陳登の死因は魚の鱠だった?孫呉絶対追い返すマンでも勝てなかった食中毒

2022年9月6日


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憤死する麋竺(モブ)

 

三国志(さんごくし)の武将たちには当然ながら死因があります。この死因には討死の他にも病死であったり、おそらく老衰によるものであったようなものも見受けられますね。

 

孫権に煽られて憤死する陸遜

 

面白いと言っては何ですが、これらの死因は三国志演義(さんごくしえんぎ)では討死の方が演出的に良いと思われたのか、病死から討死に変わっていたり、壮絶な討死のはずがなぜだかナレ死したりと、変化しているものが多いです。

 

さて今回はその死因の中でも、ひと際変わった死因だったと言われる陳登(ちんとう)のお話です。

 

陳登とお父さん・陳珪

陳登

 

陳登と言われて「?」とこない人は、陳親子、陶謙(とうけん)、というキーワードで思い出しては頂けるでしょうか。そう、三国志演義では陶謙はかなり立派な人物として描かれ、行き違いから曹操(そうそう)に恨まれるが、そこに人徳の非と劉備(りゅうび)がやってきて……紆余曲折後に徐州(じょしゅう)は劉備に譲られることとなります。

 

陳珪

 

陳登と、その父親の陳珪(ちんけい)はこの徐州太守、陶謙に仕えていました。そしてある日、父親を徐州で殺された曹操が復讐戦にやってきます。

 

処刑を下す曹操

 

この曹操の大軍による徐州大量虐殺と呼ばれる戦いが繰り広げられ、徐州は最早これまでかと思われた矢先。

 

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呂布「助けに来たぞ!」(※確かに来た)

曹操を裏切る陳宮

 

呂布(りょふ)陳宮(ちんきゅう)らと共に、曹操のエン州で反乱を起こしたのです。この呂布の反乱自体は荀彧(じゅんいく)程昱(ていいく)らが奮戦して時間を稼いだため、引き返すことができた曹操は何とか呂布を追い返すことに成功しました。

 

陳登と劉備

 

徐州は助かったのです。この後、陶謙は病死し、後継者に劉備が選ばれたため、陳登は劉備に仕えることになりました。

 

劉備と呂布

 

が、そこにやってきたのもまた呂布。劉備に迎え入れられた呂布は、最終的に徐州を奪ってしまったのです。

 

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呂布

 

さて陳登はいきなり主となった呂布が気に入らず、追い出すための行動をしていました。呂布も呂布で陳登が自分を気に入らないことは察していましたが、徐州の有力者となっている陳親子をどうにもできないことも分かっていました。

 

陳登を救うために曹操に会見する陳矯(ちんきょう)

 

このため呂布は、陳登の三人の弟を人質としていたのです。が、曹操がやって来ると陳登は弟三人に目もくれず、先陣となって呂布軍を攻めました。これにヤバいと感じたのか呂布の部下は人質を連れて降伏する始末。

 

二刀流の劉備

 

そして呂布がいなくなると再び劉備が帰ってきました。その後、曹操が徐州を劉備から取り返しました。つまり陶謙→劉備→呂布→曹操→劉備→曹操という訳ですね。なかなか落ち着かない土地です。

 

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孫策との戦い

イケメン孫策と袁術

 

さてそんな支配者が目まぐるしく変化する中、陳登は親族が孫策(そんさく)とついでに袁術(えんじゅつ)にやられていたことに腹を立てたのか、反乱を起こさせたりしていました。

 

孫策軍をコテンパンにする陳登軍

 

これにブチ切れたのが江東(こうとう)小覇(しょうはおう)。たくさんの兵士たちを引き連れて江陵(こうりょう)に攻め込みます。が、陳登も英傑たちの下でいくつもの経験を積んだ猛者。諸葛亮(しょかつりょう)も驚きの空城(くうじょう)の計(ちょっと違うか)で孫策軍の油断を誘い、夜襲からの勝利を決めました。

 

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両親の持っていた横山光輝の「三国志」から三国志に興味を持ち、 そこから正史を読み漁ってその前後の年代も読むようになっていく。 中国歴史だけでなく日本史、世界史も好き。 神話も好きでインド神話とメソポタミア神話から古代シュメール人の生活にも興味が出てきた。 好きな歴史人物: 張遼、龐統、司馬徽、立花道雪、その他にもたくさん 何か一言: 歴史は食事、神話はおやつ、文字は飲み物

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