キングダム
三顧の礼




はじめての三国志

menu

三国志の雑学

ええっ!曹操と劉備は元々は仲が良かったって本当?




曹操と劉備

 

三国志前半最大のライバルは曹操(そうそう)劉備(りゅうび)だと言って

過言ではありません、いや、それなら曹操とは幼馴染の説もある

袁紹(えんしょう)では?という意見も出てくるでしょう。

 

しかし、家柄の差故に、常に一定の距離を置いて付き合っていた

曹操袁紹と違い、劉備には非常に曹操に近い時期がありました。

実際に二人は親友のような蜜月時代がありどちらかと言えば

曹操の方が劉備の才能に惚れていたのです。

 

※以下の内容は主に、陳寿三国志 蜀志 先主伝に依拠します。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら




呂布に敗れて、劉備が曹操の下に転がり込んで来る・・

劉備 曹操

 

劉備は、徐州牧だった頃、放浪中の呂布(りょふ)を匿っていました。

ところが、劉備が袁術(えんじゅつ)と事を構えて小沛に居た時に、

下邳(かひ)で留守番していた呂布は曹豹(そうひょう)の手引きで叛いて、

劉備を襲い、劉備は袁術と呂布の挟み撃ちの形になります。

 

朝まで三国志 劉備

 

劉備は、はらわた煮え繰りかえるのを我慢して、呂布とは和睦して、

自身は客将として小沛に常駐して、呂布に徐州牧を譲ります。

 

しかし、密かに兵を集め、逆襲の準備をしていた劉備は呂布に察知され、

大軍で襲われて勝てず、泣きべそかいて、曹操の元に亡命したのです。




曹操は兵を与えて、劉備の戦いぶりを見る

曹操

 

その頃の曹操は、献帝(けんてい)を迎え、袁紹とはチキンレースを開始する前で

当面は兗州では煮え湯を飲まされた、呂布を討伐したいと考えている頃でした。

 

そこに劉備が逃げ込んできたので好都合、劉備を豫(よ)州牧とすると、

沛に食糧を送り、劉備の散りぢりになった兵を集めさせています。

 

朝まで三国志 劉備

 

 

兵糧さえあれば食うや食わずの兵は集まってきますから、これで

劉備の兵を補強して、再び呂布を攻めさせています。

劉備は呂布相手には、憎さ一万倍、頼まれなくても復讐しに行きます。

 

高順

 

 

それに対して呂布は名将、高順(こうじゅん)を送りこみます。

劉備は、ゲリラ戦には定評がありますが、あまり兵法を勉強してなく

ちゃんとした将軍には色々な意味で勝てないので苦戦、、

 

曹操は、さらに夏侯惇(かこうとん)を送りこみますが、高順は、

こちらも撃破、いよいよ曹操自身が乗りこんだので、

さしもの呂布も捕えられ西暦199年に処刑されてしまいます。

 

曹操と劉備

 

ここでの劉備の戦いぶりは、復讐心もありますから、命を惜しまぬ

立派なものだったのでしょう、曹操は評価し劉備を左将軍に任じて

手元に置くようになります。

 

関連記事:三国志の徐州争奪戦が何だかややこしい!仁義なき徐州争奪戦を分かりやすく解説

関連記事:「後漢の州人口」から読み解く群雄の力!曹操が袁紹の本拠地を欲しがった理由も分かる!

 

輿を供にし、座席も一緒という気色悪い厚遇

劉備と曹操

 

左将軍は、前後左右将軍としてお馴染み、後に関羽(かんう)

黄忠(こうちゅう)張飛(ちょうひ)馬超(ばちょう)が与えられた将軍号ですが、

これは天子の前後左右を守る軍を意味し、かなりステータスが高い地位でした。

 

そればかりではなく、曹操は輿(こし)に乗る時にも、劉備を隣に乗せ、

座る時には、席を共にしたと言われています。

三国志の時代は馬車が主流で人に担がせる輿はまだ珍しいようです。

新しい物が好きな曹操が導入したのでしょうか

 

それにしても輿には二人で乗れたのか・・疑問です。

一人乗りのイメージがあるので、乗れても体が密着しそうです。

 

次に席ですが、これは今で言う茣蓙のようなもので、

長方形で一枚の茣蓙に三人が座れました。

こちらは、横並びで座るので、劉備と曹操は正座して、

座っていたと思います。

 

曹操と劉備

 

大の男が二人、正座してぴったりくっついて

座っているのは微笑ましいというより暑苦しいです。

ただ、当時は仲が良いもの同士が席を同じくしていたので、

曹操としては、劉備を重んじているというアピールだったのかも知れません。

 

