キングダム
はじめての三国志コミュニティ




はじめての三国志

menu

三国志の雑学

周瑜は孫策よりも名門で君主になってもおかしくなかった

この記事の所要時間: 237




周瑜と孫策が仲がよい

 

三国志を知らない人でも周瑜(しゅうゆ)の名前は断金(だんきん)の交わりの故事や

三國無双等で知っている方は多いのではないでしょうか。

また周瑜諸葛孔明(しょかつこうめい)のライバルとしても描かれ、孫策(そんさく)の盟友としてもその名が知られています。

 

そんな周瑜ですが孫策孫権(そんけん)よりも名門で江南(こうなん)の君主になってもおかしくありませんでした。

周瑜の家がどれくらい名門なのかここで紹介しましょう。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:周瑜の死後、その一族はどうなったの?陸遜の下で活躍する周峻や息子たち

関連記事:なんで孫策と周瑜が義兄弟の契りを結んだの?その驚くべき理由とは?

 

 

後漢王朝きっての名門周家

銅雀台

 

周瑜は揚州盧江郡(ようしゅうろこうぐん)出身の人です。

周瑜の家は後漢王朝初期の皇帝章帝(しょうてい)和帝(わてい)の頃に活躍した

周栄(しゅうえい)と言う人物が祖先となっています。

周栄

 

そして周瑜の従祖父・周景(しゅうけい)は後漢王朝の三公の一つ太尉(たいい)に任命されています。

この周景はとっても人気者で当代の名士の代表格と言われる人達と交流がありました。

 

周景が交流した人物の代表格として党錮(とうこ)の禁に関わった代表的な人物・陳蕃(ちんばん)

第一次党錮の禁が発動した時の有名人・李膺(りよう)

八龍(はちりゅう)」と言われた秀才ぞろいの荀家の一人・荀緄(じゅんこん)等の有名人達と

付き合いがありました。

周瑜

 

このように周景は名士達とも付き合いながら、

後漢王朝の腐敗の原因となっている宦官達を排除するように時の皇帝に進言。

周景の進言は皇帝が採用しなかったので成りませんでしたが、

気骨もある人だったことが伺えます。

 

 

周景の息子も太尉

周景

 

周景の長男周忠(しゅうちゅう)も優秀な人で、彼もまた周景同様太尉の位に就任することになります。

周忠が太尉になったのは董卓(とうたく)が殺害され、李傕(りかく)らが長安でやりたい放題やっている時に就任します。

そのため周忠は三国志の初期の段階で太尉になっており、三国志の時代と無関係ではありません。

このように周家は三国志の名門袁紹(えんしょう)荀彧(じゅんいく)らに負けないくらい名門と言える家柄だったのです。

では周瑜のパパはいったいどの程度の地位にいたのでしょうか。

 

北伐の真実に迫る

北伐  

周瑜のパパは官職に就任したばかり

周瑜のパパは官職に就任したばかり

 

周瑜のパパ・周異(しゅうい)は周景や周忠のような高い地位にいたわけではありませんでした。

周異は洛陽の令でもし黄巾(こうきん)の乱や宦官討伐作戦等が発動せず、

後漢王朝が健全な状態だったら周景や周忠のような三公になっていたかもしれません。

しかし動乱の時代に突入していたので高位の位に付く事はありませんでした。

 

周瑜は名門一家であったため、若殿としてもてはやされていた

周瑜

 

周瑜の青年時代は中国各地で動乱が起き、

小さい戦から大きな戦まで様々な戦いがそこら辺じゅうで起きていました。

しかし周瑜は上記のように従祖父周景や周忠らが三公の位に登っていた事もあり、

盧江では周家の若様としてもてはやされて過ごしてたそうです。

 

その後周瑜は孫策と出会って意気投合した事で孫家に協力するのですが、

これだけの名門を輩出した家柄です。

もし周瑜が本気を出せば孫家を凌駕するほどの名声と

自らの実力を持って江南に君臨していたと思いますが、皆様はどのように思いますか。

 

三国志ライター黒田レンの独り言

三国志ライター黒田レンの独り言

 

