漢中争奪戦でもし曹操が「鶏肋」うんぬん言いながら撤退してくれなかったらその後の蜀はどうなる？

三国時代さんごくじだいの歴史をベースとした、胸躍る大河物語『三国志演義』。その中では何度か、物語の転換点となった大合戦が起こります。皆さんには、お気に入りの大合戦がありますでしょうか？

まず人気の高い合戦としては、赤壁せきへきの戦い、夷陵いりょうの戦い、五丈原ごじょうげんの戦いとなるでしょうが、その次くらいに重要な転換点として、漢中かんちゅう争奪戦、という渋いところを選ぶ方もいるのでは？

劉備軍りゅうびぐんが単独で曹操軍そうそうぐんに真正面から挑み、曹操そうそうの側が撤退してくれたという形ではありますが、「劉備軍りゅうびぐんの勝利」が結果となりました。言い方は悪いですが珍しい例です！

今回は、この漢中かんちゅう争奪戦について考えてみましょう。すなわちこの戦いで、曹操そうそうが撤退ではなく長期戦を選んだらどうなっていたか！

監修者

kawauso 編集長（石原 昌光）

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ（田畑 雄貴）

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

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ぶっちゃけ漢中争奪戦はどれだけ重要な局面だったの？

まずはこの漢中かんちゅう争奪戦の背景を整理しましょう。この戦いは劉備りゅうびにとっても曹操そうそうにとっても、そしてその進捗を見守っていた孫権そんけんにとってもかなり重要な戦いでした。三つポイントがありました。

ひとつめは、この山深い土地が、益州から長安へ進軍する為の交通路になっていたこと。

既に益州をおさえた劉備りゅうびの立場から見れば、次にこの漢中かんちゅうを取れば、曹操そうそうの一大拠点である長安に攻め込む前線基地にすることができますし、逆の曹操そうそうの側からとしては、漢中かんちゅうを取られてしまえば長安にプレッシャーをかけられてしまうことになります。

ふたつめは、三国時代さんごくじだいよりもさらに昔の「項羽と劉邦の戦い」に関わります。かつて劉邦りゅうほうは、漢中かんちゅうを拠点にして項羽と戦い、漢中王かんちゅうおうという称号を名乗りました。

そして劉備りゅうびは、その劉邦りゅうほうを祖とする漢王朝の復興を目標にしています。劉備りゅうびにとって劉邦りゅうほうゆかりの土地である漢中かんちゅうを領土に加えることには、天下に対する宣伝効果としても、抜群の意味があったのです。

もうひとつは、孫権そんけんの立場に関わります。この戦いの直前に、孫権そんけんは中国大陸の東側で、曹操軍そうそうぐんを相手に「合肥の戦い」を起こし、曹操そうそうの領土を脅かしていました。つまりこの時期、孫権そんけんは孫権そんけんで、マジメに「反曹操そうそう」を継続しており、彼としても、友好国の劉備りゅうびが漢中かんちゅうで曹操そうそうに打撃を与えてくれることにはメリットがあったのです。

これを曹操そうそうの立場から見れば、もし漢中かんちゅうの戦いで失敗すると、孫権そんけんをも調子づかせ背後を襲われかねない。そんな難しい局面にあったのです。

実際には曹操の撤退に救われた蜀？

しかしこの時期の劉備軍りゅうびぐんは戦力が充実しており、重臣である夏侯淵かこうえんを討ち取られるなど、戦況は曹操そうそうにとって簡単ではありませんでした。

漢中かんちゅうでの対陣中、曹操そうそうもかなり判断を迷い、いら立っていたようです。たとえば食事中に、「鶏肋」という意味のないヒトリゴトを呟き、それを「撤退命令だ！」と勘違いした楊修ようしゅうを、ハライセのように処刑する珍事件も起こしています。

