孟達の不人気は蜀・魏で短期しか働いてないせい?せめて魏蜀に10年ずついれば評価は変わった?

2022年9月7日


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周瑜、孔明、劉備、曹操 それぞれの列伝・正史三国志(本)書類

 

三国志(さんごくし)には名前が出てくるけれど、(つて)としては立てられていない……そういう人は、まあそこそこいない訳ではありません。丁兄弟などは色々な憶測が呼ばれていて面白いですよね。

 

孟達

 

しかし今回はそこそこ出番があるのにどうにも扱いがしにくい人物、孟達(もうたつ)についてお話したいと思います。どうして彼の伝が立てられていないのか、それは彼の行動にあったのかも……しれない?

 

無能な劉璋を裏切り友達の法正と劉備につく

法正と孟達

 

まず孟達は同郷の法正(ほうせい)と一緒に劉璋(りゅうしょう)に仕えていました。しかし彼らの前に表れたのが運命の主君、劉備(りゅうび)です。

 

法正と張松

 

益州(えきしゅう)を任せるべき人!」ということで法正と孟達とそれから張松(ちょうしょう)は主君を鞍替えしようとし、これが発覚した張松は斬られてしまうものの、最終的に劉璋は劉備に降伏して益州を譲ることになり、法正と孟達は劉備に仕えることになります。

 

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法正

 

 

 

関羽を助けなかった事で劉備に疎まれ魏に投降

劉封

 

しかし後に一緒に降伏していた法正は早逝し、劉封(りゅうほう)と共に組まされることになるのですが……この劉封と孟達はそもそも折り合いが悪かった。

 

関羽の救援要請をシカトする劉封

 

更に関羽(かんう)の援軍要請を断った後に関羽が捕縛され処刑されたことで、孟達は劉備から恨みを買うことになります。ここで孟達は劉備に楽毅(がくき)の書を引用しつつ別れを告げ、魏に降伏する道を選びます。

 

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関羽

 

 

曹丕には大事にされるが司馬懿に嫌われる

孟達が魏に寝返って歓喜する曹丕

 

そして()に降伏した頃が、孟達にとって最も輝いていた瞬間だったかもしれません。その風貌の良さ、才気を曹丕(そうひ)はとても寵愛しました。

 

孟達に猛烈なラブコールを送る曹丕

 

曹丕と言えば当時の魏のトップです。孟達にとって絶頂と言えるべき時だったかもしれません。

 

司馬懿

 

しかし魏でも孟達を警戒している人物はいました。その一人が司馬懿(しばい)であり、司馬懿は常々から孟達を重用すべきではないと曹丕に諫言(かんげん)していたと言います。

 

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曹丕が死んだので蜀に戻ろうとし司馬懿に殺される

孟達と曹丕

 

よりにもよって曹丕まで早世したことで、周囲から疑いの目を向けられていた孟達は自らの立場が不安になりました。そしてかなり問題があると思われることなのですが、孟達は以前から諸葛亮(しょかつりょう)とお手紙のやり取りがある関係でした。

 

それは疑われても仕方のないというものです。

 

孟達を討伐する司馬懿

 

孟達は「魏に叛意(はんい)がある」と諸葛亮に零し、諸葛亮は離反の誘いをかけるのですが……結果的にこの謀反計画はバレた上に司馬懿は高速で動き、更には「判断行動が遅い!」ということで諸葛亮もこれを救助しなかったとも……そもそも諸葛亮自身が孟達に怨みを抱いていて、孟達の謀反計画をばらしたとも言われています。

 

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両親の持っていた横山光輝の「三国志」から三国志に興味を持ち、 そこから正史を読み漁ってその前後の年代も読むようになっていく。 中国歴史だけでなく日本史、世界史も好き。 神話も好きでインド神話とメソポタミア神話から古代シュメール人の生活にも興味が出てきた。 好きな歴史人物: 張遼、龐統、司馬徽、立花道雪、その他にもたくさん 何か一言: 歴史は食事、神話はおやつ、文字は飲み物

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