架空戦記
北伐

はじめての三国志

menu

はじめての漢

張羨(ちょうせん)とはどんな人?天下分け目の荊州合戦、劉表と争った南郡の支配者

この記事の所要時間: 317




 

荊州牧の劉表(りゅうひょう)は、内政的には有能ですが、外交面では、

基本的に日和見(ひよりみ)で政権を運営した感じがします。

天下分け目の官渡の戦いでも、曹操(そうそう)にも袁紹(えんしょう)にもつかず

ぐずぐずしていて優柔不断に見えます。

実は、劉表は、どちらかと言えば袁紹に与しましたが特に何もしていません。

しかし、それは劉表が日和見していたからではなく、それどころでは無かったからです。

その頃、劉表は手ごわい反逆者、張羨(ちょうせん)との戦いの最中でした。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:【新企画】朝まで三国志を開催!夜22時~朝6時までノンストップ特別企画!




荊州南陽郡出身の張羨は人望厚く南郡を支配していた

 

張羨は生没年不詳ですが、後漢の末に酷政を行い反乱を起こされた交州刺史の

朱符(しゅふ)の後継の交州刺史として後漢王朝から派遣されたようです。

この後、交州は士燮(しきょう)が牧として統治して各地に一族を派遣して安定します。

 

一方の張羨は交州安定の手柄か、零陵、そして桂陽の大守として人心を集めていきます。

張羨は有能でしたが、誇り高く傲岸不遜で、荊州牧である劉表に従いませんでした。

荊州の支配を強化したい劉表は、自分に盾突く張羨を嫌っていました。




新興宗教の教祖?漢王室を尊敬しなかった張羨

 

また、一説によると、張羨は漢民族の伝統的な習俗を否定して

漢王朝を敬わず邪俗の教えに親しんで天の助けを待っていたとも言われています。

もしかすると、新興宗教に傾倒していたのかも知れません、

それでも人心を集めたという点を見ると、五斗米道の張魯(ちょうろ)のように

有能で公正な教祖だったという事でしょうか。

 

しかし、漢の王室を敬わず、独自の政治姿勢を敷くと言うのは、

劉表から見れば邪教を信じる人でしかなく軽蔑の対象になりました。

張羨は、そのような劉表の差別的な扱いに不満を持っていたようです。

 

関連記事:太平道だけじゃない!後漢末はどんな宗教が流行ったの?

関連記事:もうひとつの宗教団体、五斗米道(ごとべいどう)ってどんな宗教だったの?

 

張羨は長沙の大守となり劉表に反旗を翻す

 

次に長沙の大守になった長羨は、西暦198年、長沙、桂陽、零陵の

3郡で同時に決起して劉表に反旗を翻しました。

 

南郡の広範囲で反乱が起きた事で、劉表はびっくり仰天し、

すぐさま、討伐軍を送り込みますが張羨の軍勢は強く、中々倒せません。

その中で時間だけが流れていき、二年間が経過しました。

 

官渡の戦い勃発、張羨は桓階の勧めで曹操に付くが・・

 

西暦200年、曹操と袁紹の間で官渡の戦いが発生します。

劉表は遠交近攻の政策を取り、袁紹と結びました。

 

一方で、張羨の配下であった桓階(かんかい)は

 

「袁紹は献帝を擁している曹操に弓を引く逆賊ですから、

ここは曹操に味方した方が得策です」と進言します。

 

張羨はなるほどと思い、桓階を曹操の下に派遣しました。

味方に乏しかった曹操はこれを大喜びで迎えます。

しかし、袁紹との戦いで精一杯の曹操は、劉表と戦う張羨の為に

兵力を割く余裕がありませんでした。

 

関連記事:官渡の戦いでも使われ東西を問わず世界中で取られた戦法「坑道戦」って何?

関連記事:【三国志if】もし袁紹が官渡の戦いで曹操に勝ってたらどうなってたの?

 

張羨は病死、しかし、南郡の人々は息子張懌を立てて抵抗

 

劉表は、袁紹に組みしようとしましたが、張羨の南郡が気になり、

袁紹に兵力を送るどころの騒ぎではありませんでした。

結果として、張羨の南郡での騒乱は曹操を間接的にアシストしています。

ですが、煮ても焼いても食えない張羨も寿命には勝てずに201年には病死。

これで戦争は終わるかに見えましたが南郡の人々は、

張羨の息子の張懌(ちょうえき)を指導者として、さらに抵抗しました。

 

この凄まじい抵抗力は、どうも宗教くさいのですが、或いは、張羨が

上手く南郡の実力者を取りこんでいた成果かも知れません。

いずれにせよ、このような広範囲、かつシツコイ反乱は小豪族の単発の反乱を

超えており張羨は反乱者ではなく劉表の対抗馬と考えても良さそうです。

 