三国志には多くの名門が登場します。

特に有名なのは名門袁家の袁術(えんじゅつ)袁紹ではないでしょうか。

二人は仲が悪く三国志初期の頃は二人の勢力が互いに戦いあう

兄弟喧嘩のような雰囲気を出していました。

 

しかしこの二人に匹敵するほどの名門は三国志にも存在します。

荀彧の家もかなりの名家ですし、今回紹介した周瑜の家も

袁術袁紹に負けないくらいの名家と言っていいでしょう。

そんな名家出身の周瑜がどうして自分よりも家柄で劣る孫家に協力することになったのか。

疑問に思う方もいると思います。

 

どうして周瑜が孫家のような成り上がりの勢力に付き従ったのか。

これは次回書く機会が与えられましたら紹介したいと思います。

はたしてこの周瑜のお話は続くのか。

今後の発展に乞うご期待!!

 

参考文献ちくま学芸文庫 正史三国志呉書等

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:周瑜はいかにして魯粛を呉に引き入れたのか?

関連記事:呉の大都督、周瑜の魅力がありあまり過ぎて困る7つの理由

 

【蜀のマイナー武将列伝】
魏のマイナー武将列伝

 

黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 【素朴な疑問】三国志の時代にも居酒屋ってあったの?
  2. 架空戦記の走り? 『反三国志演義』を知っていますか?
  3. 【日本人と三国志の出会い】奈良時代に董卓だとdisられていた人が…
  4. スーパーDr華佗が曹操に殺された意外な理由に涙・・
  5. 横浜中華街の関帝廟はどうやって誕生したの?
  6. 四部分類って何?中国で醸成された目録学をご紹介
  7. あの張飛がデレデレ?張飛が愛した愛馬
  8. 【はじめての孫子】第11回:兵は多きを益ありとするに非ざるなり。…

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 李意其(りいき)とはどんな人?「劉備は夷陵の戦いに敗れて亡くなる」と予言していた仙人
  2. 始皇帝は不老不死を求めて何で水銀を飲んだの?
  3. 【三国志平話】ひどい!劉備が恩人の趙雲を裏切って逃走
  4. 曹操、生涯最大の苦戦 白狼山の戦い|烏桓討伐編
  5. 【おんな城主・井伊直虎を見逃した方へ】第九話「桶狭間に死す」の見どころ紹介
  6. 【はじめてのセンゴク】織田家に反旗を翻した荒木村重・別所長治の最後

三國志雑学

“はじめての三国志150万PV" はじめての三国志コミュニティ総合トピック
“広告募集"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

近藤勇の池田屋事件での活躍とは? 偉人たちの名前を冠した「小松帯刀」を飲んでみよう! もし大政奉還が成功していたら日本はどうなった? 五人で国を創るとしたら誰を選ぶ?三国志この五人でしょコーナー 三国志水軍最強の将・決定戦!あの色男が一位でしょ!? 魏の夏侯惇・許褚・龐徳の息子達は優秀だった?気になる将軍たちの息子事情 秀吉のDIY?墨俣城(すのまたじょう)って本当に一夜で造られた? 十日神話とは何?古の殷の時代の伝説では太陽が10個もあった!?

おすすめ記事

  1. 身内以外の意見は聞かない暴れ者・項羽が少年の意見だけは聞いた?
  2. 王儁(おうしゅん)とはどんな人?曹操を認め親しく付き合っていた孟徳の友人
  3. 黄巾賊はいったいどの辺を支配していたの?【素朴な疑問】
  4. もし郭嘉が劉備軍の軍師だったらどうなる?呂布や袁術も討伐できた!?
  5. 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース21記事【7/3〜7/9】
  6. 黒田官兵衛は活躍したのになぜ領地はびっくりするくらい少ないの?
  7. 魏を裏切った王平と夏候覇は何で蜀で出世できたの?【三国志に学ぶ人生設計】
  8. 理不尽すぎてもはや笑える、デマのせいで殺された孫奉(そんほう)

はじさん企画

袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志"
“西遊記"
PAGE TOP