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執筆者:石川克世

新事実!?邪馬台国は魏とお金を使って貿易していた?(HMR)

邪馬台国と魏の兵士




 

天皇陛下の退位が2018年中に行われることが内定して

話題になっていますね。

 

 

日本の皇室は日本書紀の記述によれば神話の時代から続いており、

2017年の時点で、現在まで続いている皇統としては世界最古とされます。

まだまだ、謎の多い日本古代史。

とても浪漫を感じますね。

 

 

閑話休題。

みなさんも歴史の授業で習ったことかと思いますが、

日本で最初の正式な貨幣とされる「和同開珎(わどうかいちん)」が

鋳造・発行されたのは、飛鳥時代の末期、708年だとされています。

 

ところが。

なんと、和同開珎から遡ること650年以上前に、

すでに日本にも貨幣経済の概念が中国からもたらされていたという、

驚くべき事実の証拠となるものが、2017年5月、兵庫県の淡路島で

発見されたというニュースが飛び込んできました。

 

 

和同開珎から650年以上前の日本は、まだ弥生時代にありました。

果たして、この時代の日本人は本当に「お金(貨幣)」を

使用していたのでしょうか?

 

今回、わが「はじ三ミステリー特捜班」は、

この謎に迫ってみようと思います。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:松本清張も注目!邪馬台国(やまたいこく)はどこにあったの?




その前に、中国の貨幣制度をおさらいしてみよう

 

古代中国、殷から周の時代(紀元前17世紀から紀元前10世紀)に

かけて、すでに貝(タカラガイ)や亀甲が貨幣として

用いられていたことが知られています。

 

 

金属を鋳造して作った貨幣=硬貨が登場したのは春秋戦国時代でした。

秦による全土統一の後、始皇帝は度量衡(物の重さや量、長さの単位)の

統一を行い、「半両銭(はんりょうせん)」という貨幣を発行しました。

 

マジですか?始皇帝が半両銭に込めたメッセージに震える・・

中華統一後の始皇帝は大手企業の社長並みの仕事ぶりだった!?彼が行った統一事業を紹介

 

この半両銭は、「円形方孔」=円形に四角い孔の開いた形状をしており、

この形状を持つ貨幣は日本でも江戸時代まで使用されていました。

 

漢の時代に入ると「五銖銭(ごしゅせん)」という貨幣が発行され、

それは唐の時代に入り、「開元通宝(かいげんつうほう)」が

発行されるまで続きます。

 

関連記事:後漢末の貨幣経済を破綻させた、董卓の五銖銭(ごしゅせん)




淡路島で発見された「貨泉」とは?

※写真引用元:近畿で37年ぶり、貨泉3枚出土 あすから公開 南あわじ /兵庫  「毎日新聞」

 

2017年5月18日、兵庫県南あわじ市(淡路島)の教育委員会が、

同島の入田稲荷前遺跡から古代中国の貨幣3枚が

出土したことを発表しました。

 

 

その、発見された貨幣は、西暦14年から40年にかけて鋳造された

「貨泉(かせん)」と呼ばれる円形方孔の貨幣でした。

これはちょうど、前漢と後漢の間、「新」の時代にあたります。

 

王莽(OHMOU)は何しに日本へ?

 

実は、「貨泉」が日本国内で発見されたのは、これが最初ではありません。

この淡路島での発見を含め。179枚の「貨泉」が見つかっています。

つまり、このことは、「貨泉」が流通していた時代に、

日本と中国に経済的交流があった証拠、とも言えるでしょう。

 

 

「新」と言えば、中国史上、初めて皇位を簒奪した男、

王莽(おうもう)が成立させた王朝です。

 

王莽の時代、日本はまだ弥生時代にあります。

新の時代の貨幣である「貨泉」が、なぜ日本にあったのか?

王莽は何を求めて日本と交流を持ったのでしょうか?

 

関連記事:王莽(おうもう)ってどんな人?中国史で最初に帝位を譲りうけた人物

関連記事:魏王朝から禅譲後に晋の領内で進撃の○○が出現した!?

 

推測:王莽は始皇帝になりたかった?

 

ここで思い出されるのが、かの除福(じょふく)の伝承です。

あ、徐福とは言っても、マザコン軍師徐庶君のことじゃないですよ?

ここで言う徐福とは、秦の始皇帝に不老不死の霊薬が東方にあると進言し、

その命を受けて日本に渡ったとされる、あの徐福のことです。

 

始皇帝は不老不死を求めて何で水銀を飲んだの?

