【新事実】三国志演義の孔明!実は絶大な人気を誇った天才軍師をモデルとしていた!?




孔明南東の風

 

三国志演義に出てくる孔明は、白い扇を持って戦いに参加するイメージを

お持ちだと思います。

そんな孔明ですが、実はモデルとなった人物がいたのを知っていましたか。

その人物は明の時代の天才軍師である劉基(りゅうき)と言う人物です。

彼は中国で物凄い人気をもっており、その人気は孔明に匹敵するほどです。




三国志演義とは一体何?

劉備勝ちまくり!仮想三国志

 

そもそも三国志演義は一体どのような書物なのでしょうか。

三国志演義は明の時代の羅貫中(らかんちゅう)と言う人物が、

陳寿の書いた正史「三国志」を元に劉備の蜀をヒーロー扱いに設定し、

魏の曹操を漢の王朝を乗っ取った悪者として描いた小説です。

当時の中国は娯楽が無く、羅貫中が書いた「三国志演義」

は民衆から絶大な支持を集めます。

現在でも某アクションゲームやアプリゲームの三国志は、

大体「三国志演義」を元に作られており、若者から年配の方まで絶大な人気を

誇っております。




三国志演義の孔明

孔明 墨者

 

現在でも三国志演義は非常に人気で、劉備率いる蜀は三国の

中でも特に人気の高い国です。

この蜀の人材の中でも知名度・人気共に人気のある人物と言えばもちろん

劉禅です……じゃなくて諸葛孔明ですよね。

三国志演義の孔明は政治・軍事共に優れ、白扇をもって色々な人物に指示を行い、

蜀の国を支えた悲運の天才軍師として有名ですよね。

しかし三国志演義の諸葛孔明にはモデルとなる人物が居たのをご存知でしょうか。

 

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三国志演義の孔明のモデルとは一体誰

孔明 コペルニクス

 

孔明は史実に存在して紛れもない蜀の軍師です。

しかし羅貫中は一人の人物をモデルにして、孔明を三国志演義に登場させます。

その人物は明の太祖である朱元璋(しゅげんしょう)の軍師として活躍し、

明建国に貢献した劉基(りゅうき)という人物です。

 

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なぜ三国志演義のモデルとなったのか

孔明 東南の風

 

なぜ劉基が「三国志演義」に登場する孔明のモデルとなったのか。

その秘密は明の時代に出版された小説にあります。

その小説の名は「英烈伝」と呼ばれる書物です。

この書物の中で劉基は朱元璋を押しのけ、主人公に近い形で活躍します。

「英烈伝」は民衆から人気を得て、この小説で活躍している劉基は

天才軍師とあがめられ、民衆から絶大な人気を得る事になります。

この小説の中で描かれている鄱陽湖(はようこ)の戦いでは、劉基が風を起こして

敵陣に火攻めを行うシーンが描かれています。

羅貫中はこのシーンをパクリ、あの有名な赤壁の戦いが生まれる事になります。

この時孔明が東南の風を起こし、火攻めを行うシーンは、

「英烈伝」で劉基が風を起こしたシーンを三国志演義の赤壁の戦いに

用いております。

 

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占い師としても優秀な天才軍師

孔明 司馬懿 役職

 

劉基は天才軍師として活躍しますが、占い師としても非常に優秀な人です。

彼はある日朱元璋に呼ばれ宮殿に赴きます。

朱元璋は焼餅を食べていましたが、後ろに隠し、劉基に後ろに何があるか占わせます。

この時劉基は朱元璋の後ろにある物を「焼餅」と見事に当てます。

朱元璋は彼の占いが的中した事に驚き、明王朝の今後を占わせます。

劉基は詩で明王朝の今後を予言します。

このように魔術的な事を行った事が民衆から人気を得る一因となり、

彼の名前はどんどん有名になります。

羅貫中もこの小説を読み、「英烈伝」に描かれている劉基をモデルとして、

三国志演義の孔明が生まれます。

さて民衆から絶大な人気を得た劉基とはどんな人物なのでしょうか。

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