【呉の猛将・太史慈】相手の隙をついて包囲網を突破:意外と知らない彼の知略エピソード

2017年2月19日


 

はじめての三国志コメント機能バナー115-11_bnr1枠なし

孫呉(孫権黄蓋陸孫周瑜周泰) 

 

呉には知将や猛将など多くの人材を抱えておりました。

孫権の時代には多くの人材が彼の元に集まってくることになります。

知将と言われる人材には周瑜(しゅうゆ)呂蒙(りょもう)魯粛(ろしゅく)陸遜(りくそん)

張昭(ちょうしょう)諸葛瑾(しょかつきん)など知将、文官がいっぱいおりました。

また武将では甘寧(かんねい)凌統(りょうとう)などの猛将や程普(ていふ)韓当(かんとう)など

孫権の父である孫堅の時代から付き従って孫家を支えていた人物もおりました。

今回は孫権のお兄ちゃんである孫策と敵対していた人物ですが、

後に孫策に降伏して孫呉の武将となって活躍した人物・太史慈(たいしじ)の知略エピソードを

ご紹介したいと思います。

 

関連記事:【新企画】朝まで三国志を開催!夜22時~朝6時までノンストップ特別企画!

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


【誤植・誤字脱字の報告】 バナー 誤字脱字 報告 330 x 100



【レポート・論文で引用する場合の留意事項】 はじめての三国志レポート引用について



出身地から逃亡することになった若かりし頃の太史慈

太史慈 逃走

 

太史慈は東莱(とうらい)という所の出身で、若い頃はこの地の役人をしておりました。

しかし事件に巻き込まれて東莱にいることができなくなってしまい、

公孫氏(こうそんし)が領有している遼東半島へ逃亡します。

彼はこの時、老いた母を出身地に残してしまうのですがこの母の面倒を見てくれていたのが、

後に曹操の配下となるも曹操の批判ばかりしていたせいで、殺害されてしまう孔子の子孫である

孔融(こうゆう)でした。

 



恩人の危険を知る

太史慈

 

太史慈は遼東半島に逃亡しますが、数年後生まれ故郷である東莱へ帰ってくることになります。

太史慈が東莱へ帰ってきたとき中華で勃発した農民反乱である黄巾の乱は、

あらかた鎮圧されておりましたが、鎮圧されていない反乱軍も多数おり、

青州(せいしゅう)には黄巾の乱の最大の残党と言われる青州黄巾軍駐屯しておりました。

太史慈の生まれ故郷である東莱には、

幸い黄巾軍の残党が襲いかかってくることはありませんでしたが、

北海(ほっかい)の相となっていた孔融の元に大軍の黄巾軍が押し寄せておりました。

以前太史慈が遼東へ行っている間に孔融が老母の面倒を見てくれた恩を返すために、

彼は黄巾の大軍に囲まれている北海へ向かうことにします。

 

秘策を用いて孔融を助ける

孔融

 

太史慈は北海へ到着すると孔融と会見します。

孔融はこの状態を切り抜けるには近くの平原から救援を仰ぐしかないと考えておりした。

彼の考えを聞いた太史慈は「分かりました。

私がなんとかこの包囲網を突破して平原へ行って救援軍を呼んでまいりましょう。」と述べます。

しかし北海の城は黄巾軍に包囲されているので、包囲網を突破して平原へたどり着くのは

至難の業でした。

そこで太史慈はある秘策を用いることにします。

 

太史慈の秘策:城外で毎日弓矢を射る

太史慈と黄巾賊

 

太史慈は城門を開いて城外へ出ると城の空堀へ向かいます。

そしてこの空堀の中で彼は弓の練習を行って城外へ帰っていきます。

次の日も彼は再び城外へ姿を現すと弓を射る練習を行います。

こうして幾日か弓の練習を城外で行うと黄巾軍は次第に彼に警戒心を抱かなくなってきます。

太史慈は黄巾軍が自分に警戒心を抱かなくなってきた隙をついて、

包囲陣へ向かって馬を走らせて突破していきます。

そのまま太史慈は平原の相をしていた劉備に救援を頼み、

大軍を率いた劉備と共に太史慈は孔融を救うことに成功します。

 

三国志ライター黒田レンの独り言

黒田廉さん02a

 

三国志の呉の猛将である太史慈の知略エピソードを今回はご紹介しました。

蜀の五虎将軍である張飛も蜀に進行してきた魏軍の大将・張郃(ちょうこう)に対して、

知略を用いて戦っております。

意外と猛将と言われている人達もいくつもの戦場を体験していることから、

戦場における知識を駆使した知略を持っているのではないかと思いますが、

皆様はどのように思いますか。

 

参考文献 三国志 勝つ条件 敗れる理由 加来耕三著など

 

 

関連記事:【三国志if】もし袁紹が官渡の戦いで曹操に勝ってたらどうなってたの?

関連記事:「後漢の州人口」から読み解く群雄の力!曹操が袁紹の本拠地を欲しがった理由も分かる!

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 

  • この記事を書いた人
  • 最新記事
黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

三國志が大好きです。オススメのマンガは曹操を描いた蒼天航路がオススメです。三國志の小説のオススメは宮城谷昌光氏が書いた三國志です。好きな食べ物はマグロ、ぶり、アジが大好きな猫です。

-はじめての呉
-