結果としては、それだけ悩んだ末に、曹操そうそうは漢中かんちゅうを棄てますが、はたして本当に撤退をしなければいけない理由があったのでしょうか？

曹操そうそうが引き上げていなかったとして、それでも曹操軍そうそうぐんの方が実力は上、むしろ劉備軍りゅうびぐんの方が、長期戦に持ち込まれれば国力の差に苦しめられ、厳しい状況に追い込まれた筈です。そのうえ「漢中王かんちゅうおう」をいつまで経っても名乗れないという、ブランド戦略の支障もありました。

やむをえず「蜀王しょくおう」を名乗るという判断をしたかもしれませんが、できれば「漢中王かんちゅうおう」を名乗って天下に号令をしたい。しかし曹操そうそうががんばると、それができません。

というわけで、曹操そうそうが長期戦に持ち込めば、なんと劉備軍りゅうびぐんにかなり不利！曹操そうそうがあのタイミングで撤退したのは、劉備りゅうびにとって幸運だったわけです！

イフ展開で見えてきたのはむしろ曹操の深謀！

それではなぜ、史実の曹操そうそうは撤退を判断したのか？考えられるポイントがあります。孫権そんけんの存在です。先述した通り、この頃の孫権そんけんは、真面目に対曹操戦そうそうせんを続け、劉備りゅうびとも歩調を合わせていました。

史実において、孫権そんけんと劉備りゅうびとが不仲になったのは、劉備りゅうびがまさに漢中かんちゅうを手にしたあと。「益州に続き漢中かんちゅうまで手に入れたのだからそろそろ、いつか返してくれる約束だった荊州けいしゅうを割譲してくれないか」と孫権そんけんが申し出たのを、劉備りゅうびがしぶったことによります。

孫権そんけんにしてみれば劉備りゅうびが漢中王かんちゅうおうと名乗るまで成功しておきながら、ずるずると荊州けいしゅうを支配し続けていることに不信感を募らせたのです。結果は、夷陵の戦いという蜀呉激突まで、史実の展開はもつれました。

よもや？曹操そうそうはこれを何となく予感していたのでは？

「漢中かんちゅうを劉備りゅうびにくれてやれば、劉備りゅうびは領土を広げた上に漢中王かんちゅうおうを名乗り一時的には羽振りがよくなる。だがそのあと、蜀と呉が互いに争うようになるはず。それは結局、我々の利益ではないか」と考えていたとすれば？よもやここまで曹操そうそうには見えていた？！

まとめ：楊修の死にすら意味があった！

もうひとつ、曹操そうそうの漢中かんちゅう撤退について見えてくることがあります。多くの人がツッコミを入れるところ、すなわち、「結局撤退なら、鶏肋けいろく事件で楊修ようしゅうを見せしめのように殺す必要もなかったのでは？」という問題についてです。

実は、これもまた曹操そうそうの深謀の可能性があります。曹操そうそうはかねてより、自分の帷幕に一定数いる「儒学者系」の官僚が、伝統にとらわれた価値観から漢王室かんおうしつに同情的であることを邪魔に思っていたフシがあります。

そして楊修ようしゅうは、そんな儒学者系官僚の中のオオモノでした。鶏肋けいろく事件も、曹操そうそうにしてみれば、「この機会に言いがかりをつけて楊修ようしゅうを斬り、儒学者系の連中に恐怖を与えよう」という示威行動だったのでは？

三国志ライターYASHIROの独り言

イフ展開を考えているうちに、むしろ、実際の曹操そうそうの漢中かんちゅう撤退が深謀に満ちた最善手であることが見えてきてしまいました！

孫権そんけんと劉備りゅうびを分断し、儒学者系の官僚を委縮させた、という2点が、ただの結果論だったのか？それとも曹操そうそうはそこまですべて読んだ上で撤退を判断したのか？

もし後者だとすれば、この一件についての曹操そうそうの智謀は、孔明こうめいにすら匹敵するような読みの深さだったということになりますが、皆さんは、どうお考えでしょうか？

知識ゼロからのＣＧで読む三国志の戦い/幻冬舎/渡邉義浩

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