李傕と郭汜のズッ友の誓いは何故破られた?二人が争った理由は女性関係だった?

2021年8月7日

編集体制の詳細を見る
kawauso編集長(石原 昌光)

編集責任者

kawauso編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月に「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

提供する掲載情報について

『はじめての三国志』は、複数の企業と提携し情報を提供しており、当メディアを経由して商品への申込みがあった場合には、各企業から支払いを受け取ることがあります。

ただし、当メディア内での商品評価に関して、提携の有無や支払いの有無が影響を及ぼすことはありません。また、当メディアで得た収益は、読者の皆様により役立つコンテンツ制作へ還元し、情報の正確性担保に努めています。

詳しくは 編集ポリシー をご覧ください。


 

はじめての三国志コメント機能バナー115-11_bnr1枠なし

李傕・郭汜祭り

 

李傕(りかく)(かくし)汜と言えば董卓(とうたく)の配下であり、董卓亡き後の朝廷でやりたい放題やらかした幼なじみ同士であり、もしかしたら「ズッ友の誓い」をやったのかどうかは分からないけど仲が良かった二人です。

 

李カク(李傕)と郭汜

 

しかしそんな二人もとある人物によってその仲を裂かれ、対立してから転げ落ちるように転落の一途を遂げますが……その人物とは女性だった? 今回はこれらについて少しお話しましょう。

 

李傕について

李カク(李傕)

 

李傕は涼州(りょうしゅう)出身で、董卓に仕えていました。その董卓が漢王朝の権力をほしいままにすると、袁紹(えんしょう)によって反董卓連合が結成されます。

 

 

これによって董卓は洛陽から長安に遷都、この際に李傕は牛輔(ぎゅうほ)の指揮下に入るのですが、陳留(ちんりゅう)潁川(えいせん)の諸県で男性は虐殺、女性は誘拐、凌辱する正に悪鬼の所業を行います。このような行いをする人物ですからそれはもう周囲から嫌われていたのでしょう。

 

ヘソにろうそくを刺される董卓

 

董卓死後に赦免を申し入れるも聞き入れられず、進言を聞き入れないのは失敗フラグと三国志ファンから定評のある()クの進言から王允(おういん)と敵対、長安を陥落させます。

 

李カク(李傕)

 

なお、この際に「もし負けたら財宝や女を略奪して逃げようぜ!(意訳)」と言っているのでやはりその性格は生来のものでしょうね。

 

関連記事:楊彪とは誰?陳寿の正史『三国志』より解説!董卓残党から献帝を救った学者

関連記事:みんな演義に騙された?董卓の長安遷都と洛陽炎上には嘘がある!

関連記事:陳寿先生に物申した!裴松之の賈ク嫌いの原因は董卓にあり?

 

まだ漢王朝で消耗してるの?

まだ漢王朝で消耗しているの

 

実権を握る李傕と郭汜

李カク(李傕)と献帝

 

当然ながら献帝(けんてい)にこの件で咎められるも、あくまで董卓は忠義の士でありそれを殺した呂布(りょふ)に敵討したかっただけ、と言い逃れ。

 

李カク(李傕)

 

この際に王允は殺害され、李カクは悠々と忠臣・董卓の葬儀をしようとするも、落雷で墓が壊れたり暴風雨で棺が流れ出したりとホラー現象が起こります。

 

李カク(李傕)、献帝

 

ともあれ李カク、郭シらが実権を握ってやりたい放題やっていたために長安は荒れ放題、そんな中でも二人は世の極みを過ごしていたと思われますが、その足場は一気に崩壊することとなります。

 

関連記事:董承は本当に献帝派だったの?色々ツッコミどころが多い人物

関連記事:李儒はどんな人?史実では皇帝殺しの容疑で献帝に粛清されかけていた凡庸な悪

関連記事:実はとっても苦労していた!知られざる献帝流浪の日々

 

郭汜について

郭汜

 

郭汜は李傕と同郷の幼なじみでした。そして共に董卓に仕えた二人、武勇に秀でていた郭シは董卓に信任され、反董卓連合軍の際には牛輔の元で李カクと一緒に暴れまわったり荒らしまわったりして仲良く過ごしていました(マイルド表現)

 

郭汜

 

そして呂布によって董卓が殺された際には賈クの進言を受けて長安を襲撃、戦いの中で、呂布に一騎打ちを挑むも勝てる訳がなく、部下たちが助けに入って九死に一生を得ました。しかし呂布に一騎打ちを挑む辺り、中々豪傑ですね。

 

関連記事:郭汜とはどんな人?実は猛将!董卓軍ナンバー2の猛将

関連記事:賈詡はどうして李傕・郭汜に長安を襲わせたの?

