三国志平話
はじめての三国志コミュニティ




はじめての三国志

menu

三国志の雑学

陸遜はなんで改名をしたの?陸議と魏書では記載されているイケメン陸遜の改名に迫る

この記事の所要時間: 235




 

222年の夷陵の戦いでは、寡兵ながら深謀と的確な判断によって

経験豊富な劉備(りゅうび)を撃退して名声を得た呉の英雄・陸遜(りくそん)

 

234年の合肥新城を巡る戦いでは、江夏から襄陽に侵攻していた陸遜は、

敵の虚を突いて見事に撤退しました。

曹叡(そうえい)(明帝)は、陸遜の用兵は孫子(そんし)呉起(ごき)に匹敵すると称賛しています。

 

今回は、魏にも蜀にも恐れられた人物・陸遜の改名の謎に迫ります。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:陸遜の生い立ちはどんな感じ?知られざる陸遜の前半生に迫る

関連記事:陸遜も参戦した合肥の戦い(第四次戦役 234年)を分かりやすく解説

 

 

三国志正史・呉書

 

三国志正史の呉書には、陸遜についてこう記されています。

 

「陸遜字伯言、呉郡呉人也。本名議、世江東大族」

陸遜の字(あざな)が伯言であるという点は問題ないのですが、

本名は「議」であるというのです。

つまり当初は陸遜ではなく、「陸議(りくぎ)」だったということになります

 

陸遜は、君主以外で単独の伝を編纂されているほどの重要人物です。

これに該当するのは他に蜀の諸葛孔明(しょかつこうめい)しかいません。

 

陸遜伝では以降すべて陸遜の名で統一されています。

改名の理由、時期についての詳細については、

正史の著者の陳寿だけでなく、後に注釈を施した裴松之も触れていません。

 

 

本名が陸議なのは間違いない

 

唯一、呉書では周鮑の伝でのみ、陸遜のことを陸議と呼んでいます。

実に不思議な話です。同じ呉書でも一方では陸遜と記し、一方では陸議と記しているのです。

 

ただし、周鮑の伝についてだけは、魏の曹休(そうきゅう)を欺くための手紙の内容で陸議と触れられています。

つまり、他国に対しては陸遜ではなく、陸議の名が広まっていたということの証です。

 

仮に手紙に、陸遜と書いても、「誰それ? 1年目のルーキー?」みたいな感じになって、

策略は失敗してしまったことでしょう。

 

はじめての三国志メモリーズ

三国志の武将に特化したデータベース「はじめての三国志メモリーズ」を開始しました

 

改名は珍しいことなのか

 

日本の戦国武将だと、改名するのはごく一般的な話なので誰も驚きません

江戸幕府を開いた徳川家康(とくがわいえやす)ですら、元は松平元康(まつだいらもとやす)と名乗っていましたし、

幼名は松平竹千代(まつだいらたけちよ)です。姓も名もまったく違いますね。

 

三国志では黒山賊の頭目である張燕(ちょうえん)が、

以前の頭目だった張牛角の死去の際に褚燕(ちょえん)から張燕に姓を改めています。

曹操(そうそう)の軍師のひとり、程昱(ていいく)も元は程立でしたが、曹操のアドバイスによって程昱に改めました。

 

現代だと有名人が改名すると、ネット上は大騒ぎになるでしょうが、

昔は特別なことではなかったのかもしれません。

 

ちなみに「くりぃむしちゅー」の以前のコンビ名は

海砂利水魚(かいじゃりすいぎょ)というヒール感たっぷりの名前でしたが、罰ゲームで改名しています。

 

なぜ陸遜は改名したのか

 

まさか陸遜が、改名をかけた勝負に負けて、その罰ゲームとして、

陸議から陸遜になったとは考えにくいですね。

確率的には1%ほどでしょう。

確率が低い理由は、「陸遜が負け知らずだった」と史実が立証しているからです。

 

ではなぜ改名することになったのでしょうか?

