大人気漫画、キングダムにおいて元趙三大天とされている楚将廉頗(れんぱ)。
彼は歴史上実在する将軍であり王騎(おうき)将軍などに比べると史料も豊富で描きやすい人物ではあります。
また、漫画においての強さも誇張ではなく秦を震え上がらせた名将でもあります。
しかし、廉頗の輝かしい生涯には、強さ故の悲劇がつきまといました。
前回記事:秦の始皇帝ってどんな人だったの?幼少期編
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この記事の目次
紀元前283年、廉頗、秦を破り衝撃デビュー
廉頗は、生没年も、どこの生まれかも分かりません。
ですが、紀元前283年には趙の将軍になり、秦を討ち昔陽(せきよう)を獲るという
戦果を挙げさらに翌年には、斉を討ち陽晋(ようしん)を奪い取りました。
こうして、廉頗は上卿(じょうけい:大臣クラス)に任じられました。
紀元前280~270年代は名将が盛り沢山
廉頗がデビューした時期は、西の秦と東の斉が二大強国で
他の5カ国は押さえこまれている時期です。
しかし、紀元前284年には、燕には名将、楽毅(がくき)が登場して、
五カ国合従軍を率いて東の大国だった斉を滅亡寸前まで追いやっています。
さらに同時期の趙には名将、趙奢(ちょうしゃ)が出ていますし、
同時に名宰相、藺相如(りん・そうじょ)も趙では登場しています。
滅亡寸前に陥った斉では、やがて名将、田単(でんたん)が登場し
秦には、古参の司馬錯(しば・さく)、そして天才将軍、白起(はくき)が出てきます。
まさに、キングダムに勝るとも劣らない名将が続出した時代でした。
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廉頗、藺相如に激しいジェラシーを燃やす
その頃、趙では文官の藺相如が、度重なる秦の昭襄王(しょうじょうおう)の
抑圧をはねのけて、趙の誇りを守ったとして上卿に任命されていました。
しかし、趙国で唯一、この藺相如を気に喰わない男がいました。
それが、他ならない廉頗将軍でした。
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廉頗激白、「オレが藺相如を気に食わない理由(わけ)」
仕事は出来るがプライドも高い廉頗はYAZAWAバリに語ります。
「オレこと、廉頗は、戦場でドンパチやって危ない橋を渡ってるわけヨ
でも、藺相如は何?口先だけのビッグマウスじゃん?そんなアイツが、
オレとタメ?オカシイんじゃない、廉頗黙ってらんねェのよ、分かる?」
こうして、廉頗は、もし道で藺相如を見かけたら、ただじゃ置かねえ、
ギッタンギッタンのメッタメタにしてやると、のび太に騙された
ジャイアンのような事を会う人、会う人に言って回ります。
藺相如激白 私が廉頗を避ける理由
もちろん、そんな廉頗の話は藺相如にも伝わる事になります。
話を聞いた藺相如は、極力、用心して歩き、廉頗に会わないようにします。
ところが、或る時、道を馬車で歩いていると廉頗が前からやってきました。
慌てた藺相如は、従者共々、路地に姿を隠して廉頗をやり過ごします。
「いい加減にして下さい、そんなコソコソ逃げ回る程に廉頗が怖いのですか!
もう、あなたの従者なんかやりたくありません、辞めさせて下さい」
従者達は、藺相如の臆病さに呆れ、全員が辞表を出そうとしますが、
藺相如は少しも慌てず、冷静に言いました。
藺相如「お前達は、廉頗将軍と秦王のどちらが恐ろしいか?」
従者「それは秦王で御座います」
藺相如「では秦王さえ恐れない私が廉頗を恐れると思うのか?」
従者「・・・・・・・・・」
藺相如「よいか、我が趙は私と廉破将軍の二人の力で
他国の侵略を防いでいるのだ、そのワシと廉頗が争ったとなれば、
みすみす他国に付け入る隙を与えるばかりである。
私は、その事を何より恐れているのだよ・・」
廉頗、荊の鞭を背負い藺相如に謝罪する
その話は、やがて、廉頗の耳にも入りました。
「何と言う事だ、藺相如は、趙国全体の事を考えて、恥を忍んで、ワシとぶつかるのを避けていたというのか・・
それをワシは、自分の事ばかりを考えて、あやつを非難ばかりしていた恥ずかしい、ワシは自分が恥ずかしいぞ・・」
廉頗は自ら、上半身裸になると、荊の鞭を背負い単身で藺相如の屋敷を訪問して、ひざまずきました。
「藺相如殿、、ワシはあなたの気持ちも考えず、勝手な事をわめいておった真実を知った今、ワシは自分が恥ずかしくてならぬ、願わくば、この荊の鞭で、ワシを気が済むまで打って欲しい」
刎頸の交わり
ちょっぴり過激な謝罪方法ですが、もちろん、藺相如は、そんな事はせずこの日から二人は、お互いの為に首を刎ねられても惜しくないという程の熱い友情を結ぶ事になりました、これを刎頸の交わりと言います。
老将、廉頗、秦の大軍を防いで奮戦する
紀元前265年、秦は天才将軍白起を派遣して韓の野王を占拠します。
こうして、孤立した上党は自分を守る為に趙に併合してくれるように頼みます。
上党を併合すれば、秦に睨まれるのは確実ですが、趙の孝成(こうせい)王は
叔父の平原君(へいげんくん)の助言を聞き入れて、上党を吸収してしまいます。
これに怒った秦は紀元前262年、将軍、王齕(おうこつ)を派遣して上党を攻撃して、これを陥落させます。
すでに趙の人民になっていた上党の人々は、趙の領内の長平城に逃げのびます。
それを見た秦は、国境を越えて趙の領内に侵攻していました。
廉頗「秦軍は多い、今、真正面から立ち向かってはいかん・・
籠城して時間を稼ぎ、秦兵が疲れた時を狙って撃ち破るのだ!」
長平城を守備していた廉頗はベテランの勘で籠城戦を選び、秦軍と小競り合いは起すものの、大きな戦いは起しませんでした。
そして、二年が経過すると、長い遠征で秦兵に疲れが出てきます。
廉頗の予想通りに秦は、このまま敗北するかのように思えました。
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