三国志や曹操を分かりやすく紹介|はじめての三国志

menu

はじめての変

郭嘉(かくか)の死因は結核だった?【はじさん臨終図巻】

郭嘉
この記事の所要時間: 438




郭嘉

 

どんな神算鬼謀を有していても、鬼を切るような勇気と剛力を持っていても

全てを思い通りに出来る権力を有していても人間は最後には必ず死ぬ事になります。

それは、三国志の人物達も同じ事です。

そこで、はじさんでは不定期シリーズとして、三国志を彩る武将や知将の臨終に

テーマを絞って特集を組みたいと思っております。

しめやかに始まる、第一回のゲストは曹操の参謀 郭嘉奉孝(かくか・ほうこう)です。




西暦207年9月 鄴 郭嘉死す

郭嘉

 

曹操は息せき切って、郭嘉の寝室へと走った、、

長くはないと知ってはいても、かつて、肝胆相照らした男の臨終間際は、

身を裂かれるように苦しい。

 

その癖、曹操は寝室に入る直前では、冠を正し堂々たる態度を崩さない。

 

侍女「曹丞相がお見舞いに来られました」

 

郭嘉は枯木のようにやせ衰えた体をベッドから起し蠅を払うように手を振って

人払いを指示した。

 

曹操「無理をするな、寝たままで良い」

 

二人だけの静かな部屋で、曹操は平静を保ち威厳を崩さずに接している。

本当は、やせ衰えたその体を支えてしっかりせよと怒鳴ってやりたかった。

だが、それをすれば、「うろたえめさるな!」と曹操を叱りつけるのは郭嘉だろう。

 

郭嘉は信じている、曹操こそは天が乱世を平定すべく遣わした神人であると、

その神人が、たかが軍師一人の死に取りみだすなど、郭嘉の常識ではあり得ない。

 

郭嘉「直々のお出まし、いよいよ命の少なしを感じまするな」

 

郭嘉は、ゴホッ!ゴホッ!と嫌な咳をした、バネのように体が揺れ

青銅の器の中に血痰が吐かれた。

 

曹操「バカを申せ、もう少し病気が落ち着いたら、どこか空気のキレイな場所で

嫌という程、静養させてやる、酒も博打も出来ないが貴様には薬だ」

曹操は虚勢を張って声を弾ませた、、つもりだが、郭嘉にそう聞えたかは、

自分でも分からなかった。

 

郭嘉「はっは、、酒も博打もないなら、死んだも同じでござるな」

 

郭嘉は、最大限の皮肉でそう返した、、

郭嘉

 

それから数日の後、希代の策謀家、郭嘉は満37年の生涯を閉じた。

 

関連記事:郭嘉(かくか)ってどんな人?|曹操が最も愛した人物

関連記事:郭嘉が断言した曹操が袁紹に勝つ10の理由




郭嘉の持病とは、一体なんだった?

郭嘉

 

郭嘉奉孝は、正史によると、曹操(そうそう)の烏丸征伐に従軍し柳城から

帰還した後に病が重くなり死んだという事になっています。

 

年三十八、自柳城還、疾篤、太祖問疾者交錯。及薨、臨其喪、

 

疾篤とは病が篤くなるという事ですが、この郭嘉の病とは烏丸征伐の行軍の

苛酷さで発症したものなのでしょうか?

kawausoが考えるにそうではないように思えるのです。

 

関連記事:曹操、生涯最大の苦戦 白狼山の戦い|烏桓討伐編

関連記事:曹操 生涯最大の苦戦 烏桓討伐|完結編

関連記事:羌・鮮卑・烏桓だけではない!南の異民族を徹底紹介

 

郭嘉には持病があった事を臭わせる記述

郭嘉

 

それは、曹操が荀彧に与えた手紙に、このように記されているからです。

 

「奉孝への追慕は心から去る事ができない

彼は時事・兵事を見ること常人の規格を絶していた。

人間の多くは病を恐れるものだ、南方には疫病があり彼が常に言うには

『私は南方に往けば、生きては還れまい』と、だが

共に計略を論ずれば、先ずは荊州を定めるよう言っていたのだ。

これはただ忠義心から計画されただけではない、

必ずや功を立てんと欲して生命を削り棄てる事を覚悟していたのだ。

歴史に残る大業を為そうという心が、これほどに深かったのに

どうして人として奉孝を忘れられようか!」

南方には疫病が多いので、私は南方に行けば生きて還れまいというのは、

単に虚弱体質を意味するのでしょうか?

曹操の言い方だと、そのようには感じられません、むしろ、郭嘉には、

以前から持病があって、体が弱いのに、それを推して南方の荊州を獲れとする

その命を削っても大事を為そうとする覚悟に曹操は感動しているように見えます。

 

では、郭嘉の持病とは何だったのでしょうか?

