キングダム
官渡の戦い




はじめての三国志

menu

三国志の雑学

周瑜は孫策よりも名門で君主になってもおかしくなかった

周瑜はナルシスト




周瑜と孫策が仲がよい

 

三国志を知らない人でも周瑜(しゅうゆ)の名前は断金(だんきん)の交わりの故事や

三國無双等で知っている方は多いのではないでしょうか。

また周瑜諸葛孔明(しょかつこうめい)のライバルとしても描かれ、孫策(そんさく)の盟友としてもその名が知られています。

 

そんな周瑜ですが孫策孫権(そんけん)よりも名門で江南(こうなん)の君主になってもおかしくありませんでした。

周瑜の家がどれくらい名門なのかここで紹介しましょう。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:周瑜の死後、その一族はどうなったの?陸遜の下で活躍する周峻や息子たち

関連記事:なんで孫策と周瑜が義兄弟の契りを結んだの?その驚くべき理由とは?

 

 

漢王朝きっての名門周家

銅雀台

 

周瑜は揚州盧江郡(ようしゅうろこうぐん)出身の人です。

周瑜の家は後漢王朝初期の皇帝章帝(しょうてい)和帝(わてい)の頃に活躍した

周栄(しゅうえい)と言う人物が祖先となっています。

周栄

 

そして周瑜の従祖父・周景(しゅうけい)は後漢王朝の三公の一つ太尉(たいい)に任命されています。

この周景はとっても人気者で当代の名士の代表格と言われる人達と交流がありました。

 

周景が交流した人物の代表格として党錮(とうこ)の禁に関わった代表的な人物・陳蕃(ちんばん)

第一次党錮の禁が発動した時の有名人・李膺(りよう)

八龍(はちりゅう)」と言われた秀才ぞろいの荀家の一人・荀緄(じゅんこん)等の有名人達と

付き合いがありました。

周瑜

 

このように周景は名士達とも付き合いながら、

後漢王朝の腐敗の原因となっている宦官達を排除するように時の皇帝に進言。

周景の進言は皇帝が採用しなかったので成りませんでしたが、

気骨もある人だったことが伺えます。

 

 

周景の息子も太尉

周景

 

周景の長男周忠(しゅうちゅう)も優秀な人で、彼もまた周景同様太尉の位に就任することになります。

周忠が太尉になったのは董卓(とうたく)が殺害され、李傕(りかく)らが長安でやりたい放題やっている時に就任します。

そのため周忠は三国志の初期の段階で太尉になっており、三国志の時代と無関係ではありません。

このように周家は三国志の名門袁紹(えんしょう)荀彧(じゅんいく)らに負けないくらい名門と言える家柄だったのです。

では周瑜のパパはいったいどの程度の地位にいたのでしょうか。

 

北伐の真実に迫る

北伐  

周瑜のパパは官職に就任したばかり

周瑜のパパは官職に就任したばかり

 

周瑜のパパ・周異(しゅうい)は周景や周忠のような高い地位にいたわけではありませんでした。

周異は洛陽の令でもし黄巾(こうきん)の乱や宦官討伐作戦等が発動せず、

後漢王朝が健全な状態だったら周景や周忠のような三公になっていたかもしれません。

しかし動乱の時代に突入していたので高位の位に付く事はありませんでした。

 

周瑜は名門一家であったため、若殿としてもてはやされていた

周瑜

 

周瑜の青年時代は中国各地で動乱が起き、

小さい戦から大きな戦まで様々な戦いがそこら辺じゅうで起きていました。

しかし周瑜は上記のように従祖父周景や周忠らが三公の位に登っていた事もあり、

盧江では周家の若様としてもてはやされて過ごしてたそうです。

 

その後周瑜は孫策と出会って意気投合した事で孫家に協力するのですが、

これだけの名門を輩出した家柄です。

もし周瑜が本気を出せば孫家を凌駕するほどの名声と

自らの実力を持って江南に君臨していたと思いますが、皆様はどのように思いますか。

 

三国志ライター黒田レンの独り言

三国志ライター黒田レンの独り言

 

三国志には多くの名門が登場します。

特に有名なのは名門袁家の袁術(えんじゅつ)袁紹ではないでしょうか。

二人は仲が悪く三国志初期の頃は二人の勢力が互いに戦いあう

兄弟喧嘩のような雰囲気を出していました。

 

しかしこの二人に匹敵するほどの名門は三国志にも存在します。

荀彧の家もかなりの名家ですし、今回紹介した周瑜の家も

袁術袁紹に負けないくらいの名家と言っていいでしょう。

そんな名家出身の周瑜がどうして自分よりも家柄で劣る孫家に協力することになったのか。

疑問に思う方もいると思います。

 

どうして周瑜が孫家のような成り上がりの勢力に付き従ったのか。

これは次回書く機会が与えられましたら紹介したいと思います。

はたしてこの周瑜のお話は続くのか。

今後の発展に乞うご期待!!