 

蜜月を過ごす

献帝を欲しがる郭汜

 

その後は献帝に咎められるも李カクと共にこれを言い逃れ、王允を殺害。漢王朝の実権を握って好き放題をし始めます。

 

郭汜

 

この間に馬騰(ばとう)韓遂(かんすい)らが長安に攻めてきますが、郭シはこれを迎撃。人生の最高期を過ごす二人でしたが、驚く所からその関係が崩れます。

 

関連記事:董卓を破った馬騰とはどんな人?薪売りから反乱軍の大将に大出世

関連記事:馬騰(ばとう)とはどんな人?馬超のパパで知られる荒れ地の猛将

 

馬超特集

 

郭汜の妻、暗躍す

李カク(李傕)と郭汜

 

二人の関係を壊したのは郭シの妻でした。と言ってもその美しさから三角関係になったのでも、高潔さから夫を許せなかったのでもありません。嫉妬です。

 

郭汜

 

というのも李カクと郭シは度々豪華な酒宴を開いて豪遊し、郭シは李カクに招かれては自宅に帰らず宿泊するという日が続いていました。これを郭シの妻は李カクが夫に妾を与えていると考え、二人の仲を裂こうと考えたのです。つまり勘違いからの嫉妬、しかも原因は李カクと郭シのやりたい放題です。

「一つの巣に弐羽の雄鳥は並べない」

李カク(李傕)と郭汜

 

ある日、李カクから郭シの元に食事が贈られました。郭シの妻はそれに毒を仕込み、郭シが食べようとした際にその毒を取り出したのです。

 

「一つの巣に二羽の雄鳥は並び立ちませんよ」この一件で郭シは李カクが自分を毒殺しようとしていると思い込み、二人の関係は悪化の一途を辿ることになったのです。

 

李傕と郭汜の転落

李カク(李傕)と郭汜と献帝

 

そこからはお互いに疑心暗鬼の日々が続き、神輿である献帝もそれに巻き込まれます。二人の関係は張済(ちょうさい)によって修復されるも、李カクの遷都に反対した献帝が董承(とうしょう)、そして郭シと長安を脱出。この後やっぱり郭シは李カクの元に戻るも、献帝は既に洛陽入り。

 

郭汜

 

もたもたしている内に担ぎ上げた神輿を失った李カク、郭シは最終的に全てを失うこととなります。この後、時代は袁紹と曹操(そうそう)の戦い、そして三国時代へと流れていくのは、また別のお話です。

 

関連記事:呂布が時々敗走している理由は?本当に最強なの?

関連記事:関羽は権謀術数に長けた謀略家?武力の強さは創作?

 

 

三国志ライター センのひとりごと

三国志ライター セン

 

歴史の陰に女アリ、と言いますが、李カクと郭汜の関係悪化、そして凋落の陰にもまた、女性がいました。とはいえこの陰に関しては、郭シ、もしくは李傕がもう少し気を回していれば十分に防げたことと思います。正に油断した際に足元から崩れ落ちていった、そんな二人ですが。

 

三国志を語るセンさん

 

三国志演義では二人が嘗て仕えた董卓が、呂布との間に一人の女性を挟んだことで破滅していったと思うと……何だか、不思議な縁と奇妙な面白さを感じますね……

 

センさんのとぷんver2

 

ちゃぷん。

 

参考文献:魏書董卓伝 李カク・郭シ 英雄記

 

関連記事:三国志の時代にも可愛い巫女が存在した!?李傕や劉禅もハマった巫女事情

関連記事:董卓死後に権力を握った李傕とはどんなやつ?

関連記事:賈詡が李傕を有名人へと押し上げたアドバイスとは!?

 

李傕・郭汜祭り

 

 

はじめての三国志を、もっと読みたい方へ
Google検索であなたの優先ソースに登録しておくと、はじ三の記事が上位に出やすくなります。
  • この記事を書いた人
  • 最新記事
セン

セン

両親の持っていた横山光輝の「三国志」から三国志に興味を持ち、 そこから正史を読み漁ってその前後の年代も読むようになっていく。 中国歴史だけでなく日本史、世界史も好き。 神話も好きでインド神話とメソポタミア神話から古代シュメール人の生活にも興味が出てきた。 好きな歴史人物: 張遼、龐統、司馬徽、立花道雪、その他にもたくさん 何か一言: 歴史は食事、神話はおやつ、文字は飲み物

-三国志の雑学
-,