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郭嘉の意外な死因!病の謎に迫る!

2023年12月16日


 

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曹操と郭嘉

 

「哀哉奉孝、痛哉奉孝、惜哉奉孝」

 

哀しい、痛ましい、そして最後に惜しい。曹操そうそう郭嘉かくかをどう思っていたか、その死の際に言ったこの言葉で分かるのではないでしょうか。そんな郭嘉は病気で亡くなった、とされていますが、例にもれずこの病気も何のことやら詳しくは分かりません。

 

 

郭嘉が亡くなり悲しむ曹操

 

 

そこで今回は郭嘉の死因に付いて筆者の考察……は置いといて、色んな方向から考えてみたいと思います。郭嘉の死因考察、色んな人が色んな考えを出していて面白いんですよ!

 

 

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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郭嘉という武将の曹操評価

袁紹の悪口を言う郭嘉

 

 

さて郭嘉ですが、最初は袁紹えんしょうの所に行くも「これは将来なんか重要な所でやらかすな」と判断して(※筆者の妄想です)、士官はすることなく立ち去りました。その後、曹操の策謀の相談役として荀彧じゅんいくに抜擢され、曹操に召し出されました。

 

 

郭嘉と曹操は意気投合

 

 

郭嘉と語りあった曹操は自分の大業を成就させてくれるのは郭嘉だ!と大喜びしたと言います。郭嘉も郭嘉で、曹操こそ我が主君と出会えたことを喜んだと言います……郭嘉とか徐晃じょこうとか、曹操と部下がお互いを褒め合っているのほっこりしますね。

 

 

とにかく何でも漢でも(誤字)見通してしまう郭嘉さん?

郭嘉

 

そんな郭嘉ですが、才気煥発……と言うか何と言うか、とにかく未来予知でもしているんじゃないかと言うくらいに先を見通してしまいます。

 

孫策が早死すると予見する郭嘉

 

袁家えんけの滅亡、孫策そんさくの暗殺、また「傅子ふし」の方では劉備りゅうびがいずれ曹操に敵対する危険人物であるということも見抜いたのですが(でもこれは呂布りょふも言ってた)、曹操はこれに取り合わず、後に後悔したとか。そんな郭嘉も38歳で柳城りゅうじょうから帰還の際に、病を経て亡くなりました。この病とは何か?色々と考えられる病気を見ていきましょうか。

 

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郭嘉の死因は過労死

力をつけ始めた曹操をぶっ潰そうと考えた袁紹

 

まず考えられる死因、過労死!曹操に仕えた郭嘉ですが、そもそもこの頃の曹操は周囲が敵だらけ。呂布や袁紹は言うに及ばず、しかもどれもこれも負けることは即ち滅びを意味するほどの強敵。

 

郭嘉

 

 

この綱渡り状態を何とか乗り越えて、郭嘉が向かったのは烏桓うかん征伐。この連戦に次ぐ連戦、普通の人なら既に倒れていた!?という訳で過労死……天才も自分の限界は見抜けなかった説、有り得るか?

 

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郭嘉の死因:様々な要因が積み重なって……?

病死した郭嘉

 

さて次なる死因は……病気の中でも、厄介な病気の一つ。それは結核。この郭嘉結核説に関してはkawauso編集長が濃密な考察をされていますのでそちらもどうぞ!結核でそもそも体が弱かった所に無理を重ね、寿命を縮め……そしてその結核の病魔は実は曹操にも感染していた説!こちらは結核という病気は分からずとも、既に自分の天命すら読んでいた郭嘉。結核だから亡くなったのではなく、結核だったからこそ無理をした。それもまた浪漫ですね。

 

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郭嘉の死因:ちょいと不名誉じゃありません?

郭嘉

 

次にはもう一つ、何か郭嘉の死因の病気と言われちゃうことがあるのが……性病。うーんちょっとこれは不名誉に聞こえるかもしれませんが、三国志の時代にセーフティセックスとかあまり重視されていそうにないですし、全くの無関係とも言えません。

 

郭嘉の素行が悪いとキレる陳羣

 

郭嘉は素行に問題があったことで陳羣ちんぐんからも良く非難されていたとも言われますし、そこから考えを発展させてみると、もしかしたら若かったからこそ?

 

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郭嘉の死因:これは有り得ちゃうんじゃないか!?

郭嘉

 

最後に挙げたいのが……実は郭嘉は呪殺だったー!!!!ナンダッテ!?こちたもはじ三サイト、三国志ライター YASHIRO氏の記事で読めますが……有り得ない、と思いつつも何だかんだ考えられてしまうのが面白い所!果たして郭嘉を呪ったのは……それは記事内でお楽しみを!

 

郭嘉が亡くなり悲しむ曹操

 

因みに筆者は郭嘉は赤壁せきへきの戦いで「もし生きていたらいたら負けなかった」と曹操が言っていたことから「こいつがいたら将来的に教え子が二次作品で活躍しにくい気がする!」と判断した水鏡すいきょう先生による呪殺説を考えてみましたが、いかがでしょうか?

 

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議論の余地はまだまだ見える、郭嘉の病気

郭嘉

 

さて、色々な郭嘉の病気、死因を挙げてみました。ここで挙げたのはほんの一例、郭嘉の病気の原因特定は現代では難しいことです。しかしそれでも考えてみる、探ってみる、それは三国志ファンの病気の一つかもしれませんね。

 

華佗(華陀)

 

これは華陀かだ先生でも治せない、面白楽しく困ってしまう不治の病と言えるでしょう。皆さんはどんなお考えですか?よろしければ郭嘉考察の一ネタとして下さいね。

 

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三国志ライター センのひとりごと

三国志ライター セン

 

余談ですが、曹操の手紙で「(郭嘉は)南方に流行病があることから、 自分が南方に行けば生きて帰れないだろうと常に言っていた」とされるように、自分の病気を知っていたのでは?とも思うのですが。しかし実際に郭嘉が言ったのは「北方の異民族討伐(烏丸うかん)」の方で、南方とは一体?と不思議な矛盾が出てきます。

 

 

朝まで三国志2017-06 郭嘉

 

 

この言葉にはどんな意味が有るのか?裏はどこ?いやもしかして曹操の記憶違い?頭痛大丈夫?まだまだ三国志の不思議、尽きませんね!どぼーん!

 

参考:魏書ぎしょ郭嘉伝 傅子

 

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セン

両親の持っていた横山光輝の「三国志」から三国志に興味を持ち、 そこから正史を読み漁ってその前後の年代も読むようになっていく。 中国歴史だけでなく日本史、世界史も好き。 神話も好きでインド神話とメソポタミア神話から古代シュメール人の生活にも興味が出てきた。 好きな歴史人物: 張遼、龐統、司馬徽、立花道雪、その他にもたくさん 何か一言: 歴史は食事、神話はおやつ、文字は飲み物

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