曹操暗殺を董承から告げられる劉備

暗殺計画自慢の董承01

 

しかし、この頃、献帝の舅の董承(とうしょう)より、

帝の衣服から曹操を討てという密勅が下った事が劉備に告げられます。

人間を慎重に選ぶべき暗殺計画で董承が劉備を選んだのは、

普通に考えれば、劉備を反曹操の人間だと見ていたという事でしょう。

 

実際、劉備は行動も起こさない代わりに曹操に暗殺計画をチクってもいません。

これは、やはり、曹操を除くべきという陰謀に劉備が加担していると見て

間違いないでしょう。

 

劉備を片腕と思い、大いに浮かれていた曹操と違い、

劉備は曹操を盟友どころか敵と見なしていたのです。

 

関連記事:世界一お粗末! 菫承の曹操暗殺計画。間男の恨みでぶち壊しに!

 

匙を落とす劉備、あの名シーンはあった・・

雷怖くない 能ある劉備

 

その後、曹操は劉備を食事に誘い、のんびりとした調子で言います。

「天下に人物は私と君だけだ、袁紹のような小僧は数にも入らない」

それを聞いた劉備は、思わず箸と匕(サジ)を落してしまいます。

 

三国志演義では、ここで都合良く雷が鳴り響き、劉備は雷に驚いた

ふりをしてうずくまりますが、先主伝には、そのような記述はありません。

 

代わりに裴松之(はいしょうし)が引く華陽国志には次のような記述があります。

 

※三国志を面白くした名編集者、裴松之って誰?この記事でワカル↓

 

裴松之(はいしょうし)の神編集!異論反論ブチ込みまくりで三国志が激アツに!

 

その時、ちょうど雷鳴が鳴り響き、劉備は曹操に言った。

 

劉備「聖人は、迅雷風烈は必ず変ずと言いましたが良言であります。

一震の威がこれほどの物であろうとは」

 

劉備の言った言葉はどういう意味なのか?

劉備 食客

 

劉備の言葉は、孔子の論語に通じていないと分りません。

これは論語にある

 

「斉衰の者を見ては、狎(な)れたりと雖(いえど)も必ず変ず」

一部で、変ずとは態度を改め敬意を払うという意味です。

 

孔子は人に対する敬意を失わず、相手が幼馴染や親友のような

親しい間柄でも相手が喪服を着ているような時には馴れ馴れしくせず

しっかりと敬意を払い、空に風雨が吹き荒れ雷が鳴る時には、

正座して天にも敬意を払いました。

 

劉備はそれに引っ掛けて、

 

「いやー雷鳴は凄いっすね。思わず箸と匕を落しました。

聖人が敬意を払うのも分かりますよ」

 

という風に茶化して、その場を取り繕ったのです。

 

ただ、庶民相手に論語を講釈するには分かりにくいので、

三国志演義のライター達は、雷鳴=箸落す=雷怖いと

話を単純化して、劉備に雷嫌いを演じさせたのでしょう。

 

しかし、話の分かりやすさでは、華陽国志より、

三国志演義の方が遥かに上手だとは思います。

 

曹操に暗殺未遂が発覚し、劉備と曹操の蜜月が終わる

曹操

 

劉備は幸運にも、天災と敗戦でボロボロになり、

従兄弟の袁紹の元に逃げようとする袁術(えんじゅつ)を阻止する為に

曹操により朱霊(しゅれい)共々派遣されます。

 

この時点で劉備は、二度と曹操の下に戻らないと決めていたのでしょう。

袁術を追い散らすと、朱霊を先に帰らせ、自身は下邳に向かって、

徐州刺史に任命された車冑(しゃちゅう)を殺して曹操に反旗を翻すのです。

 

間も無く、暗殺計画は露見し、首謀者の董承や、

長水校尉の种輯(ちゅうしゅう)将軍の呉子蘭(ごしらん)、

それに王子服(おうしふく)等が一族もろとも誅殺されます。

 

こうして、曹操と劉備の蜜月は終わり、お互いを滅ぼさずには

置かないという激しい戦いの幕が開きます。

 

三国志ライターkawausoの独り言

kawauso 三国志

 

三国志上級者には、見るまでもない曹操と劉備のつかの間の蜜月ですが、

こうして見ると、曹操が一方的に惚れこんで劉備は最初から醒めていた

という評価がしっくりくると思います。

 

個人的には、三国志演義の劉備の「雷怖い演技」が本当は論語に由来し

庶民には分かりにくいから変更されたというのが新鮮でした。

不良学生とはいえ、学問はした劉備だから論語位読んだのでしょうが、

演義では、色々な都合でそれをカットされているのも皮肉です。

 

これがインテリ孔明なら講釈師は面倒でも説明したでしょうが、

やはり劉備であるというのが災いしたんでしょうね。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:三国志時代に降伏や降参するときはどうやってサインを出していたの?

