はじめての三国志

menu

デザイン担当:よりぶりん

ひとりしかいない筈なのにたくさんいた? 『皇帝』のお話

この記事の所要時間: 325




皇帝いっぱい

 

三国志には『皇帝』と呼ばれる人物が何人も登場します。

後漢王朝末期の皇帝である、霊帝献帝、魏の皇帝となった曹丕

蜀の皇帝の劉備、呉の皇帝である孫権

 

自称“皇帝”の袁術なんて人もいますね。

 

三国志に限らず、しばしば耳にするこの『皇帝』って、

一体どんな人物を示す言葉なのでしょうか?




王様より偉い皇帝

袁術 伝説 ゆるキャラ

 

皇帝とは、ごくおおざっぱに説明するなら「王」よりも上位の統治者、ということになります。

 

文字的な意味で言えば帝国の統治者です。

 

英語のEmperor、ドイツ語のKaiserなど、日本語で“皇帝”と翻訳される君主の称号は存在していますが、アジアとヨーロッパでは、“皇帝”の示す意味はかなり違っています。

 

それをまとめて説明しようとすると、話が大きく広がってしまいますので、ここでは三国志と直接関係のある中国の皇帝について説明致します。




中国における皇帝の認識

三国志 黄河

 

東アジア(中国)における皇帝とは、思想的には『天下を治める者』を指します。

 

国(国土)を支配・統治するのは皇帝に任命された君主の仕事でした。

 

このため、東アジアでは皇帝が統治する国家としての「帝国」という概念は元々存在せず、

その名称が使われるのは、西洋の概念(英語におけるEmpire)の訳語として誕生するのを待つことになります。

 

 

 

最初は神様だった皇帝

殷の大様002

 

皇帝の『皇』という字には“最初の王”という意味があります。

 

もともと、この『皇』という字は、中国の伝説に登場する三人の統治者である『三皇』を示すものでした。

『帝』という字は宇宙すべてを司っている神様を示す文字です。

 

中国にはさまざま神様が存在しますが、この神々の最も上位にあるものが『帝』と呼ばれました。

 

 

中国で初めて皇帝を名乗ったのは誰?

キングダム 始皇帝

 

 

中国の歴史上、初めて『皇帝』を名乗ったのは三国志の時代からさかのぼること400年以上前、はじめて全土統一を成し遂げた秦王、嬴政(えいせい)でした。

全土統一を成し遂げた彼は自身の尊称を『皇帝』と定め、自らを最初の皇帝=始皇帝と名乗ったのでした。

 

関連記事:キングダムと三国志の違いって何?時代を追ってみる

関連記事:三国志を楽しむならキングダムや春秋戦国時代のことも知っておくべき! 

関連記事:秦の始皇帝ってどんな人だったの?幼少期編

 

—熱き『キングダム』の原点がココに—

春秋戦国時代バナー

 

秦の皇帝は二代しか続かず、その後は「王」が乱立

太陽 三国志 写真

 

 

始皇帝の死後、反乱が相次いで起こったことから、結局秦の皇帝は二代しか続きませんでした。

始皇帝から三代目にあたる子嬰(しえい)は、秦が反乱によってすでに全土の支配権を失っていたことから自らを『皇帝』ではなく「王」と名乗りました。

 

 

「王」という称号もまた、本来は唯一にして至尊の存在を指す称号でしたが、

秦以前の時代(戦国時代)には各地の諸侯が「王」を称するようになったことから、すでにそれは単なる君主を指す称号に過ぎなくなっていたのです。

 

関連記事:始皇帝が中国統一後、わずか15年で秦が滅亡した理由|始皇帝がブサメンだったから?

関連記事:始皇帝が中国統一後、なんで中国全土を巡幸したの?全巡幸をストーキングしてみた

関連記事:始皇帝の息子、胡亥(こがい)ってどんな大馬鹿野郎だったの?

 

 

三国時代以降、皇帝が乱立するように

三国志まとめ 董卓

 

かつては唯一無二、至尊の地位を示していた「王」が、単に国を治める君主の称号になったように、

『皇帝』もまた、君主の称号となることはある意味必然とも言えるでしょう。

 

三国時代には、魏・呉・蜀、それぞれの君主が『皇帝』を称することになります。

 

 

魏の曹丕は、漢王朝の皇帝であった献帝からその地位を禅譲され、

漢王朝の復興を旗印にしていた劉備は、その漢王朝が禅譲によって消滅してしまったことから、自らを皇帝とすることで王朝復興の路線を維持します。

 

 

呉の孫権は「呉王」を称していましたが、「王」が「皇帝」の下に位置するものである以上、呉の独立性を維持するためにも皇帝の地位に付くことは必然であったわけです。

 

 

三国時代に幕を引いた晋は、司馬氏が魏王朝を簒奪して成立しましたが、

わずか30年で滅亡し、その後は「五胡十六国時代」から「南北朝時代」へと、皇帝が乱立する時代が400年以上にわたって続いていくことになります。

 

関連記事:曹丕が献帝を廃し魏を建国

関連記事:司馬炎(しばえん)ってどんな人?三国時代を終わらせたスケベ天下人

関連記事:五胡十六国の火種は曹操が撒いた?各時代の異民族を紹介

関連記事:超分かりやすい!三国志 おおざっぱ年表

 

現代に存在する唯一の皇帝とは?

