「水滸伝」の作者は施耐庵? それとも羅貫中?水滸伝の作者を考察

2021年12月24日


 

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三国志演義の作家 羅貫中

 

水滸伝(すいこでん)の作者は施耐庵(したいあん)とされていますが、或いは羅貫中(らかんちゅう)とも言われることもあり、はっきりしてはいません。そもそもこの施耐庵も、そして羅漢中もまた謎が多くある人物です。

 

三国志を楽しく語るライターセン様

 

さて今回は「考察」と銘打ちましたが、そこまで精密に考えたものではございません。ちょっと色々考えてみたよ!レベルのいつもの筆者の呟きになりますが、よろしければどうぞお付き合い下さいませ。

 

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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施耐庵(したいあん)

 

さて施耐庵は元末(げんまつ)張士誠(ちょうしせい)に見込まれ、参謀として招かれたと言われています。ここで施耐庵は幾つもの策謀を授けるのですが、勢力が強まっていくと張士誠は施耐庵の言うことを軽んじるようになっていきました。このため施耐庵は去り、張士誠も後に敗れ、張軍(ちょうぐん)の残党狩りから逃れるために最終的に隠居をして水滸伝などを執筆したと言います。

 

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時代を超えて愛される中国四大奇書「はじめての西遊記はじめての西遊記

 

 

実在した?しなかった?

水滸伝って何? 書類や本

 

……と、言われていますが、その一方でこの施耐庵という人物は存在しなかったという話もあります。

 

施耐庵についての資料の信ぴょう性が疑わしい、そもそも殆ど残されていない等など……また三国志演義(さんごくしえんぎ)の執筆者で有名な羅貫中は施耐庵の弟子だった説もありますが、こちらもこちらでちょっと問題点が。なぜなら、羅漢中も羅漢中で謎が多いことで有名だからです。

 

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全訳三国志演義

 

 

羅貫中(らかんちゅう)

三国志演義_書類

 

さて羅漢中の話を少ししましょう。ご存知、三国志演義の著者とされる羅貫中ですが、実は貫中は字です。実際の名前は羅本となるそうですが、これは字の方が有名になってしまったパターンですね。

 

そんな羅漢中さん、出自がはっきりしていません。ある記録では山西とされ、またある記録では山東とされ、その人物像もどうだったかすら記録に残っていない人物なのです。

 

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ぐっすり眠れる!ながら三国志

 

 

執筆者の謎

羅貫中

 

こんな風に良く分かっていな羅貫中さんの最終的な記録は「色んな面白いお話を書きました。でも人と付き合うのは苦手でした。最終的に行方知れずになりました」と書かれているので……当然ながらそこからの歴史は一切不明、更に没年すら不明な謎の人なのです。

 

このため羅貫中もまた施耐庵と同じく「実在しなかったのでは」と言われ、一説には水滸伝も三国志演義も「色んな人たちが集まって書いたもので、名前は合同ペンネーム」とも言われています。

 

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差異について

林冲

 

ここから水滸伝のお話に戻しましょう。水滸伝では、キャラクターの差異について度々議論されることがあります。例にすると林冲、武松などが分かりやすいでしょうか。

 

彼らは前半と後半でかなり性格に違いが出ているので「人生が辛すぎたせい」「こんな体験したら性格も変わる」

 

というストーリーに踏み込んだものから

「作者が前半のキャラクター設定忘れてるんじゃ……」

「そもそも別のキャラクターと統合されたのでは?」

という考察まで、色々な理由が考えられています。

 

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両親の持っていた横山光輝の「三国志」から三国志に興味を持ち、 そこから正史を読み漁ってその前後の年代も読むようになっていく。 中国歴史だけでなく日本史、世界史も好き。 神話も好きでインド神話とメソポタミア神話から古代シュメール人の生活にも興味が出てきた。 好きな歴史人物: 張遼、龐統、司馬徽、立花道雪、その他にもたくさん 何か一言: 歴史は食事、神話はおやつ、文字は飲み物

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