ですが、張懌には、張羨程の指導力はなく劉表に撃破されてしまいます。

こうして、劉表は零陵、桂陽を吸収し、荊州一国を制覇した主となり、

中国各地から名士・学者を招いて文化を発展させました。

3年続いた天下分け目の荊州合戦は、劉表に軍配が上がったのです。

 

三国志ライターkawausoの独り言

 

荊州牧は劉表というすりこみがある私達には張羨が反逆者に見えますが

事実はそうではなく、荊州の領有を劉表と争った群雄だったかも知れません。

そうして考えると、劉表は最期に張羨を降して、荊州の支配権を確立し、

そこでやっと荊州は安定を見たとも言えるでしょう。

 

因みに曹操に付くべきと進言した桓階は張羨の死後は在野に降り、

劉表の仕官の誘いも断り、まもなく曹操に仕えて、曹丕(そうひ)の時代には、

厚い信頼を受け、九卿に登るような大出世をします。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:【三国志if】もし袁紹が官渡の戦いで曹操に勝ってたらどうなってたの?

関連記事:「後漢の州人口」から読み解く群雄の力!曹操が袁紹の本拠地を欲しがった理由も分かる!

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

kawauso

kawauso

投稿者の記事一覧

三度の飯の次位に歴史が大好き

10歳の頃に横山光輝「三国志」を読んで衝撃を受け
まずは中国歴史オタクになる。
以来、日本史、世界史、中東、欧州など
世界中の歴史に興味を持ち、
時代の幅も紀元前から20世紀までと広い。
最近は故郷沖縄の歴史に中毒中、、

好きな歴史人物:

西郷隆盛、勝海舟、劉邦、韓信、、etc

何か一言:

歴史は現在進行形、常に最新のジャンルです。

関連記事

  1. 韓遂(かんすい)とはどんな人?生涯の大半を反乱にささげた不屈の反…
  2. 三国志の有名武将のように私も歴史に名前を残したい!どうしたらいい…
  3. 【桓騎 vs 慶舎】黒羊の戦いは史実にあるの?本当にあった戦いな…
  4. 高順(こうじゅん)ってどんな人?張遼と双壁を為す呂布軍の名将
  5. これは意外!?三国志時代では戦争の必需品だった短刀
  6. マイナーですまん!袁術に滅ぼされた陳王 劉寵(りゅうちょう)
  7. 【キングダム】龐煖(ほうけん)が戦死する理由を史実をもとにネタバ…
  8. 57話:劉備はどうやって三国志界の天才軍師・諸葛孔明を手に入れた…

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 超短気な三国志の人物を集めてみました、あなたの友達とどっちが上?
  2. 成蟜(せいきょう)ってどんな人?史実の通り策士な政(始皇帝)の弟
  3. 激務をちょっと忘れられるホッと一息の「ユルめ記事」2016年総集編
  4. 魏が好きな皆さんへ!五分でわかる曹魏の逸話を紹介【三国志逸話列伝】
  5. 【三国志の民話】情けない顔で帰ってくる周瑜に小喬ブチ切れ!
  6. これはキツイ!健康が回復するかで刑罰が決まる保辜(ほこ)

三國志雑学

“広告募集"

はじめての三国志の書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

「自治三訣」って一体どんな言葉?東京都知事の所信表明に出てきた言葉を分かりやすく! 【シミルボン】戦だけが能じゃない?三国志の英雄達を詩で比較してみたよ! 【授業に出るかも】正史三国志と三国志演義の違いは何? 董和(とうか)とはどんな人?孔明に認められた蜀の貴重な人材 今更勉強しにくい鎌倉時代ってどんな時代なの?アンゴルモア 元寇合戦記を100倍楽しむ! そんなカバな!!赤兎馬はカバだった?関羽は野生のカバに乗って千里を走った?(HMR) 実は無能では無かった?少帝が妃と交わした最後の歌が悲しすぎる 甘過ぎるおかん孔明!部下に厳しく出来ない事実が発覚!

おすすめ記事

  1. 蜀は龍を。呉は虎を。魏は狗をで知られる諸葛誕の一族が一番優秀だった!?
  2. 劉備だけじゃない、漢王室の末裔 劉虞
  3. 【ファン必見】2016年スーパーエリート袁術君の活躍まとめ26選
  4. 【三国志で例えるよ】初心者でも『ジャンヌ・ダルク』『百年戦争』が分かる。基礎&豆知識!
  5. 呉の家臣団の組織関係が孫策時代と孫権時代が全く違い面白い
  6. 孫権VS張昭、その激しい君臣喧嘩の勝敗は?
  7. 【中華版聖闘士○矢】集まれ!光武帝と雲台二十八将を全員紹介
  8. 【曹叡なんか目じゃないぜ】キングダムの秦王政は土木工事が大好きだった件

はじさん企画

帝政ローマ
広告募集
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
PAGE TOP