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妻が13人もいた曹操が一番愛した女性は誰だったの?

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英雄、色を好むと言いますが、曹操もご多分には漏れませんで、

13名の妻を持ち子供は男女合わせて32名という艶福(えんぷく)家でした。

平和な時代の権力者なら100名子供がいても珍しくはありませんが、

生涯、戦争ばっかりやって、これだけの成績を残すのですから曹操という人は、

時間の使い方が相当に上手だったのでしょう。

では、そんな曹操が一番、愛した女性とは、誰だったのでしょうか?

 

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丁夫人、卞夫人、環夫人の3名が本命

 

いかに妻が13名いると言っても、平等ではなく身分も重要度も違います。

また子供を産んだか、その子供は男か女かでも地位と立場に違いがあり、

それを踏まえると、曹操が特に寵愛したのは丁(てい)夫人と卞(べん)夫人と

環(かん)夫人に絞られます。

それでは、3名の夫人の曹操との親密さを検証しましょう。




曹操の嫡男を育てた丁夫人

 

丁夫人は、名門の出の女性らしく、曹操の最初の正室でした。

曹操は、それ以前から劉夫人という女性がいましたが側室だったようです。

子供が生まれない丁夫人でしたが劉夫人が病で亡くなり、その遺児を預かり

養育する事になりました、その子が嫡男の曹昴(そうこう)です。

 

このような事は当時、珍しくは無いのですが、しかし我が子がないまま、

他の夫人から預かった遺児を育てる事には心理的葛藤もあった事でしょう。

ですが、曹昴と丁夫人の仲は良く、実の子のように大事にしたようです。

そのままなら、この曹昴が曹家の後継者だったのですが西暦197年、

曹昴は、曹操について宛の張繍(ちょうしゅう)に叛かれた時、

父を庇って自分の馬を与え、その為に逃げきれず戦死しました。

 

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丁夫人亡き後の曹家を支えた卞夫人

 

曹昴の死によって、丁夫人は曹操を責めるようになり、やがて別居し関係は崩壊、

曹操は丁夫人と離婚して途方に暮れますが、その後に夫人に昇格したのが卞夫人でした。

彼女は、芸妓の出身でしたが、よく分った人で、曹操が次々連れてくる女達に

表立って嫉妬の念も見せず、その子供達も含めて、全て我が子同然に扱いました。

彼女が生きている間、曹家の後宮では、大きなもめ事は起きていません。

 

家が潰れるのは、大体、後宮が揉める事が大きな原因ですから、

曹操の覇業は卞夫人の献身なしにはあり得ない事でした。

子供は、曹丕(そうひ)曹彰(そうしょう)曹植(そうしょく)

曹熊(そうゆう)等がいて、曹丕は曹操の後を継ぎ、

曹植は曹丕と後継者の位を争うなどいずれも優秀でした。

 

関連記事:卑しい身分から、曹操の正妃へ卞夫人 Part.1

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子供を曹操に寵愛された環夫人

 

環夫人は、正室にはなれず、側室のままでした。

徐州の出身で、曹操が徐州に侵攻した時に、土地と財産の保全と引き換えに

人身御供として差し出された可能性があります。

可哀想な境遇ですが、曹操には愛され、曹沖(そうちゅう)、曹宇(そうう)、

曹據(そうきょ)という男児に恵まれました。

 

曹操は、環夫人の子供を寵愛し、特別な字を与えています。

例えば、曹沖の字は倉舒(そうじょ)と言いましたが、これは中国伝説上の帝王、

黄帝の孫にあたる帝顓頊(てい・せんぎょく)の子供の八子の一人である倉舒から取られ、

同じく曹宇の字の彭祖(ほうそ)は帝顓頊の玄孫で700歳を超えて生きた

長寿の人物でした。

 

この中でも曹沖は、少年時代から聡明な人として知られ、長らく曹操の後継者の

有力株でしたが、14歳で死去、曹操は嘆き悲しんでいます。

 

曹丕は、後に曹沖が生きていれば、自分に後継者の目は無かったと述懐し

どれだけ曹操が曹沖を溺愛していたかが窺えます。

 

ただ、環夫人は、万事に控えめで積極的に権力を狙っておらず、

息子達も同様であった為に、曹丕と競合する事はなく曹丕も即位後、

彼女に環太妃の称号を贈っています。

 

総合的に見て、曹操が一番愛したのは丁夫人

 

甲乙つけがたい3名ですが、それでも一番、曹操が愛した女性と言えば、

やはり最初の正室であった丁夫人ではないかと思います。

その理由は、彼女だけは、曹操が自ら追い関係修復を考えた唯一の人だからです。

 

曹昴の戦死には、曹操に大きな非がありました、それは曹操が宛の張繍からは

亡兄の妻に当たる未亡人の鄒(すう)氏を権力をかさに奪って関係を持ち、

それを契機に張繍が叛く事になったからです。

 

「曹操さえ、火遊びをしなければ、曹昴は死ななくて済んだ」その無念の想いが

激しい曹操への恨みになり、別居という選択を丁夫人に取らせます。

しかし、女性に不自由せず、去る者は追わずの曹操は、この時ばかりは未練があり

自ら丁夫人を迎えに行き、よりを戻してくれと懇願します。

 

これは男性優位の三国志の時代の社会では異例の事です。

ところが、それでも丁夫人は帰らず、曹操も諦めてしまうのです。

 

晩年に、つぶやいた唯一の後悔が丁夫人の事だった

 

曹操は善くも悪くも未来志向です、息子が死んだのは悲しいが、泣いた所で

過ちは無かった事にはならないし、曹昴も帰ってこないと割り切ります。

それでも、晩年に人生を振り返って、こう述懐します。

 

「私は自分の人生を後悔していない、だが一つだけ心残りがある

もし、あの世というものがあって、子脩(ししゅう)が私の母はどこですか?と

聞いてきたなら、どう答えたらいいだろう」

 

子脩とは曹昴の字です、先にあの世に行った息子が私に母の安否を尋ねても

人生が別々になった私には、答えてやる事が出来ないと悔いているのです。

 

三国志ライターkawausoの独り言

 

人間、人生の最期には、本当に大事な事を思い起こすと言います。

行きつく暇も無い怒涛の人生を送った曹操が、自分の歩んだ道を振り返った時

彼の心に去来したのは、振り切ったつもりだった丁夫人の姿だったのです。

そう考えると、曹操が一番愛した女性は、丁夫人だったと言えるのでは

ないでしょうか?

 

 

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—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

kawauso

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三度の飯の次位に歴史が大好き

10歳の頃に横山光輝「三国志」を読んで衝撃を受け
まずは中国歴史オタクになる。
以来、日本史、世界史、中東、欧州など
世界中の歴史に興味を持ち、
時代の幅も紀元前から20世紀までと広い。
最近は故郷沖縄の歴史に中毒中、、

好きな歴史人物:

西郷隆盛、勝海舟、劉邦、韓信、、etc

何か一言:

歴史は現在進行形、常に最新のジャンルです。

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