日本 皇帝

 

 

ちなみに、現代にあって英語における「Emperor(皇帝)」の称号を持っているのは

唯一、日本の天皇だけです。

 

 

 

耳で聞いて覚える三國志




よく読まれている記事

袁術祭り

 

関連記事:袁術祭り開催日程のお知らせ

 

袁紹&袁術

 

よく読まれてる記事:三国志一の策謀家、袁術の伝説

 

 

袁術くやしいいい

 

よく読まれてる記事:とっても皇帝になりたかった袁術

 

袁術の最後

 

よく読まれてる記事:名門に生まれた策略家 袁術の非業の最期

 

 

この記事を書いた人:石川克世

石川

 

自己紹介:

三国志にハマったのは、高校時代に吉川英治の小説を読んだことがきっかけでした。
最初のうちは蜀(特に関羽雲長)のファンでしたが、次第に曹操孟徳に入れ込むように。
三国志ばかりではなく、春秋戦国時代に興味を持って海音寺潮五郎の小説『孫子』を読んだり、
兵法書(『孫子』や『六韜』)や諸子百家(老荘の思想)などにも無節操に手を出しました。

 

関連記事

  1. 【転職で悩んだら】転職の不安は呂布マインドで吹き飛ばせ!
  2. 軍師・龐統の名言から知る三国志の世界「人の国を伐ちて、以て歓を為…
  3. 【三国志if】もしも劉備が諸葛亮孔明にフラれていたら!?
  4. あの張飛がデレデレ?張飛が愛した愛馬
  5. 卞夫人のライバル?息子がすべて優秀な環夫人
  6. 馬超には愛馬がいたの?西方の雄・馬超の愛馬に名前をつけてみた
  7. 桓騎(かんき)だけではない古今東西の残虐な戦術
  8. 三国志時代の笑い話は腹がよじれるほどシュールだった!?

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 孫策を自分の息子にしたいと思っていた袁術
  2. 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース14記事【12/25〜12/31】
  3. 趙娥(ちょうが)とはどんな人?復讐者兼暗殺者であった烈女・龐蛾親(ほうがしん)
  4. 美濃大返し炸裂!織田家の覇権をかけた柴田勝家(アゴ)と羽柴秀吉(サル)の戦い
  5. 【三国志ライフハック】司馬懿に見習い 勝ちパターンを生み出せ!
  6. 遊侠の人・郭解の悲しい最後、慕う人が多すぎて無残な最後を迎える

三國志雑学

“はじめての三国志150万PV" “広告募集"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

孫軟児とはどんな人?趙雲の妻、名将を支えた奥さん 官渡の戦いでも使われ東西を問わず世界中で取られた戦法「坑道戦」って何? 【三国志の疑問】どうして宦官は消滅しなかったの? 【あわれ趙雲】桃園義兄弟に入れないやむを得ない事情とは? 剣と刀ってどう違うの?【いまさら聞けない三国志の大疑問】 【2018年】はじめての三国志 年頭の御挨拶 【曹操軍と劉備軍】部下と君主関係の違いって一体どこら辺から? 鬼畜なのは桓騎だけではない!残虐性を兼ね備えた歴史上の人物3選

おすすめ記事

  1. 戦国最強の同盟を成立させた名軍師・太原雪斎(たいげんせっさい)の活躍
  2. プチャーチンはどんな人?幕末の日本人に敬愛された騎士道の人
  3. 【シミルボン】意外!あの曹丕は大の甘党、スイーツ男子だった
  4. 倭国 「魏志倭人伝」 から読み取る当時の日本、邪馬台国と卑弥呼を分かりやすく解説
  5. 【赤壁の戦い】なぜ曹操は天下分け目の大戦に負けたの?
  6. 潘璋(はんしょう)とはどんな人?素行や勤務態度は悪いけど呉の最強武将
  7. 三国志の時代に傘ってあったの?始皇帝や光武帝、呂蒙も使っていた傘事情
  8. 趙の名将・李牧の孫が国士無双で知られるあの人と関係があった!

はじさん企画

袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志"
“西遊記"
PAGE TOP