これは「三国志十大ミステリー」のひとつなので、正解は不明ですが、諸説あります。

単なる気分転換とか、主君である孫権(そんけん)の命令とか、宋の太宗(たいそう)の諱を避けたとか。

 

明智小五郎(あけちこごろう)をリスペクトする私が推理するに、陸遜は、敵対国が「魏」なので、

同じ響きの「議」を嫌がったのではないでしょうか。

 

なので、呉の国内ではかなり以前から陸議ではなく、陸遜と名乗っていたのです。

しかし、インターネットが普及していなかったこともあり、

他国にまでは浸透しなかったと考えられます。

 

三国志ライターろひもとの独り言

 

おそらく、シャーロックホームズをリスペクトしている江戸川コナンくんが推理すると、

また違った仮説が立てられることでしょう。

 

そして、「真実はいつもひとつ!」とか言われて、私の仮説は真っ向から否定されるはずです。

私は完全にコナンくんの引き立て役ですね。

いいです。それでも。真実が明かされるのであれば……

「そうだ、毛利探偵事務所に聞いてみよう!」

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:陸遜は兵法の本質を理解していた戦術家だったの?夷陵の戦いから読み取る陸遜の能力

関連記事:陸遜の妻は誰?妻はなんと大喬との間の子供だった?

 

関羽の弔い合戦「夷陵の戦い」を分析
夷陵の戦い

 

 

ろひもと理穂

ろひもと理穂

投稿者の記事一覧

三国志は北方謙三先生の作品が一番好きです。

自分でも袁術主役で小説を執筆しています。ぜひこちらも気軽に読んでください!

好きな歴史人物:

曹操、蒲生氏郷

何か一言:

袁術は凄いひとだったかもしれませんよー!!

関連記事

  1. 【徐庶ママ酷すぎ】息子の評価が軽くグレるレベル
  2. 三曹七子にも並ぶ女流詩人、蔡文姫の数奇な人生
  3. 【軍師連盟】司馬懿は曹操の仕官の誘いを何で断わったの?
  4. 楊脩(ようしゅう)は何故、曹操に殺されたの?曹植と禰衡にも愛され…
  5. 袁紹に殺された2000人以外にも歴代の皆殺しに注目してみた。ちょ…
  6. 誰かに話したくなる!自由すぎ、フリースタイルな三国志の武将達8選…
  7. 諸葛亮が発明した三国志のミリ飯「博望鍋盔」を実食!
  8. 六鞱(りくとう)とはどんな本?太公望が武王にマジギレ?

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 張良(ちょうりょう)とはどんな人?高祖劉邦の右腕として活躍した天才軍師(1/3)
  2. 【三顧の礼】均ちゃんの野望ホントは劉備に仕官したかった諸葛均
  3. 身内以外の意見は聞かない暴れ者・項羽が少年の意見だけは聞いた?
  4. 悪女か?恩義に生きた美女か貂蝉の生涯とは?
  5. 荊軻(けいか)とはどんな人?伝説の暗殺一家ゾルディック家もびっくり!秦王政を暗殺しようとした男
  6. 【kawausoミエル化計画】地味な劉表政権をミエルカしてみたよ!

三國志雑学

“はじめての三国志150万PV" はじめての三国志コミュニティ総合トピック
“広告募集"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

長友佑都の「アモーレ」発言!後漢の時代でも普通に使われていた?後漢にやってきたローマ使節 五丈原の戦いの裏側で活躍した魏の満寵とは?前編 【悲報】孔明の発明品で戦死した人物が実在した。鎧を過信した南朝宋の軍人・殷孝祖 【諸葛亮孔明に学ぶ学習方法】夏休みの宿題にも応用できる? 曹操の機転。濮陽の戦いと定陶の戦い 【危篤の孔明そっちのけ!】始まっていた五丈原の権力争い 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース19記事【11/21〜11/27】 武田信繁(たけだのぶしげ)とはどんな人?武田信玄の片腕と呼ばれた名将

おすすめ記事

  1. 三国志の名将・鄧艾の栄光が終わることになった出過ぎた発言とは!?
  2. 三国志偏差値を一気に上昇させる!マニアックなコアファン向け参考文献
  3. 『史記』に託された司馬遷の激情とは
  4. どうやったら蜀は魏を滅ぼして天下統一を果たせたの?【ろひもと理穂の考察】
  5. 蘇秦(そしん)とはどんな人?秦の圧力を跳ね返す為、六国を結び付けた合従論者 Part.2
  6. 【10月の見どころ】10/12公開予定:【濡須口の戦い功労者列伝】なんども挽回したタフな将軍徐盛
  7. 蚩尤(しゆう)とはどんな神?キングダムからガンダムまで大人気の苗族の祖神
  8. 【kawausoミエル化計画】地味な劉表政権をミエルカしてみたよ!

はじさん企画

袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志"
“邪馬台国"
PAGE TOP