 

参考文献ちくま学芸文庫 正史三国志呉書等

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:周瑜はいかにして魯粛を呉に引き入れたのか?

関連記事:呉の大都督、周瑜の魅力がありあまり過ぎて困る7つの理由

 

【蜀のマイナー武将列伝】
魏のマイナー武将列伝

 

黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 袁紹に殺された2000人以外にも歴代の皆殺しに注目してみた。ちょ…
  2. 袁術と袁紹の喧嘩 あれほど豪華なメンツが揃っていた反董卓連合軍が董卓に負けた理由
  3. 荀彧 荀彧は三国志の中でもトップクラスの名門だった件
  4. 宋姫 【後漢のラストエンペラー】献帝の妻・伏皇后が危険な橋を渡った理由…
  5. 潼関の戦いに参加した異民族、阿貴と千万とはどんな人?
  6. 法正と劉備 劉備を唯一なだめられた、法正(ほうせい)ってどんな軍師?
  7. 曹操と荀彧の三顧の礼 荀彧のここが「イケメン」すぎる3選!本当に荀彧はイケメンだった?…
  8. 蜀の馬超 馬超(ばちょう)蜀に入った時にはピークを過ぎていた?

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

  1. 占いをする卑弥呼(鬼道)
  2. yoriburin
  3. 賈詡
  4. 石亭の戦いで曹休が反応してドキッとする周魴(しゅうほう)
  5. キングダム53巻
  6. 光武帝(劉秀)

おすすめ記事

  1. 曹爽討伐に成功後の司馬懿の対応が神ってる 司馬懿と公孫淵
  2. 97話:蜀を得た事で呉と荊州の支配問題が再燃する
  3. 妻が13人もいた曹操が一番愛した女性は誰だったの? 曹操
  4. 的盧は名馬なの?凶馬なの?劉備と龐統(ホウ統)の死 龐統と的盧
  5. 漢の400年は、たった8年の激しい戦いから生まれた?三国志の前哨戦、楚漢戦争!
  6. 明智光秀と熊本藩との関係は?細川ガラシャが関係している? 明智光秀と煕子(麒麟がくる)

三國志雑学

  1. 魏延
  2. 郭嘉
  3. 後継者を決めずにダラダラする袁紹
  4. 曹休
“はじめての三国志150万PV" “はじめての三国志Youtubeチャンネル" “広告募集"

はじめての三国志 書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

  1. 2つの持論を展開する費禕
  2. 嬴政(始皇帝)
  3. 公孫サン(公孫瓚)
  4. 最弱武将と対峙する張飛
  5. キングダム53巻

おすすめ記事

王平は四龍将 【王平の戦いが凄い】文字は10個しか知らないけれど軍事において抜群の才能を示した戦い やる気あんのか!?董承のペラペラ曹操暗殺計画 三国志好きでも楽しめる新撰組マンガ3選!「燃えよ剣」「北走新選組」「だんだらごはん」 嬴政(始皇帝) 秦が天下統一できたのは斉が他国へ何にもしなかったのが要因か!? 鳥羽伏見の戦い影の功労者ウィリアム・ウィリス【はじ三ヒストリア】 キングダム52巻 キングダム584話ネタバレ予想「王賁は本当に死ぬのか?」大予想 カムヤマト(日本神話) 邪馬台国最期の戦い(前編)神武東征と生駒の死闘 孔融と禰衡 元祖そこまで言って委員会!孔融と禰衡の議論がカオス

はじさん企画

“if三国志" 英雄の死因 “三国志とお金" “はじめての漢王朝" “はじめての列子" “はじめての諸子百家" “龍の少年" “読者の声" 袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
英雄の武器 編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志" 英雄の墓特集
“水滸伝"

“三国志人物事典"

PAGE TOP