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韓遂(かんすい)とはどんな人?生涯の大半を反乱にささげた不屈の反骨心【後半】

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photo credit: Maroon Bells via photopin (license)

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韓遂(かんすい)馬騰(ばとう)と共に長安近辺から引き返すと、涼州へ戻っていきます。

涼州へ帰還を果たした二人は、そのまま自らの領地へと戻っていきます。

二人は義兄弟の契りを交わした仲でありましたが、

領地へ戻ると些細な事から争いになります。

この些細なもめ事がなかなか収まらず、ついにこの争いは戦にまで発展していきます。

韓遂と馬騰の戦はなかなか決着がつきませんでした。

この戦の時に韓遂は涼州にいた馬騰の妻と子供を殺害しております。

馬騰はこの事を知らされると怒り狂い、韓遂との溝は深まっていきます。

 

前回納品:韓遂(かんすい)とはどんな人?生涯の大半を反乱にささげた不屈の反骨心【前半】




鍾繇の仲介によって和解が成立

曹操

 

曹操(そうそう)の配下である鍾繇(しゅよう)は関中全域を安定させるために長安へ赴任します。

彼は雍州・涼州が大いに乱れている事を知ります。

特に乱れているのは涼州であることが判明します。

涼州が乱れている原因は、韓遂と馬騰の二人が激しく争っている事が原因です。

彼は涼州の乱れをただすためには二人の間を和解させるのが一番早いと感じ、

二人の間を行き来します。

鍾繇は幾度も韓遂と馬騰の間を行き来してついに二人を和解させることに成功。

こうして涼州に再び平穏な時が訪れてきます。




曹操配下として涼州をおさめる

曹操 五胡十六国

 

韓遂は曹操配下の鍾繇の説得を聞いて馬騰との対立を和解してもらった事がきっかけで、

曹操に人質を差し出し、以後曹操の配下として涼州を治めていきます。

袁紹(えんしょう)と曹操が中原の覇者を決める戦いである「官渡の戦い」が勃発した時に、

涼州では独立勢力が勢いづいて曹操に反旗を翻します。

涼州を守っていた韓遂は曹操に反旗を翻した独立勢力を討伐していきます。

その後も何度か反乱が起きるたびに、反乱軍を討伐し、

曹操配下として実績を積んでいきます。

 

漢中討伐…?

表情 曹操02

 

韓遂は曹操の配下となってからは以前のような反骨心が消え、従順に従っていきます。

しかしこの従順さもある戦のうわさを聞いた事で亡くなってしまいます。

曹操は益州の玄関口である漢中を攻略しようと軍勢を編成します。

韓遂はこの時、曹操の漢中討伐は名分のみでわれらに攻撃を仕掛けてくるのではないかと

危惧を抱きます。

 

馬超仲間入り

 

韓遂はこのような危惧を抱いている時に、

馬超(ばちょう)から「韓遂殿。このままでは曹操に討伐されてしまいますぞ。」と煽られると

従来の反骨精神がもたげてきます。

そしてついに韓遂は馬超・楊秋(ようしゅう)・馬玩(ばがん)など、

関中近辺にいる独立勢力を結集させ、曹操に反旗を翻します。

 

馬超の猛攻

許チョ

 

こうして反乱を起こした韓遂達はさっそく曹操へ攻撃を仕掛けます。

韓遂の指示の元、反乱軍の主将的存在であった馬超は曹操軍に猛攻を仕掛けます。

この時の馬超の攻撃はすさまじく、曹操をあと一歩で討ち取れる寸前まで追い詰めます。

曹操は親衛隊の許楮(きょちょ)のおかげでなんとか命からがら逃げのびます。

 

関連記事:曹操が発明した酒、剣、兵書の数々が凄い!孔明も思わず嫉妬?

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賈詡の秘策

賈詡

 

曹操は馬超の攻撃によってあと一歩のところまで追い詰められた事で、

関中軍の手ごわさを感じ、賈詡(かく)に相談

賈詡は「馬超と韓遂が協力体制を築いているため、

関中十部(かんちゅうじゅうぶ=韓遂らの独立した勢力の代表的な十人の事)が、

勢いづいているのでしょう。

ならば二人の間を裂けば、協力関係は瓦解し、関中十部もバラバラになりましょう。

私が見事二人の仲を裂いてみせましょう。」と進言します。

曹操はこの進言を採用し、賈詡に二人の仲を裂くように命じます。

 

関連記事:軍師ってどんな職業なの? <三国志豆知識>

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曹操との会見

現実主義曹操

 

韓遂は曹操から手紙をもらいます。

その内容は「二人で話しておきたいことがある」と書いてありました。

韓遂はさっそく返事を書いて、会見場所と日時を決めます。

その後韓遂は一人で曹操の元へ赴き、会見を行います。

曹操は韓遂が来ると

「韓遂よ。俺らが孝廉として推挙された時の都の状況はひどかったな。」

などと思い出話を持ち掛けます。

曹操は韓遂と同じ年に孝廉(こうれん)に推挙された仲間同士でした。

そのため韓遂も「そうだな。あの時はひどかった。」と曹操に話しかけ、

そのあとは二人で思い出話に興じます。

この時の会見は結局思い出話が中心となって、

軍事の事や今後の事は一切話題に上りませんでした。

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