軍師・龐統の名言から知る三国志の世界「人の国を伐ちて、以て歓を為すは、仁者の兵にあらざるなり」




龐統

 

劉備(りゅうび)は劉璋(りゅうしょう)から「漢中にいる張魯(ちょうろ)を討伐してほしい」と要請を受け

龐統(ほうとう)を軍師にして益州に入ります。

劉備は劉璋を追い出し、益州を乗っ取るため蜀の要衝である涪城を陥落させます。

龐統はその夜開かれた宴会で、劉備に対して

「人の国を伐ちて、以て歓を為すは、仁者の兵にあらざるなり」と忠告します。

龐統はなぜこの名言を用いて劉備に忠告したのでしょうか。

益州攻略を背景に分かりやすく解説したいと思います。




 

益州とはどんな所

photo credit: Sunset on the San Gabriels via photopin (license)

 

益州は周りを山に囲まれ、攻める事が難しく、守りに強い土地です。

群雄が割拠していた時代は、どの群雄も益州へ目を向ける余裕がありませんでした。

そのため益州の土地は肥沃で、人は多く豊かな地域でした。

益州の主である劉璋は天然の要害に守られながら、長らくこの土地を有しておりました。




 

益州の問題

五斗米道 はじめての三国志

 

そんな平和な益州ですが、一つだけ問題がありました。

それは漢中に根付いている五斗米道の存在です。

劉璋は最初この宗教集団を放置しておりました。

しかし五斗米道は益州の民へ影響を与え、益州の民が漢中へ流れて行きます。

劉璋はこの状況を知ると、五斗米道討伐を決意。

張魯は弟張衛に軍を預け、漢中防衛を命じます。

 

関連記事:もうひとつの宗教団体、五斗米道(ごとべいどう)ってどんな宗教だったの?

関連記事:曹操、張魯を降すべく漢中に進軍する

 

漢中討伐は失敗に終わる

劉備 黒歴史

 

劉璋は漢中へ大軍を差し向けますが、張衛の軍勢による奇襲と

周りを山に囲まれた天然の要害に阻まれ敗北します。

その後も張魯を討伐するため攻撃を仕掛けますが、ことごとく失敗。

劉璋は独力では張魯討伐が出来ないと分かり、

援軍を快く受けてくれそうな群雄を探します。

 

劉備に白羽の矢が立つ

張松

 

劉璋は同じ劉の姓を持つ劉備に目を付けます。

彼は劉備と仲良くする為、劉備の元へ張松を送ります。

張松は大量の贈り物をもって劉備と会見。

劉備は張松を賓客(ひんきゃく)の礼で大いに彼をもてなします。

張松は劉備から歓待を受けると大いに喜び益州の地理や状況など詳しい話をします。

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