 

不老不死の妙薬を求めて? 孫権の倭国(日本)遠征計画

 

王莽は、周の時代の礼節が忘れられた漢の時代を嘆き、

皇帝の地位についてからは、周の時代の礼節を復興させようと、

懐古主義的な政策をとったことが知られています。

 

彼が、自分の死後、再び周の礼節が忘れ去られることを恐れた

可能性は十分、考えられることです。

 

自らが永遠に中国全土を統治し、周の時代の礼節を永続させたい。

皇帝という絶大な権力を持つ地位についた王莽が、

そんな願望を抱いたとしても、不思議はありません。

もしかすると、彼もまた、不老不死の伝説を求め、

その使者を日本に派遣していたのではないでしょうか?

 

関連記事:呉と倭は外交交渉をしていたの?日本を目指した衛温と諸葛直

関連記事:【教科書に載らない歴史ミステリー】徐福は神武天皇になったってホント?

 

ここで、緊急速報!沖縄県那覇市で「明刀銭」を発掘

 

おっと、ここで別の情報が入ってまいりました。

 

沖縄県那覇市で、大正末期から昭和初期に行われた発掘作業では、

中国の戦国時代に存在した燕の国で鋳造された「明刀銭」が

発掘されているとのことです。

 

戦国時代は王莽の新の時代から約400年以上前に当たります。

琉球(沖縄の古い呼び名)が日本の朝廷と関わりを持った

最も古い記録は「続日本紀」に見ることができ、

その記述によると714年のこととなります。

 

これは奇しくも「和同開珎」が鋳造・発行された時期と

ほぼ同時期にあたりますが、

歴史書の記述以前に沖縄から貨幣という概念がもたらされた

可能性は十分に考えられます。

 

この情報は、Kawauso様から提供戴きました。

貴重な情報提供、ありがとうございます。

 

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和同開珎以前にもあった、日本の貨幣

 

日本で出土している「貨泉」の量はごく限られており、

実際に貨幣による交易が行われたという可能性は低いと

考えられています。

 

しかし、弥生時代の遺跡から「貨泉」が発見されたことで、

その時代の日本人が、すでに貨幣経済を知っていた可能性は

十分あるでしょう。

 

 

日本で最初に公式の貨幣が鋳造・流通したのは、

708年の「和同開珎」であったとされています。

「貨泉」の到来から「和同開珎」の流通まで約650年以上

間があることになります。

 

この間、日本で貨幣経済がまったく行われていなかったとは

考えにくい話です。

 

和同開珎以前に存在した日本の貨幣・富本銭と無文銀銭

 

実は、和同開珎以前に発行されたとされる貨幣は存在します。

 

(写真引用元:富本銭 wikipedia)

 

「富本銭(ふほんせん)」は683年頃に鋳造したと推定されている貨幣で、

708年に発行された和同開珎と同様の円形方孔の貨幣です。

「富本銭」より更に前の時代には「無文銀銭(むもんぎんせん)」という

銀の延べ板を加工して作られた貨幣が存在していました。

 

これらの貨幣には「厭勝銭(えんしょうせん)」、つまり

まじない事に使われた道具であったという説があり、

実際に流通貨幣として使用されていたかどうかは不明です。

 

推測:邪馬台国と魏は貨幣で貿易していた?

 

三国時代よりも前、新の時代には、中国から「貨泉」が日本に到来し、

日本に貨幣経済の概念が伝わっていた可能性は十分にあります。

 

 

 

邪馬台国は三国時代の魏と交流があったことが知られていますが、

もしかすると、その時代、すでに貨幣による交易が行われていた

……という可能性も考えることは可能では、ないでしょうか?

 

関連記事:倭国 「魏志倭人伝」 から読み取る当時の日本、邪馬台国と卑弥呼を分かりやすく解説

関連記事:邪馬台国が魏と外交出来たのは司馬懿のおかげ?

 

HMR班によるまとめ

 

和同開珎以前の富本銭や無文銀銭が実際の貨幣として

流通していたかどうかは、いまだ不明点が多く、

はっきりしたことはわかりません。

 

しかし、弥生時代の日本に、すでに貨幣経済の概念が

あったとしたら……日本史のイメージが大きく変わると思いませんか?

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:そんなカバな!!赤兎馬はカバだった?関羽は野生のカバに乗って千里を走った?(HMR)

関連記事:いつまでやるの?またまた『赤兎馬=カバ説』を検証してみる。第2弾【HMR】

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




石川克世

石川克世

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三国志にハマったのは、高校時代に吉川英治の小説を読んだことがきっかけでした。最初のうちは蜀(特に関羽雲長)のファンでしたが、次第に曹操孟徳に入れ込むように。三国志ばかりではなく、春秋戦国時代に興味を持って海音寺潮五郎の小説『孫子』を読んだり、
兵法書(『孫子』や『六韜』)や諸子百家(老荘の思想)などにも無節操に手を出しました。

好きな歴史人物:

曹操孟徳
織田信長

何か一言:

温故知新。
過去を知ることは、個人や国家の別なく、
現在を知り、そして未来を知ることであると思います。

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