関連記事:【素朴な疑問】三国志時代はどうやって兵士を集めていたの?

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

kawauso

kawauso

投稿者の記事一覧

三度の飯の次位に歴史が大好き

10歳の頃に横山光輝「三国志」を読んで衝撃を受け
まずは中国歴史オタクになる。
以来、日本史、世界史、中東、欧州など
世界中の歴史に興味を持ち、
時代の幅も紀元前から20世紀までと広い。
最近は故郷沖縄の歴史に中毒中、、

好きな歴史人物:

西郷隆盛、勝海舟、劉邦、韓信、、etc

何か一言:

歴史は現在進行形、常に最新のジャンルです。

関連記事

  1. 歴代皇帝の墓を暴こうとする韓遂の兵士 【三国志とお金】公共事業にたかる豪族勢力
  2. 茶を飲む張角(太平道) 三国志の時代のお茶は、全然人気が無かったってホント?
  3. 【劉孫同盟誕生秘話】孫呉の内部は新劉備派と反劉備派に割れていた
  4. 蜀の皇帝に即位した劉備 劉備が皇帝になったのは皇族だった事が大きな理由?
  5. 最弱武将 張飛 張飛が長坂橋を落とした時、曹操はどうして攻撃しなかったの?
  6. 【三国志平話】俺って凄いだろ?赤壁の戦いで諸葛亮が嫌な人に変身
  7. 郭嘉と法正って似ている所あったの?
  8. 映画「空海−KU-KAI− 美しき王妃の謎」レビュー

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

  1. 泣く子も張遼
  2. 張良と劉邦
  3. 劉備 結婚

おすすめ記事

  1. 孔子と凄く仲が悪かった隠者とはどんな人達?
  2. 小さい曹操が持っていた巨大な戦車についての考察
  3. 老将・黄蓋(こうがい)は異民族討伐のプロだった
  4. 黄祖(こうそ)とはどんな人?正当防衛なのに孫家に恨まれ続けて殺された人 孫策に攻撃される黄祖
  5. 三国時代の税金の種類と分類をわかりやすく解説!税制がわかると三国志もよく分かる!
  6. 明智光秀が愛用した鎧は鎧紅糸縅品小札二枚胴具足とは? 井伊直政

三國志雑学

  1. 正妃 卞夫人
“はじめての三国志150万PV" はじめての三国志コミュニティ総合トピック
“広告募集"

はじめての三国志 書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

  1. 鄧禹と兵士
  2. 五代友厚 幕末
  3. 魏の文官・李孚(りふ)
  4. 野望が膨らむ鍾会

おすすめ記事

鍋島直茂(なべしま なおしげ)がスゴイ!主家乗っ取りに成功!時勢を見る目と優秀な智謀を持った肥前の名将 これはひどい・・関羽は深刻な方向音痴だった?迷走する関羽の千里行 インテリ朶思大王が蜀軍を苦しめる?ワシが南蛮一の軍師ダシ! 司馬懿渾身の迷作?「讌飲詩」について徹底分析! 身内以外の意見は聞かない暴れ者・項羽が少年の意見だけは聞いた? 献帝死亡説を利用した?劉備が漢中王に即位したのは孔明と法正の入れ知恵の可能性が浮上! 徐庶をゲットする曹操 【すっきり解説】曹操の元に徐庶が留まり続けた理由 孫皓と張俊 びっくり!三国時代の文化は日本に近かった?

おすすめ記事

  1. 恩賜の御衣ってなに?三国志や源氏物語にも出てくるエピソードを紹介
  2. 近藤勇の首の行方は?新選組局長の最期の地をめぐる 近藤勇 新選組
  3. 諸葛瞻の名前にはパパ孔明の悲壮な決意が込められていた! 親バカな諸葛孔明
  4. 【これが本当の目玉焼き】射抜かれた左目を食べた夏侯惇とは? 夏侯惇
  5. 潼関の戦いに参加した異民族、阿貴と千万とはどんな人?
  6. 【キングダム559話】「右翼の行方」ネタバレ&レビュー
  7. 播磨の豪族から出現した自信家・黒田孝高の誕生と初陣
  8. 【キングダム】桓騎の死に方を史実を元に3つネタバレ予想

はじさん企画

袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志"
“西遊記"

“三国志人物事典"

PAGE TOP