇太后の意見を通した事です。

司馬師が絶大な権力者であれば皇太后なんかに意見させずに、

自分で皇帝を決めればよかったのですが、それが司馬師にはできなかったと言う事は、

皇太后の意見を聞かなければならない状況であった事を示唆しております。

司馬昭の時代は兄に比べれば司馬家の地位は安定しておりましたが、

皇太后である郭氏の権力もそれなりにありました。

曹髦も皇太后を味方に付けるべく説得を行いましたが、断られてしまい単独で、

挙兵し敗北してしまいます。

もしここで粘り強く皇太后を説得していれば、味方も召使だけでなく、

それなりの軍勢も味方に付いて司馬家を打倒する事が出来ないとしても、

いい勝負はしたのではないかと思います。

上記の理由から曹髦は司馬昭に敗北し、曹魏の権威は大いに失墜し、

曹魏滅亡へのカウントダウンが始まる事になります。

 

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三国志ライター黒田レンの独り言

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今回は皇帝曹髦をご紹介いたしました。

彼が皇帝になった時が曹魏の政権を立て直す最後のチャンスでありました。

彼が司馬家に曹魏の政権を乗っ取られないように政権をしっかりとした物に

しいればまだ曹魏の政権を立て直すことが可能であったかもしれません。

曹髦は20歳で討ち死にして亡くなりますが、彼がもう少し粘り強い人物であれば、

鍾会が評したように曹植の才能と曹操の武勇を兼ね備えた名君になれたかもしれません。

「今回の三国志のお話はこれでおしまいにゃ。

次回もまたはじめての三国志でお会いしましょう。

それじゃまたにゃ~」

 

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関連記事:【素朴な疑問】三国志時代はどうやって兵士を集めていたの?

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

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横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

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