 

【次のページに続きます】




ページ:

1

2

関連記事

  1. 曹操 機密保持 【孟徳新書】曹操の兵法書は敵の手に渡らなかったの?
  2. 陸遜 何で陸遜は呉書の単独伝で記述されているのに蜀書の孔明の単独伝より…
  3. 顔良と関羽 関羽は味方に嫌われ孤立していた?その驚くべき理由とは?
  4. 呂布 英雄石像 洛陽に続き、長安でも好き放題をした董卓
  5. ツンデレ曹丕 実は冷血を演じたツンデレ曹丕、その理由とは?
  6. photo credit: Flower - Hydrangea via photopin (license) 戦う思想家集団 墨家(ぼくか)とは何者?
  7. 民イラスト0009 kiki 中国史における農民反乱についての考察
  8. 梁興 魏も漢もクソ喰らえ!野望のままに自由に生きた梁興(りょうこう)

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

  1. 劉備 茶
  2. 三国志演技 三国志正史
  3. 大坂城 p
  4. 顔良と関羽
  5. 矜持 陳寿 三国志
  6. 龐統2
  7. photo credit: The jewel in the crown via photopin (license)
  8. 本田圭佑 引用
  9. 涿州張飛廟
  10. photo credit: FallTree via photopin (license)

おすすめ記事

  1. はじめての三国志 4コマ劇場 「楽進と張遼の息子による父親の武勇伝自慢」 父親サムネイル用
  2. 【ネオ三国志】第7話:皇帝に就任した袁術と荀彧の秘策【蒼天航路】 蒼天航路
  3. 項羽に勝ったのはこれだ!項羽に勝つことができた劉邦自らの自己評価とは? 張良㈭ 広武山決戦編03 劉邦と項羽
  4. 【捜神記】火星にときめいた人向け!1800年前の三国志時代にも肉眼でスーパーマーズが見えていた 孔明 コペルニクス
  5. 自称皇帝、袁術のトホホな部下列伝 Part.3 楊奉 ゆるキャラ
  6. 鈍重なイメージは嘘!実は騎兵を率いたスマートな名将曹仁(そうじん) 曹仁

三國志雑学

  1. 曹操頭痛
  2. 北条氏康 ゆるキャラ 三国志
  3. 袁術 呂布
  4. 孫奉 孫奮
  5. 夏侯惇

ピックアップ記事

  1. 趙氏
  2. 孔明 出師
  3. 韓信vs孔明12 韓信
  4. 郭嘉
  5. 荀彧
  6. photo credit: 100329-A-4817Z-301 via photopin (license)
  7. 天地を喰らう
  8. 袁紹VS袁術(犬猿)

おすすめ記事

兵馬俑 自前 【三国志ライター黒田廉が行く】始皇帝と大兵馬俑から始皇帝がおこなった政策を覗いてみたよ 祁山、街亭01 125話:何で孔明や姜維の北伐は街亭や祁山にこだわったの? photo credit: spring is here via photopin (license) キングダム 楚の宰相、春申君の最後が残念すぎる 西遊記 え?そうだったの!?西遊記の目的はお経を取る事では無かった? 野心家 ロウソク 島津家久(しまづいえひさ)とはどんな人?最大の戦果を挙げ続けた島津四兄弟の闘将 photo credit: Daisy via photopin (license) 杜幾(とき)とはどんな人?魏の国内で素晴らしい統治をおこなった名行政官 曹操03 何で曹操はあれだけ関羽を愛していたのに配下から逃がしたの? 真田丸 いまさら聞けない真田丸って一体何なの?

おすすめ記事

  1. 24話:呉・三国志 孫堅のあっけない最期 孫堅逝く
  2. 【真田丸】日本一の兵と称された真田幸村と魏の張遼、名将の類似点を紹介! 真田幸村&張遼
  3. 復讐に燃える曹操は三国鼎立を早める キレる曹操2
  4. 笮融(さくゆう)とはどんな人?中国初仏教群雄として歴史に名を刻んだ後漢の武将 仏教2 f
  5. 曹操の曽祖父 曹萌(そうぼう)は元祖、萌えキャラだった? 曹萌
  6. 鍋島直茂(なべしま なおしげ)がスゴイ!主家乗っ取りに成功!時勢を見る目と優秀な智謀を持った肥前の名将 鍋島直茂 wikipedia
  7. 程普(ていふ)ってどんな人?孫家三代に仕え、数々の戦を戦った孫呉の重鎮 程普
  8. 【曹操が慕った偉大な王様】天下の三分の二を所有するも王へ登らなかった周の文王ってどんな人? 文王 (周) wiki

はじさん企画

袁術祭り
特別企画
異民族
諸子百家
春秋戦国時代
日常生活
はじめての三国志TV
PAGE TOP